ステージ22:『演奏者』と『龍』
【ステージ21の結末より】
玲は、黄金色のナイフを構え直し、次なる「不協和音」――寺院の外で、尊と激突している、黒龍その人の、ひときわ大きく、歪んだ「渇望の音」へと、その、静かな瞳を、向けた。
【バトル16 vs. 宿敵(黒龍) - 最終決戦】
玲は、本堂の床を、音もなく蹴った。
無力化された夜行衆の兵士たちの間をすり抜け、彼女は、決戦の舞台――寺院の「門」の外へと、舞い降りる。
そこでは、凄まじい「音」の嵐が、吹き荒れていた。
「――喝(カァ)ッ!」
尊の長巻(ながまき)が、清浄な「
だが、その「鬼」の猛攻を、ただ一人、正面から受け止め、押し返している「影」がいた。
「……そこを、どけ」
黒龍(ヘイロン)。
彼の全身からは、もはや「気」というには、あまりにも荒々しく、黒いオーラが立ち上っていた。
それは、彼の「執念」そのもの。
妹・晶(ジン)を救いたいという、一途な「渇望」が、「音」となって、具現化した姿だった。
黒龍の「意拳」が、尊の「長巻」と、激突する。
ドンッ!
「清浄な殺意」と、「渇望の気」がぶつかり合い、地下空洞の「魂石」の結晶群が、その「不協和音」に、キィン、と悲鳴を上げた。
「……貴様……!」
尊の額に、脂汗が浮かぶ。
武人としての「技」は、互角。だが、黒龍の「執念」の「圧」が、尊の「清浄な力」を、わずかに、上回り始めていた。
「――そこまでよ、黒龍」
その、二つの「音」の激突に、第三の「音」が、割り込んだ。
静かで、澄み切った、玲の「声」。
「!」
黒龍と尊の動きが、同時に、止まる。
二人が振り返った先。
そこに、玲は、立っていた。
黄金色に輝くナイフを、静かに構え、その瞳には、もはや、一切の「感情」を映していない。
滝壺の水面のような、「静寂(ゼロ)」の境地。
「……玲……」
黒龍が、その、あまりにも「変質」した、玲の「音」に、初めて、本能的な「警戒」を抱いた。
「……お前、その姿は……」
「……退(ひ)いて、尊さん」
玲は、尊に、短く告げる。
「……その『音』は、私にしか、『調律』できない」
「……何……?」
尊は、戸惑った。だが、目の前の少女が放つ「圧」が、もはや、先程までの「穢れた」ものではなく、住職・空摩にも似た、「調和」の「音」であることを、感じ取っていた。
彼は、一瞬の
戦場に、玲と、黒龍だけが、残された。
「……面白い」
黒龍は、その黒いオーラ(渇望の音)を、さらに、燃え上がらせた。
「……那智の村の『力』か。……だが、俺の『執念』は、止められん!」
「……妹を救うためなら、俺は、神だろうと、仏だろうと、喰い破る!」
黒龍が、動いた。
地下鉄駅の、あの「踏み込み」ではない。
彼の「渇望」そのものが、質量を持った「砲弾」となって、玲へと、突進する。
「意拳」の、奥義。
彼の、魂、そのものの一撃。
(……聴こえる)
玲は、動かない。
彼女の「静寂(ゼロ)」の心には、黒龍の、あの、荒々しい「不協和音」の、さらに「奥」が、聴こえていた。
(……『助けて』……)
(……『晶(ジン)』……。暗い……。寒い……)
それは、黒龍の、魂の「叫び」。
妹を想う、兄の、純粋な「悲しみ」の「音」。
その「悲しみ」が、強大すぎる「力」と結びつき、「渇望」という「不協和音」と化しているだけ。
玲は、黄金色のナイフを、突進してくる黒龍に、そっと、差し出した。
それは、攻撃でも、防御でもない。
ただ、その「音」を、「受け入れる」ための、動作。
「――馬鹿なッ!」
黒龍は、玲が、自ら、死を選んだと、思った。
彼の「意拳」は、もはや、止められない。
――その、瞬間。
黒龍の、黒い「渇望」の「気」が。
玲の、黄金色の「調和」の「ナイフ」に、触れた。
キィィィィィィィィィン…………
衝撃は、なかった。
爆発も、起きなかった。
ただ、寺院の「鐘」が、鳴り響くような、清らかで、荘厳な「音」が、黒龍の「魂」を、直接、包み込んだ。
「……なっ……!?」
黒龍の、時間が、止まった。
彼を突き動かしていた、あの、荒々しい「渇望」の「不協和音」が、玲の「黄金色の光」の中に、まるで、濁流が、大海に注ぎ込むかのように、吸い込まれ、そして、「浄化」されていく。
(……あ……。あたたかい……)
(……これは……晶(ジン)が、昔、歌っていた……子守唄、か……?)
