第12話

「私は仕事に戻るからね。

あんたも早く家に帰るんだよ」


 男の子のお母さんはそう言うと行ってしまいました。後には男の子だけが残りました。女の子はさっき執事さんに連れられて行ってしまいました。おじいさんは……

 不思議なことにおじいさんの姿はどこにもありませんでした。こうなってはもうどうしようもありません。男の子は家に帰ることにしました。

 歩きながら、男の子は女の子の悲しそうな顔を思い出していました。なんであんなことを言ってしまったのか、と思う後悔と悪いのは女の子の方だと思う苛立ちがぐるぐるぐるぐる、頭の中を駆け巡るのでした。

 家までの帰り道はひどく長く、寒いものでした。

 ようやく着いた自分の家を男の子は見上げました。それは暗く、冷たいボロボロのアパートでした。男の子の家はこのアパートの二階の角部屋です。足をかけるたびにぎしぎしと音をたてる階段を登り、部屋のドアを開けました。


「ああ、お兄ちゃん。おかえりぃ。遅かったねぇ」


 ドアが開くとすかさず小さな女の子の声が出迎えてくれました。妹です。ついさっきまでテーブルで居眠りをしていたのでしょうか。左のほっぺたが赤くなっていました。

 テーブルの上を見るとチキンの皿と小さなケーキが一つ、手つかずで置いてありました。

 それを見た男の子は思わず叫びました。


「なんで食べてないんだ。

全部食べて良いって言ったろ?!」

「だってぇ、お兄ちゃんと半分こにしたかったんだもん」


 妹は口をとがらせながら答えました。

 男の子は頭をかきながら、妹の前に座ります。妹にケーキもチキンも全部食べさせようとわざと外に出ていたのに、それが全く無駄に終わってしまったのです。


「いいんだよ。兄ちゃんはお腹一杯なんだからおまえが全部食べていいんだ」


 男の子はそう言うと、チキンを妹に手渡しました。妹は手に取ったチキンを少しの間見つめていましたが、ついにパクリとかぶりつきました。その時です。男の子のお腹の虫が盛大にぐぅ~と鳴いたのです。妹はその音を聞くとニコッと微笑み、食べかけのチキンを男の子に差し出しました。


「……だから、ボクはいらないって……」


 また、お腹の虫がぐぅ~と鳴きました。

 妹は、それを聞くとますますニコニコと嬉しそうに笑いました。男の子の目の前で突きつけられたチキンがヒラヒラとダンスを踊ります。

 男の子が一口食べなくてはどうしたって先に進まない。そういう強い意志が香ばしい油の匂い混じって男の子の鼻をくすぐります。

 男の子は、ふぅとため息をつくと一口、チキンをかじりとりました。

 妹は満足したように両目を三日月の形にすると再び美味しそうにもきゅもきゅとチキンを頬張ります。


「じゃあ、次、ケーキね」


 チキンを食べ終わると妹はケーキの乗った皿を男の子の前に置くと、フォークを使って半分に切ろうとしました。


「いや、そんな小さなケーキ、半分にしても仕方ないよ。全部おまえが食べれば良いよ」

「ダメ!」


 妹はうつむいたまま、ざっくりとケーキを半分にしました。


「ずっとお兄ちゃんと半分こにするって決めてたから。

ずっと待ってたんだから。あんまし待ちすぎて、あたし、少し泣いちゃったんだよ。

だから、ちゃんと食べて!

二人で食べた方が絶対美味しいんだから」


 顔を上げた妹の、少し赤く腫れたまぶたを見た時、男の子は雷に打たれたような気分になった。自分はとんでもない思い違いをしていたんだと気づいたのです。


 ああ、そうか……


 きっとあの女の子も同じ気持ちでいたのだろう


 今になってようやく分かったのです。

 すまない気持ちで一杯になりました。  会って謝りたい。そんな気持ちになったのです。でも、名前もどこに住んでいるかも知りません。もう二度会うことなんてできないでしょう。

 男の子の身体中に後悔の気持ちが湧きおこりました。

 その時です。


「あっ、サンタ……さん……?」


 妹の驚いたような声がしました。

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