火の粉と共に消えてくれ

青瀬凛

第1話

 ヒュウウウ……。ドォォォォン……!

 大輪の花火の音が腹の底から振動となって頭のてっぺんにまで響き渡る。数分前から始まった夏の風物詩を、俺は缶ビール片手に特等席で眺めていた。特等席と言っても、主催が提供している有料席ではない。贅沢にも自宅の窓辺、それもベランダ付きの掃き出し窓の元である。駅までは二十五分ほどかかり、決して利便性が高いとは言えない、安さで選んだようなアパートだったが、偶然にも毎年恒例となっている花火大会の打ち上げ場所に程近い場所であった。そのため、立地の割にリッチな思いをさせて貰っている。……くっだらね。自分で考えておいて寒くなる。ただ、妙にこんな寒いことを考える理由には心当たりがあった。

「アイツら、楽しくやってんのかな……」

 一人暮らしを始めてから、独り言が多くなった気がする。自分で思っているより一人でいることが寂しいのかもしれない。プライベートビーチじゃないけれど、間近で花火が独占できるなんて、女の子、いや、女友達を誘ったらイイ感じの関係に発展するのにちょっと背中を押してくれそうな、そんな好条件の場所だっていうのに、俺はこんな風に独りでぐちゃぐちゃとした感情を持て余している。ああ、勿体ない。チャンスだったのに。

 花火を見ると気持ちまで打ち上がっちゃうらしいし。そういや、だから気を付けろ、と中学の保健の授業で教わったっけな……。今考えるとすげぇ授業だったな……。

 ドン、ドン、パァン……!

 熟々と考えに耽っている間にも、夜空に花が咲いては散っていく。弱々しく消えていく火の粉が美しいと思うようになったのは何時の事だっただろうか。

 ピンポーン!

「えっ?」

 インターホンが鳴った。配達か? 何か通販した記憶も、知り合いから届け物がある覚えもないけど。来客か? こんな時に?

 ピンポーン!

 立ち上がる前に再び鳴る。そんな待たせてないんだけど。

「あー、はいはい……」

 薄暗い室内にぼんやりと光るモニターに辿り着くと、応答ボタンを押す。

「はい、どちら様で……」

『遅い!』

 モニター越しに聞こえた声はよく知る友人の声だった。

「えっ、真司しんじ!?」

『花火見に来てやったんだ! 開けろよ!』

『急にごめんねぇ~』

良希りょうきまで……。急に何だよ。連絡も無しに……」

『いいから開けてくれ!』

『もう、何で上から目線なのさ。まあ、開けてくれないと困るんだけど』

「分かった、分かった。分かったから騒ぐのはやめてくれ」

近所迷惑になっては困るので、取り敢えず二人を中に入れる。

「どうしたんだよ。急に……」

 俺の訊ねる声を遮って真司が答える。

「花火を見に来たと言っただろう。お前んちが一番綺麗に見えるんだから」

「もう始まってるけど……」

「いやぁ、露店が混んでいてね。はい、これお土産ね」

 今度は良希が答え、俺にラムネや焼きそば、林檎飴といった出店の定番商品を山のように手渡してきた。

「あっ、ちょっ、皿持ってくるから」

 普段の二人らしくない、強引というか少々横暴な押しかけに戸惑いつつ、ローテーブルに大皿や小皿を適当に並べる。

「ありがとねぇ」

 良希が楽しそうに言う。

「何だってそんなに買ってきたんだよ」

「良希が何食べるか迷っていたから、手土産代わりに全部買っていけって言ったんだ」

 真司が答える。全く、良希に甘い真司らしい。大方、手分けして買い込んでいるうちに花火大会が始まってしまったのだろう。

 ピュウウウウウウウ……。ドォォォォン! パラパラパラパラ……。

 スターマインだろうか。色とりどりの花火が絶え間なく上がっている。

「おー、やっぱりよく見えるな」

 真司が満足げに呟く。

「連絡くれればいろいろ用意したのに……」

 少しの非難を込めて二人に言う。

「言ったら断られそうだったからな。こうして押しかけたんだ」

 悪戯っぽい顔でニシシ、と笑いながら真司が言った。

「急でホントにごめんね? でも皆で見た方が楽しいと思って……」

 眉を垂らして言う良希。

 ああ、そうか。そうなのか。その一言で察してしまった。

「あー、そう……」

 窓の外に目をやりながら尋ねてみた。

「アイツらは外で見てんの?」

「そうなんじゃね? 会ったの最初だけだし。元々あの二人で回るって話だったから置いてきた」

 真司が淡々と答える。此方に目を合わせては来ない。

「そっか……」

 きっと何処かでキャッキャウフフしているであろう、この場にいない二人を思い浮かべる。先にあの子を誘ったのは彼奴だ。俺は言い出す勇気がなかった。ただ、それだけのこと。

 あの日、花火大会に行こう、という話をしている二人に、ワイワイと真司と良希が加わっていたのを聞いていた。俺も声を掛けられたけど、あの子と彼奴が楽しそうにしているのが居たたまれなくて断ってしまった。真司と良希はあの二人に気を遣って置いてきたのだろう。そして、俺のことも気に掛けてくれたのだろう。二人にしては随分と強引だと思ったんだ。やれやれ。

 でも……。有難かった。

「ねえ、花火もいいけど温かいうちに食べない?」

 良希が言う。

「花より団子ってか?」

 笑いながら答えると、見ながら食べるともっと美味しいから、と返された。

「じゃ、遠慮なく」

 いただきまーす、と三人で適当に食べ始める。確かに、綺麗な景色を見ながら食べると美味い。皆で食べるとやたら美味い。思わず涙ぐみそうになった。

「あー、お前らが友達でいてくれて良かったわ……」

「なーにを今更。ま、それはこっちの台詞でもあるんだけどな」

 そう言って再びニシシと笑う真司と、ふふ、と笑う良希。友さえいれば良い、なんて、そんな簡単に割り切れる程、自分は出来た人間ではない。そうだ、切ないのは変わらない。だけど、悪くない夜になった……のかな。

 パラパラパラ……。

 窓の外では火の粉が風に舞いながら、微かな煙と共に消えていった。

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火の粉と共に消えてくれ 青瀬凛 @Rin_Aose

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