口数少ない彼女は時に饒舌

@shoo0224

第1話 口数の少ない彼女とお酒と夢の国

 彼女との同棲も半年ほど経つ――。

 元々彼女がいようといまいと、学生時代から貯金してきたお金、それに加え自分が社会人になり安定して稼げるようになった就職2年目の夏前頃。その頃から、二人暮らしをする上で金銭面を見ても申し分ないと――暮らしの土台ができたと思い、彼女との同棲を本格的に考えていた。

 某日、自分は彼女をディナーに誘い、今後について――同棲について打ち明けた。すると彼女は一言、よろしくお願いしますと笑顔で快く受け入れてくれた。

 ――そんな彼女と同棲して初めての冬を迎えるわけだ。特にこれと言ってすることはない、あってもクリスマスを一緒に過ごすくらいだ。それだけでも自分は嬉しいわけだが。そんな思いにふけりながら、会社のパソコンの前で首を回す。

「宇津井さん、お疲れ様です」

「お疲れ様、なんだもう今日は上がりか」

 デスクトップパソコンの時間を見ると、19時の表記だった。いつもこの後輩は21時過ぎまで仕事をしている印象があるが今日はやけに早かった。

「宇津井さん今日は華金ですよ、華の金曜日、早めに切り上げて楽しむことも大事なんですよ」

 どや顔で説明されるが、いつもは金曜日とかそんなものは関係なく残業しまくって仕事を次の日に残さないように頑張っているのを知っている。

「華金とか適当なことを言っているが、本当のところはどうなんだ? いつもならまだ残業してるだろう」

 腕を組みパソコンから後輩君の方に顔を向ける。質問された側は下手な愛想笑いをしながら、頬をポリポリ書いて口を開いた。

「明日、彼女とデートなんですよ。だから早めに帰って明日の準備とかしないといけなくて」

 なんだこの幸せ者は、笑みから幸せが溢れ出ている。加えて明日デートなんです、と言ったことが恥ずかしかったのか紺色のスーツの袖をいじりながらくねくねしているのも少々鼻につく。

「そうか、だから今日は昼休憩も取らずに頑張っていたわけか。気を付けて楽しんでおいでな」

 後輩君は返事をしたあと、お疲れ様ですと再度挨拶をして会社を後にした。

 さて、自分もこの仕事だけメールを飛ばしたら帰るとするか……。

「あ、明日俺もだった」


 ――会社からの帰り道、俺はどうしたものかと試行錯誤していた。

 同棲している彼女との久しぶりの同日休み。今晩、その休みをどう有意義に過ごすかについて話し合わなければ。いつもよりも帰り道が長く感じる、季節もあり気温も低い、口からは白い息が止まらない。シルク生地のロングコートを羽織っているにも関わらずだ。

「にしても、今日は寒いな。マフラーももう出さないとだな」

 いつもよりも歩幅を狭めて帰路を歩んで帰宅した。


 かじかむ手で鍵をスーツの胸ポケットから取り出し玄関を開けると、紺色の小さ目なハイヒールが外向きに綺麗に並べられていた。玄関を閉めて靴を脱ぎ、寄り添うように靴を外向きに並べて整える。リビングに向かい外開きのドアを開けて、話しかける。

「ただいまー、美久ー、珍しく早かったんだな」

 リビングは外とは天と地の差があると言えるほどあたたかい。部屋に一歩踏み込むと、暖かい空間の中に少し違った空気感が漂うのに気づいた。スーツ姿のまま横長のテーブル炬燵に入っている美久だ。彼女と目が合いいつもと雰囲気が違うことに気づいた。暖かい空間と相対するような冷たい視線。あの美久がスーツ姿で炬燵に入っているのは鈍感と言われ続けた自分でもわかる違和感だ。

「た、だいま……何か怒っていらっしゃいますか……」

 俺は立ちすくんだまま小声で様子を窺い声をかけた。すると、目の前の同居人は両手を炬燵の上に出し肘をつけ、ゆっくりと両指を絡めた。その姿、某アニメの司令官を彷彿とさせる姿だ。人造人間人型兵器ロボットに乗せられそうな……。美久の瞳は、いつもの優しい目ではなかった。何より……睨まれている。美久の口から低い声が発せられた。

「リュックを置いて、そして冷蔵庫から缶ビールを二缶持って座って」

 俺は口を一文字にして、美久に言われるがまま行動した。リュックはリビングの隅に置き、スーツのまま缶ビールを冷蔵庫から取り出し、そして炬燵に仕事終わりの一杯として最高であるアルコール酒――ビールを置いた。だが、今のままでは味はしなさそうだ。美久の隣に腰を据えようとすると、反対方向に座るよう指を差された。