黒龍の、黒いオーラが、急速に、消えていく。
彼の「渇望」が、玲の「調和」によって、強制的に、「調律」されていく。
「……やめ……ろ……」
黒龍の膝が、折れる。
彼の「執念」が、抜けていく。
彼が、その場に、崩れ落ちようとした、その時。
【『指揮者』の介入】
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!
突如、地下空洞全体が、あの、忌まわしい「不協和音」の「ノイズ」に、包み込まれた。
「――ッ!?」
「――ぐっ!?」
玲の、黄金色のナイフの「光」が、その「ノイズ」に、かき消された。
黒龍の、鎮まりかけていた「気」が、再び、乱暴に、かき乱される。
尊の「祓魔」の力も、聖華の「癒し」の力も、この「計算された不協和音」の前では、その「調和」を、保てない。
「――ブラボーッ!!」
カラスの掘削機(ボーリング・マシン)が開けた、「穴」から。
拍手をしながら、カラスが、その姿を、現した。
彼の背後には、無数の「対クオリア・ジャマー」を構えた、カラスの部隊が、整然と、並んでいた。
「……素晴らしい『演奏』だったよ、『楽器(玲)』くん!」
カラスは、この聖域の、荘厳な「魂石」の光を見上げ、恍惚(こうこつ)として、両手を広げた。
「……そして、『龍(黒龍)』。いい『前座』だった」
「……カラス……!」
玲は、ジャマーの「ノイズ」に、頭(こうべ)を垂れながら、憎悪に、その名を、呼んだ。
「……だが、お前たちの『演奏』は、ここまでだ」
カラスは、その冷徹な「指揮者」の瞳で、玲と、黒龍と、尊の、三人を、見下ろした。
「……この聖域の『大いなる音(マントラ)』は、実に、素晴らしい『音源(ソース)』だ。……これさえあれば、私の『完璧な旋律』で、カレイドポリス全土を、『正しく』、『調律』できる」
カラスが、手を、振り下ろす。
「……捕らえろ。……『龍』も、『鬼(尊)』も、抵抗すれば、殺せ。……だが、『楽器(玲)』だけは、傷一つ、つけるなよ」
カラスの部隊が、一斉に、動き出す。
玲の「調律」も、黒龍の「気」も、尊の「祓魔」も、ジャマーによって、その力を、封じられている。
絶望的な、戦力差。
「……終わり、か……」
尊が、長巻を握りしめ、吐き捨てる。
その、瞬間。
「――うるさいッ!!」
カラスの、あの「ジャマー」の「不協和音」とは、比べ物にならないほどの。
純粋で、凶悪なまでの「ノイズ」の「絶叫」が、地下空洞の「天井」から、響き渡った。
「!?」
カラスが、驚愕に、天井を見上げる。
「……きたない『おと』……。ゆるさない……」
「……玲の、『きれいな『おと』』……。じゃま、するな……!」
天井の「魂石」の結晶群。
その、中心。
カラスの掘削機が開けた「穴」とは、別の「場所」。
そこから、まるで、悪夢の「染み」が、滲(にじ)み出すかのように。
エコーが、その、バグった身体を、物理法則を「ハッキング」しながら、「転移」してきていた。
彼女の瞳は、もはや、玲を、捉えていない。
その、純粋な殺意は、この聖域の「調和」を、そして、玲の「きれいな『おと』」を、かき乱した、最大の「ノイズ源」――
カラス、ただ一人に、向けられていた。
【バトル17 vs. 影(エコー) vs. 烏(カラス)】
地下空洞の、張り詰めた空気が、一瞬、凍りついた。
全ての者の視線が、天井から舞い降りた、その小さな「異物」へと注がれる。
「……ハッ。これは、驚いた」
カラスは、目の前に現れた「規格外」の脅威に対し、その歪んだ笑みを、さらに深くした。
「……『影』の犬が、自ら、私の『調律』を受けに来るとは。……いいだろう。お前から、先に『楽器』にしてやる!」
カラスが、再び、手を振り下ろす。
「全ジャマー、最大出力! ターゲット、あの『化物』に集中させろ!」
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!
