妖獣使いの泣き虫ティム

弧川ふき@ひのかみゆみ

ティム

 ある町に、ひとりの男の子がいました。ティムという名の少年です。泣き虫さんです。

 彼は妖獣ようじゅう使いにあこがれていました。


 その世界には、動物とは違って魔法を使える生き物が存在します。それは妖獣とよばれていて、卵から生まれます。

 妖獣の卵は、妖樹園ようじゅえんという場所にあります。そこで、ずらりと木から垂れ下がっています。

 人間の頭くらいの大きな卵です。近頃はその量も多く、壮観です。


 そんな卵を、才能を認められた者だけが、妖獣使い学校で受け取れます。


 ティムもまた、その学校へ通うことを認められました。試験に合格。

 十歳で一年五組に通い始めるティム。彼に、同級生になった左隣の女の子が、


「妖力はいくつ?」


 と問いました。

 合格通知で知ったその値を、ティムは思い出しました。


「百五」


「えっ。百五? 三百とか四百じゃなくて?」


 ティムの目には涙が浮かびました。

 そこで、右隣からもティムに声がかかりました。


「お前の妖獣より俺の妖獣の方が強くてかっこいいだろうな!」


 それは自信満々な男の子。

 ティムは口をムッとさせて、目を潤ませたまま、何も言いませんでした。実際、本当にそうかもしれない。妖力が弱いのも事実。だから何も言い返せないと思ったのです。


 妖獣科の最初の授業で、妖樹園に行きました。

 妖獣科の先生が生徒たちを一列に並ばせ、ひとりひとりに卵を渡します。ティムも受け取りました。

 受け取った全員が、先生の前にまばらに並ぶと――


「ではその卵に、想いを込めて妖力を込めるんだ。お前たちにふさわしい妖獣の姿となるまで数日、中で育ち、それから生まれてくる。さあ! 込めるんだ!」


 と、先生が。


 ティムは夢を思い描きました。妖獣使いになって自分が何をしたいのか。人の役に立つことをしたい。高い所にいって取れなくなったものを取ってきてあげたり、傷ついた人を癒したり、何かを届けたりできる、そんなことをしたいと。だからそれができるくらいに、大きな、優しい、強い妖獣になってほしいと、その想いを込めてティムは妖力を込めました。


 そのティムの卵が、静かに脈打ち始めました。そして温かさに満ちています。

 ティムはいつもその大きな卵と一緒にいます。大事に抱えていたり、隣に置いて見張ったり、なでたりして……こんな僕でも誰かのために、そう思っていました。


 数日後――


 ティム以外が持っている卵がかえりました。


「ティムのはまだなのね」


 教室で、あの隣の女の子がそう言いました。


「うん」

「大丈夫よ」

「……ありがとう」


 さらに数日後、彼の卵がかえりました。自宅の部屋にいる時に、卵にピキピキとヒビが。

 割れて、卵は自然とふたつに分かれました。


 そして現れたのは……棒状の虫。

 それは指先からひじくらいまでの長さの、黒くて重たい幼虫のようなもの。体を曲げてたたんだ分だけ前へ進める、それしかできないように見える虫です。


「このコが……?」


 ティムが抱き抱えると、そのコは「ピジシシ」と鳴きました。

 エサとして野菜をあげながら、ティムは、名を付けることにしました。それは、授業でそうしなさいと聞いていたからです。すぐに、ということではなくてもよかったのですが、


「じゃあきみはピズだ!」


 と、ティムは喜んで隣に置き、なでました。



 彼が肩にピズを乗せたまま、妖獣使い学校の一年五組の教室へ入って自分の席に着くと、左隣の女の子が、


「そのコがそうなのね」


 とたずねました。


「うん。ピズって名前にしたんだ」

「ピズ、いい名前」


 そこへ、右隣からも声が、


「そんなのがお前の妖獣なのかよ! 何ができるんだよそいつ!」


 と届きました。

 ティムは、まだ、ピズに何ができるのか分かっていません。隣の男の子に対しては、伏し目がちに見るにとどまりました。


 いばった男の子の机には、大きな犬のような、けれど角がある、強そうな妖獣がいます。


 たしかに、お前は何をできるんだい? ティムはピズに心の中でそう問いました。返事はありません。いつまでも、クラスのにぎやかさだけが耳に届きました。



 妖獣競争という授業があって、ティムは最下位になりました。ピズはレースが苦手。高く跳ぶこともしません。できません。ティムは落ち込みました。

 ただ、綱引きでだけは勝ちました。ピズは地面にぴったりと吸いつき、そこから動かず、相手がつんのめったことで綱がピズの方へわずかに動いたのです。


 ピズには、どうやら、どんな場所にでも自分を固定できる力があるようです。しかもかなりの力に耐えられるようです。


 飛べる妖獣や火を吐ける妖獣、水を出せる妖獣もいて、それぞれ、役割についての授業で、どうやって人の役に立つかを学びました。ピズも自分を固定できる力だけは認められました。救助によいと言われたのです。


 ティムは初めて認められた気になりました。こんな時にも涙が出るのを、ティムは初めて知りました。そしてティムはピズのことが大好きになりました。

 その授業の最後に、その担当の先生がみなに向けて、


「妖獣の力はあなたたちの妖力に左右されます、自分を高めることを忘れないように」


 と。ティムは妖力向上授業でもがんばることを決めました。


 しかし、翌日教室に入ろうとした時、後ろから、肩に乗っていたピズを奪い取られました。後ろを振り返ったティムは、


「何をするの!」


 と、やった人物を目で探しました。にやにやと笑った男の子が、ピズの背をつかんで持っていました。

 ピズは必死にその手に自分を固定しようとしています。が、背をつかまれているだけだと、それはできません。ピズは足元でしか固定できないのです。にやにやした子はそれを分かっていました。

