第五話
婚儀が行われる和室の上座には槐の側近である妖たちがずらりと座っていた。
鹿の妖の
あまりこうやって側近の妖達が集まることはないので何だか新鮮な気持ちだった。
じっと見ていたからだろうか。私の視線に気づいたのか茅が榧の肩をトントンと叩き二人して笑みを顔に乗せてふりふりと私に手を振ってくれていた。
私もそれに満面の笑みをのせて振り返す。
小さいころからこの城に住んでいたのでよく遊んでくれていた茅と榧は私のお姉ちゃんみたいな存在だ。
梍は無口で物静なのだけど、よく槐に内緒でお菓子をくれたことを思い出す。
梍も私に気づいたのか口の端を器用に上げて軽く会釈してくれた。
胸の中に蔓延っていたモヤモヤが少しだけ晴れてホッと息を吐く。
視野が狭くなり天涯孤独な心地であったけれど、周りをよく見ればそうではないのだと改めて実感できた。
「お嬢、もうすぐ始まるみたいやね」
「うん、ドキドキしてきちゃった……」
私と言えば檟と一緒に下座の方に座っていた。
何となく、間近で直視なんてできないと、したくないと身の程知らずにも思ってしまったからだ。
そんな私の我儘に付き合ってくれる檟は本当に優しいと思う。
ずっと正座をしているから痺れてきたようでもじもじと足先を動かしてしまう。
血のめぐりをよくするために落ち着かない様子で体を揺らしている時だった。
槐と花嫁様である薊さんが伴って和室に入って来たのだ。
それから粛々と婚儀が進んでいった。しかし私は、わずかな違和感に首を傾げていた。
婚儀とはもっと華やかだと思っていたのにやけにあっさりと進んでしまうからだ。
二人の前に杯が置かれ並々一杯に酒が注がれている。
槐と薊さんはそれをお互いに飲みあって婚儀が終了となってしまっていた。
時間で言うと半刻もなかったのではないのだろうか。
「……ねえキササゲ」
「なんや、お嬢」
「婚儀ってこんなあっさりしたものなのね。なんかこうもっと……華やかなのかと思ってたのになあ」
「そりゃあお嬢、これは仮初の……うんにゃ何でもないわ。安心しぃお嬢。お嬢の時の婚儀はどえらい華やかになるんやから」
「なにそれ……へんなの。でも私の事なんて娶ってくれる人、いるのかなあ。相手をまず探さないとだね!」
檟は珍しくぽかり、と大きな口を開けている。
私はそんな檟を訝し気に見てしまっていた。
そしたら檟も負けずと訝し気に私を見てくるではないか。
「や、お嬢何言うてるん? それ……、冗談でも若の前で言わんでくださいよ?」
「う、ん? わかった」
「いや分かってないよな? 絶対の絶対の絶対やからな! お嬢のために言うとるんやで!」
キャンキャンと尚も小うるさく言ってくる檟にげんなりとする。
私はうんうん、と投げやりに頷き続け檟の小言からなんとか逃げ切ったのだ。
「相変わらずねえ、貴方たち。お嬢元気にしてらした?」
頬に手を当てて蛇の妖である榧が微笑ましそうに私と檟の近くまで寄って来てくれた。榧は髪も肌も真っ白なので凄く神秘的で見ているだけで心が洗われるような気さえしてくる。
「お嬢様お久しぶりです! お元気でしたか?」
その隣には大きなくりくりとした目を細めてクスクスと笑っている鹿の妖の茅も伴っているようだった。
私はそんな二人に元気よく頷いたのだ。
「うん! 元気だよ! カヤとチガヤも元気だった?」
「ええ、この通り元気に結界を貼っているわ。ああ、お嬢もっとよく見せて?」
「元気でしたよ! あ! カヤ、抜け駆け禁止〜! 私だってお嬢様にぎゅってしたいのに!」
榧と茅は座っている私を挟むように抱きしめると頭に頬ずりをしているようだった。
こてこてとまるで磨くように体をもみくちゃにされている。
だけれど全然嫌なんかじゃなくて、なんなら幸せだった。それわそれは幸せだった。
「……ああ堪らない。お嬢の側が一番心地がいいわ」
「お嬢様……好き……はあ蕩けちゃう……」
二人は顔を背けたくなる程淫靡な表情で私の匂いを深く吸い込んでいるようだった。
昔からこうなので、今更驚くことはないけれど私は一体どんな匂いがしているのだろうか。
臭かったらいやだな、良い匂いだといいな、と現実逃避しようとしていた時だった。
「……ええ加減にせんと若にチクるで?」
「やだ、キササゲ! アナタいつもお嬢の側にいられるのだからいいじゃない! ほんっとにいけずね!」
「そうですよ、そうですよ~! キササゲはずるいです! 私だってもっとお嬢様といたいのに!」
きゃんきゃん、やいやいと榧と茅に睨まれた檟はタジタジとしている。
榧と茅は檟に文句を言うために私から離れていってしまった。
立ち上がった檟は両手を前に掲げて自分を守るように、にじり寄る二人から後退していた。
檟がつけている色のついた眼鏡越しに薄らと見える瞳はどこか焦ったように目を泳がせている気がした。
ぽつりと一人になってしまった私はそんな三人の様子をぽけっと見ていた。
寂しいな、戻ってきてほしいな、と心細くなったころ影が私を覆った。
思わず顔をあげると、槐の側近である鴉の妖の梍が座ったままの私を見下ろしていた。
「息災だったかお嬢」
「サイカチ! うん、ほら見て元気でしょ?」
立ち上がって少し痺れた足を無視して、両手を広げてくるくると回ってみせてやれば梍は「そうか」と目を細めて頷いた。
「あ奴らも相変わらずだな」
梍はまだ言い合っている檟たちに目線を向けている。
私も「うん」と頷き釣られるように三人を視界にいれた。
「……食うか?」
「なあに?」
「ちよこれえと、という甘味らしい」
「ちよこれえと?」
梍は大きな掌に小さな銀色の紙に包まれた物を乗せていた。
私は「ありがとう」と梍にお礼を言って恐る恐る銀色に包まれた紙を拾い上げた。
慎重に紙を剥くと、中からは茶色の塊が出てきた。
見慣れない甘味におっかなびっくりとしていた私だけれど甘い甘い匂いに誘われて気がつけば口に含んでいた。
「甘い!」
「そうか」
「すごいすごい口の中で溶けてしまったわ!」
「よかったな」
「ありがとうサイカチ! こんなに美味しい甘味は初めてよ!」
飛び跳ねる心地でニコニコとしていれば梍も釣られるように控えめに笑ってくれた。
梍の大きな掌が私の頭を撫でている。
私は、ああ、幸せだな、こんな日が続けばいいのにな、と思わずにはいられなかった。
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