カラスの部隊が放つ、計算され尽くした「不協和音」の「壁」が、エコーへと殺到する。
それは、黒龍の「気」さえも乱し、玲の「クオリア」さえも封じ込めた、カラスの「技術」の切り札。
だが、エコーは、動かなかった。
彼女は、その「ノイズ」の奔流を、その小さな身体で、ただ、受け止めた。
ホログラムマスクが、激しく明滅する。
「……きたない『おと』……。でも……」
混線した声が、呟く。
「――おなじ『おと』だ」
「――うるさいッ!!」
エコーが、絶叫した。
次の瞬間。
カラスの部隊が放った「不協和音」が、そっくりそのまま、しかし、何十倍にも「増幅」され、悪意に満ちた「ノイズ」として、カラスの部隊へと「跳ね返された」。
――共鳴破壊(エコー・ハッキング)。
「なっ……!?」
カラスが、初めて、その「計算外」の現象に、目を見開いた。
「ぐっ……あぁああああっ!」
「耳が……! 脳が……! ぁあああ!」
カラスの兵士たちが、自らの「武器(ジャマー)」が生み出した「音」の「暴力」によって、その精神(クオリア)を、内側から、焼き切られた。
完璧な統制を誇っていたはずの部隊が、耳や目から血を流し、次々と、痙攣(けいれん)しながら崩れ落ちていく。
「……馬鹿な……! 私の『完璧な旋律』を……『共鳴』させて、増幅しただと……!?」
カラスが、狼狽(ろうばい)に、後退(あとずさ)る。
「……みつけた……。いちばん、きたない『おと』……」
エコーが、カラスだけを見据え、その身体を「転移」させる。
一瞬で、カラスの、目の前に。
「――ッ!」
カラスは、指揮者としての冷静さをかなぐり捨て、仕込み杖から、抜き身の「刃」を、エコーの心臓へと突き出した。
だが、その刃は、黒龍の拳と、同じ。
何の抵抗もなく、エコーの、ノイズが走る身体を、「すり抜け」た。
「……」
エコーの、冷たい指先が、カラスの、額へと、ゆっくりと、伸ばされる。
「……ひっ……!」
カラスが、初めて、純粋な「恐怖」の「音」を発した。
「……やめ……やめろ……! 私の『理想』が……! 私の『世界』が……!」
「――おわらせる」
エコーの指先が、カラスの額に、触れた。
キィィィィィィィィィィィィィィン!!!!
