ソラノウエ

未熟者

ソラノウエ

1961年、人類は初めて地球と言う楽園から、宇宙へと進出した。

「地球は青かった」

その言葉で初めて、この楽園の青さを人類は知ることとなった。――――



2054年、宇宙旅行という、夢広がるワードが一般化し始めた時、ある都市伝説も徐々に広まってきた。

「宇宙に行くと色んな記憶が見えるらしいよ」

そんな噂を聞いた三島 隼翔(みしま はやと)は、ここ十数年会社に勤め、貯めてきた金で宇宙旅行をすることにした。

繋ぎ合わせるために。


まずは、荷物の準備から。

下着にカメラに写真に、それからあれもこれも。

明日の準備を整え、明日の出発に向け布団に潜る。

カーテンの隙間から月の白い光が部屋をほのかに照らす。それを見ているうちに隼翔の意識は、いつの間にか落ちていった。


翌朝、隼翔は身支度を整え、家を出る。

目指すべき空を仰ぐように見てから、足を進める。

車を走らすこと数時間。

ようやく見えてきた、日本宇宙旅行機関(JSTA)。

目を見張るほど巨大な建物に圧巻されながらも、車を停め、中へと入っていく。

中に入ると、そこは空港とあまり変わらないような内装になっていた。

チェックインエリアに行き、チェックインを済ませ、自分が乗るロケットを待つ。

(あ、忘れるところだった....)

隼翔は宇宙食販売コーナーに行き、ビールを2パック購入した。

(危なかった...)

その時、自分の乗るロケットの搭乗開始のアナウンスがなった。

隼翔はゲートに行き、様々な検査から宇宙旅行者専用のスーツなどのウェア確認などを済ませ、自分の手荷物と支給された荷物を持ち、搭乗した。


ロケット内は思っていたよりも狭かった。

ホテルの客室よりも狭かったが、飛行機の座席より広いものだった。


しばらく待つとAIからの離陸アナウンスが入った。

それから数秒後、それなりの振動と騒音が隼翔を包み、宙へと機体が浮き出した。

シートに自分の体が沈み込むほどの圧力を感じながら、窓を見る。

先程までいた場所が今は、指先で隠れるほど小さくなっていた。

雲を突き抜け、空と宇宙のグラデーションを目にした。


数分後、そこは宇宙だった。

見渡す限りの闇、しかし、眩しい程に輝く恒星に一瞬目を眩ましてしまった。

再び目を開けると、そこには恒星とは違う何かがポヤっと光りながら浮かんでいた。

不確かな造形が形となった。それを目を凝らして見る。

そこには若かりし頃の隼翔の姿があった。

土手付近で誰かと一緒に走っていた。

隼翔はその光景に、心当たりしかなかった。

「実.....」

蒼西 実(あおにし みのる)。彼は隼翔と幼稚園からの幼なじみで、古くからの親友だった。

何をするにしても、いつも2人だった。小学校、中学校、高校に上がってもその関係は変わらなかった。

しかし、大学3年の夏に実は亡くなった。心筋梗塞だった。隼翔は泣いた。それはもう声が枯れるほど、涙が枯れるほど、息が途絶え、死ぬんじゃないかと思う程に、泣いた。

隼翔は浮かんだ記憶を、滲む視界で精一杯見た。

交わした約束を果たすことも出来ずに、先立ってしまった親友がそこにでもいるかのように声を出した。

「実、一杯しようか」

購入したビールを2つ開封して、記憶に照らし合わせるように掲げた。

「乾杯」

その声は反響することなく宇宙へと溶け、たった1人だけの喉越しだけが聞こえる。

1つの記憶がやがて滲み、消えていく。

ローテーションされるように、浮かび続ける記憶にあの時の記憶が交じる。

「隼翔、いつかこの空の上でお前と酒を呑むぞ!」

「あぁ、約束だ!」

歳にも合わずに、指切りをする。

ちぎられてしまった指切りだが、今こうして繋ぎ合わせている。

「地球は青かった」

その通り、記憶の奥に見える地球は青かった。

それよりも、隼翔には地球よりも彩り豊かな記憶だけで、十分だと感じた。

(空の上の、この場所よりも高いところに行ってしまったお前には、何光年進もうが会えないんだなぁ......)

白、青、黄色、オレンジ、赤。

はっきりと見えるその色は滲むことはなかった。

やがてビールは空となる。

記憶の味は、ほんのり苦かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソラノウエ 未熟者 @Kon11029

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画