客人 厄…強火ファン①

 女の名は祓主旭というらしい。

 宿に招き一通り俺から話を聞き終えると彼女は小さく息を吐き茶を飲み干した。

 渋い顔をしているのは茶のせいではないんだろうな。


「……私が何かしら答えを得るまで出られない、か」

「ああ。まだ確証があるわけではないんだがな」


 マヨヒガの管理者になりはしたが俺は基本一般人で超常の力に造詣が深いわけではない。

 なので世界は異なれどオカルトの側に居るテュポーンに色々と話を聞いてみた。

 その中で時折訪れる妙な客人についても話が及んだ。


『まず先に断っておくとこれは絶対に正しいとは限らないわ。

おじさまからすれば私は非現実の側に居る人間だけれど私の世界にマヨヒガは存在しないから』


 なので伝承にあるマヨヒガをベースに考察をすると前置きしテュポーンは意見を述べてくれた。

 曰く、


『恐らくこのマヨヒガには二種類の客人が訪れるのだと思うわ』


 一つは伝承で語られるような客人。

 無欲ゆえに富を得たり、欲望ゆえ富を得られなかったりという手合いだ。

 テュポーンが言うには後者は富こそ得られていないが別のものをマヨヒガから与えられているのだという。


『欲をかいてはいけない。幸せが遠ざかってしまうという教訓ね』


 迷い込んだ人間に幸福に繋がる何かを与えるのがマヨヒガの性質なのではないかとのこと。

 その上で分類すると一つ目の人種は普通の客人。

 即物的な形でカタがつく程度の簡単なもので特に何をする必要もない。


『そして二つ目。妙な輩……まあ、私のような客ね』


 人類滅亡を目論む限界OLなラスボス系合法ロリ。

 属性だけ抽出すると妙という一言では片付けられないほど妙な客である。


『即物的なやり方で幸福への道は開かれない。だって私、お金に困ってないもの』


 幾らでも稼げる手段はあったし、そもそも大業のため以外で金を使うようなこともなかった。

 そんな人間に富を与えたところで邪魔な荷物が増えるだけ。


『今、己の幸福を阻害しているものが何なのか。それを認識した上で改めてどう選択するのか』


 だから二つ目に分類される客人はマヨヒガに足止めをされるのだという。


『外界との時間の流れが違う。これが肝なのでしょうね』

『……立ち止まり己を見つめ直す時間をってことかい?』

『ええ。私のケースで言えば見つめ直すためにガタガタの心を立て直す時間も含まれてたわね』

『なるほど……でもそれだと俺必要か?』


 管理者たる俺が直に接する必要があるのか。

 いやテュポーンと出会えたのは俺にとっては良いことだけどさ。

 客観的に考えてただの一般人である俺に何が出来るのか。

 テュポーンの場合はたまさか似たような境遇だったから力になれたけど……。


『他者は己を映す鏡よ。誰かと語り合う、触れ合うことで見えて来るものは確かにある』


 それに、とテュポーンは違う切り口の理由も語ってくれた。


『客人側だけでなく管理者たるおじさまの利益も含まれているのではないかしら?』


 言われて気付く。俺自身が言ったことだ。

 この小さな友との出会いは良縁であったと。

 即物的なことを言えばファンタジー実験とかテュポーンの協力なしでは不可能だったしな。


『だから多分、二つ目の客人はおじさまとの相性も考慮されていると見るべきね』

『人間的に反りが合わない、力になれそうにないなら迷い込みはしないってか』

『そう。まあまだ例は私だけしかないから確証はないのだけれどそこまで的外れではないと思うわ』


 この説明を一部省略し、祓主に伝えたのだ。

 省いたのは人間的な相性とかそういう部分な。

 初対面の人間にいきなり俺たち相性良いかもだぜ! とか言えんもの。


「友人は俺と違って超常関連にも造詣が深いからある程度の信頼は出来ると思う」


 とはいえ鵜呑みにするのも難しいだろう。