それは、玲が黒龍に放った、「調和」の「音」ではない。
カラスが、その魂の奥底に隠し持っていた、純粋な「支配欲」と「自己愛」という、「歪んだ不協和音」。
エコーは、それを、無限に、無限に、増幅させた。
「あ……ああ……あああああああああああああああああああああっ!!」
カラスの、絶叫が、地下空洞全体に響き渡った。
それは、もはや、人間の声ではなかった。
自らの「歪み」によって、自らの「魂」が、内側から、完全に「崩壊」していく「音」。
カラスの身体が、激しく痙攣し、やがて、その瞳から、全ての「光」が消え失せ、糸が切れた人形のように、その場に、崩れ落ちた。
二度と、動かない。
「指揮者」は、その「演奏」を、終えたのだ。
【目撃者たち】
その、あまりにも「規格外」の「戦い」の結末を。
玲と、黒龍は、ただ、立ち尽くし、見ていることしか、できなかった。
「……」
ジャマーの拘束から解放された黒龍は、自らが「気」を逆流させられた「化物」が、今度は、カラスの「技術」の軍団を、一人で「殲滅(せんめつ)」させた光景に、言葉を失っていた。
(……あれが、『影』……)
(……俺の『執念』も、あの『烏(カラス)』の『技術』も……。奴らの前では、児戯(じぎ)に、等しい……)
一方、玲は、黄金色のナイフを構えたまま、カラスの骸(むくろ)の前に立つ、エコーを、見つめていた。
エコーが、最大の「ノイズ源」を排除し、ふと、玲の方を、振り返った。
「……」
「……」
二人の「調律者」の視線が、交錯する。
玲は、再び、あの「静寂(ゼロ)」の境地で、エコーの「音」を、聴いた。
そこにあるのは、「影」としての「命令(玲の排除)」と。
そして、彼女の「オリジナル」の魂が発する、「きれいな『おと』(玲の調和)」への、純粋な「憧れ」。
二つの、相反する「音」が、エコーの中で、激しい「バグ」を起こしていた。
「……きれい……。でも、きたない……」
「……ころす……。でも……まもりたい……」
エコーのホログラムマスクが、激しく火花を散らす。
「……アアアア……! わからない……! わたしは……わたしは……!」
エコーは、その「矛盾」に耐えきれず、自らの頭をかきむしると、玲と黒龍を、その場に残し、空間の「染み」の中へと、撤退していくように、姿を、消した。
【エピローグ:束の間の静寂】
戦場に、再び、静寂が戻った。
残されたのは、カラスの部隊が遺した、ジャマーの残骸。
そして、玲、黒龍、尊、聖華、空摩……。
黒龍は、無力化された自らの部下(夜行衆)たちに、ゆっくりと、歩み寄った。
彼は、玲を、一瞥(いちべつ)すると、静かに、告げた。
「……『調律者』」
「……」
「……お前の『力』は、まだ、足りん。あまりにも、未熟だ」
黒龍の言葉に、反論は、できなかった。
玲の「演奏」は、カラスの「ジャマー」によって、簡単に、かき消された。
エコーの「バグ」の前には、何も、できなかった。
「……だが」
黒龍は、カラスが開けた「穴」の向こう――混沌の旧市街(スロウタラム)へと、視線を向けた。
「……俺の妹・晶(ジン)を救えるのは、その、未熟な『力』だけかもしれん」
黒龍は、玲に、背を向けた。
「……次に会う時までに、奴ら影を喰らうほどの、演奏者になっておけ」
「……この『借り』は、いずれ、必ず、返してもらう」
黒龍は、部下の生き残りを集め、カラスが開けた「穴」から、那智の村を、静かに、去っていった。
彼は、もはや、玲を追う者ではなく、玲という可能性に賭ける者へと、変わっていた。
嵐が、去った。
玲は、黄金色のナイフの光を、ゆっくりと、収めた。
彼女は、傷ついた仲間たち(尊と聖華)、そして、全てを見届けていた空摩へと、向き直った。
「住職……」
「……見たか、玲よ」
空摩は、静かに、告げた。
「……あれが、お前が、これから、本当に、戦うべき敵だ」
「はい」
玲は、強く、頷(うなず)いた。
「……お前の『バトル・ラッシュ(地獄巡り)』は、終わった」
空摩は、この聖域の、荘厳な「魂石」の光を、見上げた。
「……だが、本当の『戦争』は、今、始まったばかりだ」
玲は、那智の村の、清浄な音の中で、静かに、目を閉じた。
彼女の瞳には、もはや「静寂(ゼロ)」だけでなく、自らが「奏でる」べき「未来」の「音」を、見据える、「覚悟」の炎が、燃え盛っていた。
了
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【小説】ダブルフェイス・ゲーム ~調律者の地獄巡り~ 文人 画人【人の心の「穴」を埋める】 @yamadahideo
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