「美久、一体どうした?」

 俺は美久と向かい合うように炬燵に入りながら、声をかけた。

「どうした……?」

 美久から絞り出されたような声が出たが、俺は聞き取り切れず優しく聞こえなったもう一回なに? と聞き返した。

「どうしたもこうしたも、あるかーー!」

 美久は前に置いてあるビールを取り、力強く缶の蓋を開けるとグビグビと喉を鳴らしながら、飲み干した。空き缶をテーブルに叩きつけると、続けて俺を涙目で睨んだ。

「わ、私がメールで次の休みの日はクリスマスマーケット行こうって送ったら、

なんて返したか覚えてる!?」

「え、えっーと……」

 左手を握り、拳で机を連打しながら凄く強い目線を送られてくる。俺が、答えられずに考えていると、体を前のめりにして右手でスマホの画面を見せつけてきた。

「なんて書いてあるか読める!? 音読してみて!」

 俺は、美久の顔を窺いながら画面に映っている俺から美久に送ったメール文を声に出して読んだ。

「外は寒いし、人が多いところはちょっと。買うのに並んでるときがより寒そう。家でダラダラしながら一緒にアニメ鑑賞でもどう?」

 読み終えてスマホの画面から、美久の顔を恐る恐るのぞき込むとまさに鬼の形相である。こんなに怒っている美久を見たのは……そうだ、今年の夏に海に行く直前の今回のような流れと同じだった気がする。俺を横目に美久はスマホをテーブルに置き、俺の分の缶ビールに手を出した。

「あ! それ、俺のビール」

 その瞬間、何か文句でもあるか、という目で訴えられた。俺は口を閉ざした。美久は前のめりにした身体を元に戻し、座り直すと二缶目を開け飲み始めた。俺は、炬燵の毛布を肩まで掛けてデートの話をする。

「美久は何で人が多いクリスマスマーケットに行きたいんだ? それに俺よりも寒がりじゃないか。クリスマスマーケットは夜行くものだろ?」

 少々嫌な言い方をしてしまったかもしれないが、事実だ。特に人が多い場所も得意ではないし、寒いのは苦手な美久だ。なぜそんなところに。

「だって久しぶりに休みが被ったから……」

 美久は両手で缶を持ちながら、恥ずかしそうに缶に向けて小声でそう語りかけていた。――少しの沈黙、そんな返答が帰ってくるとは思いもよらなかった。空気感を変えるべく、俺が口を開きかけた瞬間、対面の美久は意を決したかのように俺に顔を向けて、

「久しぶりに丸一日休みが被ったんだよ! 二人で休みが一緒なんだよ! カップルっぽいこと最近全然なかったからしたかったんだよ!」

 本気だ。本当にそう思っていたんだ。美久はカップルっぽいことがしたかったんだ。でも、俺はこの日常が好きだしこの日常もカップルぽいことはある。一緒に夜ご飯を食べたり、帰りのタイミングが合えば手を繋いで帰宅したりと。夜の営みだって、お互いの心が寄り添ったタイミングで愛し合っている。美久は何が足りないんだ。

「日々カップルっぽいこと、というかカップルしてるじゃないか。俺は美久のこと好きだし、美久も好きだろ?」

「そうだけど……」

 俺がポカーンとした顔をしていると、美久はその顔を見るやいなや二缶目の残りを飲み切り、投げつけてきた。

「痛っ!!」

 顔を赤くして勢いよく立ち上がり、バーカ! 分からずやぁー! と捨て台詞のごとく言葉を叫びながら風呂場に走り去っていった。

「おいっ! 美久! 酔ったまま、というか呑んですぐに風呂に入ると――」

 美久はお酒を呑むといつもよりも感情的且つ饒舌になる。その方が気持ちが分かりやすくていい時もあるのだが。俺はどこかで何か間違えたのだろうか。

 一人リビングに取り残され、ため息をつく。俺はポケットから二枚のチケットを取り出し、ぼっーとその紙切れを眺める。

「こんなサプライズ用の"夢の国"チケットまで買ったのにな、一体俺はどうしてこうも恋愛下手なのだろうか」


――俺は炬燵で寝てしまっていたらしい。起きてすぐに、フローラルの良い匂いが近くからしてきた。隣を見ると、お風呂から上がっていたであろう美久が隣でくっついて寝ていた。俺は、その愛らしい彼女の寝顔を見て笑顔が綻んだ。少しならいいかと、ほっぺたを指先で触れようとした瞬間――ハッと夢の国チケットを探す。

「どこだ!」

 小声を出しながら探してもどこにもない。テーブルの上と炬燵の中。炬燵の周辺に必ずある――少なくともこの家には必ずあるはずだ。そう思いながら、美久の頭をノールックで撫でる。すると寝ながら俺の腕を掴んでくる彼女、可愛いなと美久に目をやる。

「あ、あった」

 二人分の夢の国チケットは大事そうに、その幸せそうに眠る、握られた手に合ったのだ。一番大切な――彼女(美久)の手の中に。






 


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