第六話
無事婚儀も終わり、
拗ねるような気持が湧いてくるけれど、檟は何も悪い事をしていないのだから私のこの感情は甚だお門違いでしかないのだけれど。
帯を外されするすると着物を脱いでいく。
化粧も落とされて髪を下ろしてもらっているその時だった。
「お嬢様、若様から頂いた簪が髪に刺さっていないようですが心当たりはありますか?」
「……あ」
槐に説教を受けていた時、不安を紛らわせるように何度か簪に触れていたことを思い出す。
その時に槐の部屋に落としてしまったのかもしれなかった。
「心当たり、あるかも」
「まあ、左様でございますか。安心いたしました。明日ニガナと共に探しに行きましょうね、お嬢様」
「ん、ううん……一瞬で取りに行けると思うから私今から行ってくるね!」
荼に髪も下ろしてもらい寝衣を着せてもらった私は荼の言葉を聞かずに飛び出すように己の部屋から出たのだった。
背後で荼が何か言っているような気がするけどそれを無視して足を動かす。
皆が寝静まった頃なのであまり本気で走れない事もあって早歩きで槐の部屋まで向かった。
槐と私の部屋の位置は近くなのもあって直ぐに槐の部屋の前へとたどり着いていた。
槐はまだ起きているのか薄っすらと和室から漏れる明かりが廊下を照らしていた。
よく閉じておらず襖と襖の間に隙間があるのかもしれなかった。
私は息を殺して槐の部屋に近寄ろうとしてとして、はたりと足を止めた。
槐の部屋からくぐもった様な甲高い悲鳴が聞こえてきたからだ。
何が起こっているのか分からなくて、私は恐る恐る少し開いている襖の隙間から目を凝らして、槐の部屋の中の様子を確認した。
部屋の中の光景に思わず叫びだしそうになり、両手で口を抑えることによって何とか声を出さないことを褒めてほしいくらいだった。
寝衣をはだけさせた薊さんが、槐の布団の上で寝ている。
槐は着流しを着崩したまま脱ぐことはなく、窓障子を開いてその側で気怠い様子で外の景色を眺めているようだった。
その二人の温度差がすさまじく、まるで夢のようでいて、気味が悪かった。
槐の着流しの中から細長い管のような物が伸びており、その管は薊さんの口の中に繋がっている。
薊さんは苦し気にふうふうと荒い呼吸をして、ときおり鼻にかかったようなくぐもった声を出していた。
そんな時だった。
薊さんが不意にこちらの方に顔を向けると、明確に私と目を合わせたのだ。
のぞき見をしていたことが薊さんに気づかれてしまった。そう認識した私は再び叫びだしそうになり口を塞ぐ手にさらに力を込めて息すらも止めていた。
薊さんの瞳が溶けだすみたいにゆっくりと弧を描いていく。
その薊さんの蕩け切った表情に、何故だかカッと体が熱くなり、逃げなければいけない心地になった私は一歩、また一歩と足が後退させていた。
ギジリと床が軋む音がする。
早くこの意味の分からない現状から逃げ出したいことしか頭になくて、私は背後に誰かがいることに気が付けなかった。
後退し続ける私の背中に軽い衝撃が走ったかと思えば、背中にぶつかった何かは押さえつけるように大きな手で優しく私の両肩に手を置いたのだ。
ふわり、と後方から香る木のような深みのある甘やかな香りが私を包んでいる。
「ひぃっ」
「しー、いい子やからお嬢喋ったらあかんで」
耳元で囁かれる聞き慣れた声に安堵すら覚えた私は必死にぶんぶんと頭を振った。
すると私の両肩に手を置いている妖――狐の妖である槐の側近であり私の護衛もしてくれている
「ええ子やなあお嬢。そのまましーってしてお口閉じとってな?」
ぶんぶんと首が取れてしまうんじゃないかと言うくらい私は何度も頷いた。
檟は私の両肩から手を離すと、私の太ももの裏あたりに両手を当てたかと思うとそのまま簡単に持ち上げてしまったのだ。
簡単に言ってしまえば、檟が太ももの裏を支えてくれているので檟を背もたれにして椅子のように座っている、と言えばいいのだろうか。
いや、もう自分ですら己の現状が分かっていないので深く考えないことにした。私は現実逃避に逃げたのだ。
檟は私より頭ニつ分くらい大きいので、言い方が凄く悪いのだけれどすさまじく安定感のある椅子だった。
温かいし、なんなら包まれている心地すらする。檟の香りがより近く感じられて何だかどきりとした。
こんな椅子にならいつまででも座っていたいな、と思いかけて危険な思想だと気づき考えを隅にやった。
「夜は危ないからお部屋の外に出たらあかんって再三言ってたよなお嬢?」
「あっ、うっ……ひゃい、言われてま、した」
「そうよなあ? あれえ僕てっきりお嬢に伝え忘れてしもたんかなあって不安になってもうたなあ」
「あの、そのっ……おっ怒ってる?」
「いんにゃあ全然これっぽっちも怒ってなんかあらへんで」
檟の声色は優しすぎて逆に怖かった。
それから檟が私の部屋まで送り届けてくれるまで一言も喋れなかった。
私が部屋に戻ってきた時、荼は心底安堵した様子でべしょべしょに泣いて喜んでくれて、この思い付きで行動してしまう癖を直さなければいけないな、と思った夜であった。
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