ステージ6:烏(カラス)の調律
【ステージ5の結末より】
「私と共に来たまえ。私が『指揮者』となり、君が『楽器』となる。二人で、渉が夢見た、真の世界のシンフォニーを奏でようじゃないか」
玲は、その手を、振り払う力さえなかった。
地獄のような連続バトルを生き延びた先に待っていたのは、暖かなベッドと、一見、紳士的な協力者。
そして、その実態は、より巧妙で、より危険な、新たな「支配者」の掌の上だった。
【バトル9 vs. 烏(カラス)の調律】
暖炉の火が、カラスの陶酔した横顔を赤く照らしている。
その手は、まだ玲に差し伸べられたままだった。
玲は、ベッドの上で、ゆっくりと身を起こした。
脇腹の傷が、包帯越しに鈍く痛む。だが、それ以上に、目の前の男から発せられる「不協和音」が、彼女の精神(クオリア)を直接、不快に掻き乱していた。
「……渉は……」
玲の声は、自分でも驚くほど静かで、冷たく響いた。
「……渉は、そんなこと、望んでない」
カラスの笑みが、ピタリと止まった。
差し伸べられた手が、ゆっくりと握りしめられる。
「渉が望んだのは『調和』よ。あなたが言うような、雑音を排除した『完璧な旋律』じゃない」
玲は、カラスの目を真っ直ぐに見据え返した。
「……たとえ不協和音だらけでも、歪(いびつ)でも、一人一人の『音』が響き合う世界。それが、彼が命を賭して守ろうとした『理想』。……あなたの歪んだ『支配欲』と一緒にしないで」
書斎の空気が、急速に冷えていく。
暖炉の火が爆ぜる音だけが、やけに大きく響いた。
「……残念だ」
カラスは、ゆっくりと手を下ろした。
その表情から、先程までの芝居がかった笑みは完全に消え失せ、冷徹な「指揮者」の顔が覗いていた。
「実に、残念だよ、有栖川 玲君。君は、最高の『楽器(ストラディバリウス)』になれたというのに。自ら、雑音を奏でる『ガラクタ』になることを選ぶとは」
「私は、誰の楽器に(道具に)もならない」
玲は、ベッドのシーツを強く握りしめた。傷が癒えきっていない身体で、この男の精鋭部隊が待ち受けるアジトから、どう脱出するか。思考が、再び戦闘モードへと切り替わる。
「……そうか。ならば、仕方あるまい」
カラスは、まるで壊れた楽器を処分するかのように、冷たい瞳で玲に告げた。
「君には『調律』が必要だ。……君が、自ら『正しい音』を奏でたくなるまで、何度でも」
カラスが、指を鳴らした。
パチン。
その音を合図に、書斎の壁だと思われていた場所が、音もなくスライドし、武装したカラスの兵士たちが姿を現した。
だが、彼らが手にしていたのは、銃器ではなかった。
それは、あの戦場(ステージ4)で、最強の化物(エコー)さえも無力化した、円筒形のデバイス――**「対クオリア・ジャマー」**だった。
「!」
玲は、ベッドから飛び降りようとする。
だが、それよりも早く、兵士たちがデバイスを起動させた。
ブゥゥゥン――
重く、低い作動音。
あの、計算され尽くした「不協和音」。
玲の「調律者」としてのクオリアが、その音波に直撃され、激しいノイズの奔流に飲み込まれる。
「がっ……あ……!」
脳を、直接、万力で締め上げられるような激痛。
エコーの「共鳴破壊」とは違う、じわじわと精神を麻痺させ、思考そのものを停止させるかのような、陰湿な攻撃。
(……ダメ……力、が……入らない……)
膝が、崩れる。
玲は、床に手をつき、この精神攻撃に必死に耐えた。
CIROエージェントとしての「霞」の力――古武術も、体捌きも、その命令系統である「精神(クオリア)」が汚染されてしまっては、何の役にも立たない。
「……どうだね? 『霞』」
カラスが、苦痛に喘ぐ玲の前に、ゆっくりと屈み込んだ。
「銃や剣(物理)で戦うなど、実に野蛮だ。真の戦場は、いつだって『精神(ここ)』だ。そして、その戦いにおいて、君は、私には勝てない」
カラスは、玲の顎に手をかけ、その顔を強制的に上向かせた。
「さあ、もう一度聞こう。……私の『楽器』になるか? それとも、ここで『音』の出ないガラクタになるか?」
玲の瞳が、激しいノイズの奔流の中で、憎悪に燃えるカラスの瞳を捉えた。
傷は癒えず、力は封じられ、身体は拘束されている。
絶望的な状況。
だが、玲の唇は、確かに、笑っていた。
「……残念、だったわね……」
かすれた声で、玲は言った。
「……何を?」
カラスが、不審そうに眉をひそめる。
「……あなたの『調律』……『音』を、外しすぎよ……」
「――今!!」
玲が、最後の気力を振り絞って叫んだ、その瞬間。
ガッシャアアアアアン!!
書斎の、アンティークなステンドグラスの窓が、外側から凄まじい勢いで粉砕された。
月明かりを背に、その「影」は、玲の叫びに呼応するかのように、部屋の中へと飛び込んできた。
「……なっ!?」
カラスが、初めて本気の驚愕の声を上げる。
「お前の『音』は、聴き飽きたぞ、烏(カラス)野郎!!」
その影――
全身に、まだ生々しい傷跡を残した、**黒龍(ヘイロン)**が、そこに立っていた。
彼は、カラスのアジトを突き止め、この瞬間を待っていたのだ。
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