ステージ8:混沌の追跡劇

【ステージ7の結末より】

(……いくしか、ない……!)

玲は、床に転がっていた黒龍のアサルトライフル(弾切れだったはずだが、今はどうでもいい)を拾い上げ、黒龍が突き破った窓の「穴」へと、最後の力を振り絞って駆けた。

「……待て……!」

カラスが、血を流す耳を押さえながら、憎悪の声で叫ぶ。

「……逃がすか……!」

黒龍もまた、玲を追おうと、よろめきながら立ち上がる。

だが、玲は振り返らなかった。

彼女は、割れた窓枠から、アジトの外――月明かりが照らす、混沌の旧市街(スロウタラム)へと、その身を投じた。

地獄のような連続バトルを、生き延びて。

だが、その背中には、二つの最強の「敵」の、決して消えることのない執念が、突き刺さっていた。

【バトル11 vs. 全て(三つ巴の追跡)】

ゴシャッ!

玲の身体は、アジト(書斎)の2階から、階下に山積みになっていた瓦礫の山へと、受け身も取れずに叩きつけられた。

「……かっ……はっ……!」

肺から、最後の空気が絞り出される。

全身を、砕けたガラスの破片が切り裂き、脇腹の傷が、ありえないほどの激痛を発した。

自らが放ったクオリアのハウリングで、頭蓋の内側がまだガンガンと痛む。

もう、指一本動かせない。

(……ここまで……か……)

朦朧とする意識の中、玲は、月明かりが照らす旧市街の、崩れたビルの谷間を見上げた。

渉の顔が、一瞬、脳裏をよぎる。

ごめん、渉。私、もう……。

「――そこだ! 獲物を逃がすな!」

カラスの怒声が、頭上(アジトの窓)から響き渡る。

カラスの部隊が、玲の墜落地点に向かって、一斉に銃口を向けた。

「――撃たせるか!」

それよりも早く、黒龍がアジトの窓から飛び降り、カラスの兵士たちに向かって、奪い取った重火器を乱射する。

ダダダダダッ!

凄ま

じい銃撃戦。

玲の頭上、わずか数メートルの空間で、カラスの部隊(技術)と、黒龍の部隊(夜行衆)が、三度(みたび)、激突したのだ。

「黒龍! 貴様、この私を敵に回す意味を分かっているのか!」

「烏(カラス)! 貴様こそ、『国家』の獲物を横取りする罪、その身で知れ!」

二人の怒声が、銃声と共に響き渡る。

彼らの目的は、もはや「玲の確保」だけではなかった。

互いの「プライド」と「目的」が衝突し、この旧市街のど真ん中で、互いの戦力を削り合う、全面戦争へと突入していた。

(……今……しかない!)

玲は、二つの組織が互いに潰し合っている、その一瞬の「隙」を見逃さなかった。

彼女は、最後の、本当に最後の力を振り絞り、瓦礫の山から転がり落ちる。

「……はぁっ……はぁっ……!」

走れない。

もはや、這うことしかできなかった。

だが、彼女は、進んだ。

一歩でも、一ミリでも、この地獄の中心から遠ざかるために。

「……いたぞ! 女が逃げる!」

カラスの部下の一人が、這いずる玲の姿を捉えた。

「させるか!」

黒龍の部下(夜行衆)が、その兵士を背後からナイフで仕留める。

「……隊長(黒龍)の獲物だ。手を出すな」

(……助かった……わけ、じゃない!)

玲は、この混沌を、ただ利用した。

彼女は、崩れたビルの影、下水が溢れる路地裏、バーサーカーの残骸が転がる広場……スロウタラムの最も暗く、最も汚れた場所を選んで、二つの組織の銃撃戦から逃れ続けた。

どれだけ逃げたか。

もはや、方向感覚も、時間の感覚もない。

ただ、背後で続く銃声と爆発音が、二つの「龍」と「烏」の戦いが、まだ続いていることだけを伝えていた。

やがて、玲は、一つの袋小路に迷い込んだ。

「……はぁっ……はぁっ……」

行き止まり。

もう、足が動かない。

背中を壁に預け、玲はその場に崩れ落ちた。

ここまで、か。

その時。

玲の目の前に、二つの影が、同時に現れた。

袋小路の入り口から、月明かりを背に、ゆっくりと歩いてくる、黒龍。

そして、袋小路の反対側、瓦礫の山の上から、静かに彼女を見下ろす、カラス。

二人の最強の敵が、この混沌の追跡劇の末、同時に、玲の前にたどり着いたのだ。

「……見つけたぞ、調律者」

黒龍が、その氷の瞳で玲を射抜く。

「……終わりだね、眠り姫」

カラスが、その歪んだ笑みで玲を嘲笑う。

二人の男が、玲を挟み、ゆっくりと距離を詰めてくる。

玲の、血に濡れた手から、ナイフが滑り落ちた。

絶望。

(……渉……)

玲が、最後に、そう心の中で呟いた、その時。

ガコッ。

玲が背中を預けていた、ただの「壁」だと思っていたものが、不意に、音を立てて、内側へと「開いた」。

「え……?」

玲の身体が、重力に従って、その開いた「穴」の中へと、仰向けに倒れ込む。

彼女が最後に見た光景は、獲物を、文字通り「壁」に奪われ、呆然と立ち尽くす、黒龍とカラスの、間抜けな顔だった。

「――おっと」

玲は、誰かの腕に、柔らかく受け止められた。

暗闇の中、目が慣れると、そこにいたのは、古びたリボルバーを手にした、一人の老人だった。

埃と、古紙と、そして、どこか懐かしい機械油の匂い。

「……ようやく、お出ましか。『霞』」

老人は、忌々しそうに、しかし、その瞳の奥に、確かな安堵の色を浮かべて、言った。

「……まったく。俺の『店(テリトリー)』のすぐそばで、派手に『客』を呼び込んでくれたもんだ」

その声は、玲が、この混沌の街で、唯一、その「音」を信頼できるはずの男。

スロウタラムの情報屋、「記録者(アーキビスト)」――カインだった。

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