 なので検証のためあれこれ調べたいなら好きにしてくれて構わない。

 俺の協力が必要ならば出来る範囲で力になるとも伝えておく。


「……いや、まあ、見当違いというわけではなかろうさ」


 自分は何かしら問題を抱えていると祓主は暗に告げた。

 話す気はなさそうだし、俺も聞き出すつもりはない。

 あちらが話そうと思えたのなら聞く。聞いた上で自分なりにちゃんと考えて答えようと思う。


「君が私を外に出すのは不可能とのことだが私がどうにかする分には構わないのかね?」

「勿論。まあここをぶっ壊すとか過激な手段なら困るけどな」


 迷い込んだ時点でその可能性はないと思うが一応、言っておく。

 祓主は俺の言葉に苦笑を浮かべそんなことはしないと明言した。


「心情的にも避けたい手段だし、現実的な意味でもそれは悪手だろうからな」

「というと?」

「君には分からんだろうが私はこれで化け物と呼ばれるような人種でね」


 そんな存在を感知もさせぬまま自らの領域に引き込んだ。

 その事実は大きく乱暴狼藉を働けば相応のしっぺ返しを食らうだろうとのこと。


「外界と時間の流れが異なるというのであればそう焦ることもあるまいて」


 急いては事を仕損じる。じっくり腰を据えて対応を考えれば良い。

 何の気負いもなく言ってのける祓主に俺は軽く羞恥を覚えた。


「何か?」

「……いや、多分君のが俺より年下なんだろうけどさ」


 二十代前半ぐらいか。

 俺が同じ年の頃はこんなしっかりしてなかった。

 我が身を省みると……こう、色々とクるものがあった。


「そうやって恥じ入る心があるのならば君は上等な人間だ。悲観することはない」


 ってかすげえ上からだな。

 何が凄いって特に不快感がないのが凄い。そこに悪意がないからだろう。

 不快極まる偉そうな物言いをしてた社長なんて……いやでもあれはやり過ぎだな。

 普通に逮捕されてもおかしくないことを改めて痛感したわ。


「ありがとうよ。とりあえず部屋を用意しようと思うんだけど希望はあるかな?」


 二階建てなので上下どちらが良いとか角部屋が良いとか。

 俺とテュポーンで二部屋埋まっているがそこ以外ならどこでも大丈夫だ。


「いや特に希望はないな。君に任せよう」

「じゃくじ引きで決めようか」


 マヨヒガにリクエストして上に丸い穴を開けたダンボールを呼び出す。

 中には部屋番が記された紙が入っているので引いてくれと促すと祓主は一つ頷きくじを引いた。


「あ、俺の隣か……大丈夫? いや防音とかは完璧だけど」

「構わんよ」


 じゃあ早速案内すんべと立ち上がろうとした俺を祓主が手で制した。


「どした?」

「いや何、世話になりっぱなしというのは性に合わんのでね。何かしら私に求めるものはないだろうか?」


 何ならここを出た後、現世でというのも構わない。

 公序良俗に反しないのであれば大体の希望は叶えられるという。


「……なら、モデルになってもらいたいんだが良いか?」

「モデル?」

「ああ、実は絵を描く趣味があってね。祓主はえらい美形だし是非ともスケッチさせてほしいんだ」


 漫画のキャラに、とは言わない。

 まだそこまで仲良いわけじゃないから少女漫画描いてるなんて言えねえわ。

 初対面の人間をモデルにして勝手にキャラ作るのかよと言われたら……まあ、そこはね?

 あくまで下敷き程度でそのまま使うわけじゃないからセーフってことにしよう。


「お安い御用だがそれぐらいで良いのかね? こう見えて地位も権力も」

「それが良いんだよ!!」

「む……そ、そうか。ではそれを以って宿代とさせてもらおう」

「っし!!」


 理想のイケメンに仕立てあげないと……!

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