ステージ10:『影』の追跡と『月の芋』

【ステージ9の結末より】

「……お前の親父(宗也)も、渉も、その『力』に気づき、その『源流』を探していた」

カインが、地図の一点を、ナイフの切っ先で指し示す。

そこは、このカレイドポリスの最深部。ゼロデイ・フレアのバグによって、システムから隔離された、空白のエリア。

「奴ら(影)も、その『力』を、喉から手が出るほど欲しがっている。……その力の『源流』であり、唯一、お前のような『調律者』を『調律』できる連中がいる場所が、一つだけある」

カインが指差した場所。

そこには、古びたインクで、こう記されていた。

「――那智の村」

「地獄巡り(バトル・ラッシュ)は、ここで終わりだ」

カインは、リボルバーに、一発だけ弾を込めながら言った。

「だが、本当の『修行』は、これからだ、『霞』」

【『影』の再来】

カインの言葉の重みが、埃っぽいセーフハウスの空気に溶けていく。

玲は、カインが指し示した「那智の村」という文字を、血の気の失せた唇を噛みしめながら見つめていた。

(……父さん……渉……)

地獄のような連戦の末にたどり着いた、唯一の「解」。

だが、カインの宣告(3%未満)通り、今の自分は、満身創痍。この隠れ家から一歩出た瞬間、外で待ち構えているであろう「龍(黒龍)」か「烏(カラス)」に喰われるのがオチだ。

「……無理よ。今の私では……」

玲は、包帯が巻かれた自らの手を見つめ、か細い声を絞り出す。

「……ああ、今の『お前』ではな」

カインは、玲の弱音を待っていたかのように、無造作に一つの木箱を彼女のベッドに放り投げた。

ゴト、と乾いた音がする。

「……これ、は……」

木箱の中に入っていたのは、土にまみれた、一つの「芋」だった。

だが、玲は、その「芋」が放つ、微かで、しかし圧倒的な「生命の音(クオリア)」を、感じ取っていた。

「『月の芋』……!」

『魂石の契約(Scene 02)』で、玲を死の淵から蘇らせた、あの「決意の味」。

「……お前が、渉から『種』を託されたのは知っている」

カインは、ターンテーブルのレコードを裏返しながら、言った。

「……だが、これは、お前の親父(宗也)が、渉よりもずっと昔に、俺に託していった、『最後の一欠片』だ」

カインは、壁一面の本棚の一つを指差す。

そこには、古びた植物図鑑に偽装された、分厚い「栽培記録」が収められていた。

「……フレアの後、この瓦礫の街で、こいつを育てるのに、どれだけ苦労したか……。お前に食わせるためじゃねえ。渉と宗也が信じた『未来』への、最後の『保険』としてだ」

玲は、震える手で、その「月の芋」を手に取った。

「……カイン……」

「……感傷に浸るな。さっさと食え」

カインは、背を向けたまま言った。

「……外の『龍』と『烏』が、この隠れ家の存在に気づくまで、時間は無え。お前が『それ』を食って、動けるようになるまでの時間と、奴らがお前の『音』を再探知するまでの時間……どっちが早いか、チキンレースだ」

玲は、頷いた。

彼女は、月の芋に、生のまま、かじりついた。

あの時(Scene 02)と同じ、いや、それ以上の強烈な「力」の奔流が、傷ついた身体の、細胞の一つ一つを再構築していく。

脇腹の焼けた傷が、急速に塞がっていく。

黒龍に叩き込まれた内臓の痛みが、引いていく。

失われた血が、新しく沸き上がる力によって、補填されていく。

(……力が……戻る……!)

だが、その「力」の回復に呼応するかのように。

キィン。

あの、忌まわしい「音」が、再び、玲の脳内に響き渡った。

カラスのジャマーによる、物理的な「音」ではない。

もっと純粋な、精神そのものを「上書き」するような、絶対的な「ノイズ」。

「……!」

玲の動きが、止まる。

「……どうした?」

カインが、異変を察知し、振り返る。

「……カイン……。そいつ……『無音』じゃ、なかった……」

玲は、自らのこめかみを押さえ、苦痛に顔を歪めた。

「……みつけた……」

混線した、あの少女の声が、今度は、この「本物」の資材で作られた、完璧なはずの隠れ家の「内側」から、直接、響き渡った。

「……馬鹿な……!」

カインの「記録装置」が、異常を察知し、けたたましいアラーム音(アナログのベル)を鳴らし始める。

だが、その音さえも、エコーの「声」によって、歪められていく。

「……カインの『音』……うるさい……。玲の『音』……みつけた……」

隠れ家の、分厚い耐爆扉。

その、鋼鉄の「壁」が、まるで「存在しない」かのように。

エコーが、そのホログラムマスクの少女が、壁を「すり抜け」、二人の目の前に、音もなく「侵入」していた。

「……物理法則を……ハッキングした……?」

カインが、リボルバーを構えながら、絶句する。

ここは「虚構宮(グリッチ・ラビリンス)」ではない。だが、この「化物」は、自らの存在座標そのものを「バグ」らせることで、あらゆる物理的な障壁を「無効化」したのだ。

これが、「影」の切り札、「調律者」殺し(アンチ・チューナー)の、真の力。

地獄の連戦を終え、最強の敵(黒龍、カラス)を振り切ったはずの玲の前に、その「全て」を嘲笑うかのように、最悪・最強の「バグ・キラー」が、再び降臨した。

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