 そして、窓が開きました。にやにやした子の隣にいた別の男の子が、開けたのです。


「お前の妖力、弱いだろ! そんなタッグの救助なんか怖過ぎるんだよ!」


 ピズは投げ捨てられてしまいました。


「ピズ!」


 ティムは窓から身を乗り出しましたが、その手で助けることなど、当然、間に合わず、ピズは地面に激突しました。


 一年五組は三階にあったので、階段を下りていき、校舎の裏、妖力向上広場の端まで行きました。その辺りに落ちたはずでした。

 そして見つけました。

 ピズは、動かず硬くなっていました。


 ティムは大泣きしました。抱きかかえて、元に戻るように願いました。ですが、何ともなりません。


 そこへ担任の先生がやって来て、こう言いました。


「このコは、もう……。卵なら、もう一度渡してもいい」

「そのコが生まれても、そのコはピズじゃない」


 それからティムは、ピズを墓に埋め、時間がある時に妖樹園ようじゅえんに連れていかれ、新しい卵を受け取りました。


「ピズ。ボクはピズがいい」


 そんな想いを込められて生まれた別の妖獣は、ピズと同じ姿ではありませんでした。ただ、白くて大きな毛虫のようではありました。ピズと同じ虫。そして鳴き声が「クシャシシ」というものでした。

 ティムはその妖獣を、クーシャと名付けました。


「どんな力を持ってるの?」


 ティムがそう聞くと、そのコは、少し歩くだけでした。ただ、ピズと同じようにゆっくりと。その様子に、ティムはどうしてもピズを重ねました。


 ティムは妖獣科の先生にたずねてみましたが、先生は首を横に振りました。


「言葉が分かるようになるまでもう少し経ってから、あの授業のように、色々なことをさせてみなさい」


 そうだったのです。妖獣は言葉を理解できます。できるようになります。ティムはそれまで待つことにしました。


 そして……待ち続けたおかげで、ある時、


「ねえ、クーシャは何ができるの?」


 とたずねた結果、クーシャはノートの上に乗りました。そしてノートをずり動かしたのです。ノートはクーシャの足元に吸着しているようで、少しも離れません。


 ティムは、大泣きしました。



 その子を連れて教室へ行った時、


「お前自身がしぶといな」


 という声がティムの耳に届きました。ティムの目にはまた涙がにじみます。

 そんなことに負けじと、ティムは妖力を高めました。


 妖力を高めるための広場で、ティムとクーシャはよく特訓をしました。使えば使うほどその力は増すのです。

 そして、ある時、ふと――


「クーシャ?」


 ティムの足元から離れて、なぜかクーシャが校舎の方へ行きました。

 そして、ある場所の前で止まったのです。

 ティムはその場所のことをクーシャに教えていません。


「なんで? なんで分かったの?」


 ティムはそのことを妖獣科の先生に言いに行きました。

 すると先生はこう言ったのです。


「妖獣の卵は、妖力だけじゃなく、その時その時の、光を望む魂を――意志ある妖力の粒子をもからめて生まれるんだ」

「じゃあ……!」

「ああ。そいつはピズの魂と妖力を……宿して生まれたんだ」


 ティムはやっぱり泣きました。大泣きです。長いあいだわんわんと泣きました。



 それから数年が経ちました。

 かつてのティムと同じくらいの大きさにまで成長した虫の姿のクーシャが、ある日、まゆに変化したのです。


 そして、それから数日後……それを割って出てきたのは、白い、大きな大きな鳥でした。


「クーシャ?」


 その鳥は、その呼び掛けに対し、「ピジシシ」と返事をしました。

 その瞬間、ティムは、涙をぼろぼろと流しました。




 十七歳になったティムは、クーシャと連携して町のために貢献すべく、妖獣使いヘルパー事務所に入りました。


 そこには、ティムとピズのことをなかなか認めてくれていた、学校初期の左隣にいたあの女の子がいました。


「あ、ティムじゃない! 久しぶりね」

「ミアンナ。そっか、ミアンナは一足先だったね」


 ふたりは妖獣使いとして活躍しました。



 ある時。

 人を助けたはいいが力つきた妖獣使いがいました。ある崖の下の方にいて、そこから「おーい」と人を呼んでいました。

 通報を受けて、クーシャに乗ったティムが、それを助けに行きました。

 クーシャにとって、斜めになった地面はなんでもありませんでした。

 そしてティムはよくよく観察しました。

 彼は、あの、ピズを投げた男でした。

 ティムは、それでも男を助けました。


 崖の上の平らな所で男をクーシャの背から降ろし、自分も降りると、ティムは、聞かれました。


「お前、ティムだろ、あの変な虫の」

「うん」

「……悪かったよ」


 そう言われて、ティムはどう返せばいいか、最初は迷いました。


「そうだね。ボクも弱い所があったし。でも。前へ進める。キミも」


 男は、心の中で何かが溶けたような顔をしました。


 ただ、ティムはまだ、彼を許してはいません。その事に関して許すことはないのでしょう。本当は違う言葉を口にしたかったのです。

 それを押し殺して、ふたりは崖近くのところから町へ帰っていきました。



 男のことを、ティムは触れたくはありません。

 しかし、考えなくてもよくなりました。男もわざわざティムに近付きません。



 そして――

 ティムは、妖獣使いとして、助けを求める者のために、立派に働いたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖獣使いの泣き虫ティム 弧川ふき@ひのかみゆみ @kogawa-fuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画