星降夜にて
「配信切れたよー。はー、ねむぅ。でも歯磨いてぇー、化粧落とさねーとぉー……」
「真美華、その辺に石ないか? 手に持てるぐらいのやつ」
撮丸を引っ込めてヘアゴムを解いていると、羽純が焚き火をごそごそ弄りつつ唐突にそんなことを呟いた。石? 辺りを見回す。
「んー……これでいい?」
「ありがとう」
「あ」
手渡すや否や、羽純は座ったままその石をノールックで放り投げるのだった。ぎゅんと音を立てて飛んでいく石は、ライナー軌道で丘をまっすぐ越えていく。そうして、おいおいどうしたんだと思いながら丘の向こう側に消えていく石を見送った瞬間だった。
「あぐっ!?」
やにわに丘の向こう側から男の悲鳴が響く。えっ、人? 訳も分からず羽純を見下ろすと、羽純はふうとため息をついて月のない満天の星空を見上げていたのだった。
やがて、がさがさと草を掻き分ける音を立てながら、丘の向こうから人影が現れる。「お〜痛え……」と言いながら背中をさすり、よろよろ丘を下りてこちらへ向かってくる男を私たちは呆然と見つめる。
「ひ……久しぶりっす、姐さん」
「盗み聞きだけしてこっそり帰るやつがあるか、たわけめ。……元気だったか、ソノ」
「うっす、姐さんも何だか随分面白いことになっちゃってまあ……」
水色のアウターレイヤーに身を包み、赤いバンダナを額に巻いた男は、へへと屈託なく笑いながら羽純を見下ろすのだった。見覚えがある。この男は確か、私が八王子ダンジョンで羽純に助けられたときにほんのちょっとだけ気を遣ってくれた男で……だから、オルタナの……。
「あっとォ、自己紹介! 俺、オルタナ所属のコンバットサポーターやってる園田 京一郎っす。姐さんの元チームメートで、姐さんには色々よくしてもらってました」
「あ、ども~……須野原、つか、マミミンダンジョンTVでぇ~す……?」
「よろっす、やーはは姐さんもいい友達に恵まれたっすね!」
「ふふん、そうだろ」
「へへへー」
「で? 何しに来たんだ、おまえ?」
笑顔なのに、目は全然笑っていなかった。声も明るい感じだが、何だか刺々しい響きが籠もっている気がする。園田も笑顔を作りつつも居心地が悪そうだ。あんまり険悪にされても困ってしまうので羽純の耳元で「手加減しちゃれ」とこっそり囁いていると、園田が「いやあ俺ら心配してたんすよ」と腕組みをする。
「姐さん、ホライゾンのコーチでも何でもやってけたのに突然辞めちゃって。送別会だってできなかったし、スマホも会社のしか持ってねーから連絡つかねーし。家がやばいって噂で知ってたから……スタッフのみんな心配してて。そんで今はWeTuberってさ、んな似合わないことやってるって聞いたら、そりゃーみんな心配しますよ。お嬢ちゃんだって分かるでしょ?」
「え? あ、ああ、まあそーね……?」
「ソノ」
ひどく優しい声だった。「心配は要らない」、羽純は穏やかにそう告げて園田を見上げる。園田はそんな拒絶めいた言葉に詰まって、ただ俯いてしまう。羽純が小さく息をついて続ける。
「オルタナはウルフパック、オオカミの群れだ。それぞれが己の仕事を全うし、群体でも個体でもオルタナであらねばならない。私は終わったオオカミで、だから私の居場所はもうないんだよ。何も不思議なことはない。もう私はオオカミじゃない、ただそれだけのことだよ」
「姐さん……」
「まったくお前は優しいな、心配してくれてありがとな」
「あしたも何かあるだろ、もう帰れ」と羽純がにべもなく薪を焚べる。園田は小さくウスと呟き、そんな羽純に深々と頭を下げるのだった。が、顔を上げた園田はその場に立ちすくんだまま踵を返す様子はない。何だろうと思っていると、園田は「あの」とおずおず告げる。
「最後に、姐さんの絶刀、見せてもらっていいすか。思い出に」
「思い出? ……前見たのと一緒だぞ。まったく変なやつだな。いいよ。そら、いくぞ。絶刀、顕現」
羽純の左手に光が集まって、あの柄だけの剣が現れる。刀身の失われたその姿はやっぱりいささか間抜けで、相変わらず戦闘の役には立ちそうになかった。園田はそんな絶刀をじっと見つめていたが……やがて、「やっぱだ」と声を発したかと思うと、その場に四つん這いになるのだった。
そう、大の男が四つん這いになっていた。その異様な体勢に私も私も羽純もドン引きだ。園田は目を細めながら絶刀に顔を近づけるようににじり寄っていく。私も羽純も、あまりのキモさに身を固くしてしまう。……そして。
「姐さん、なんか、それ……ちょっと言いにくいんすけど」
「何だ?」
「いや、分かんねす。何だー、んー? いやー」
「おい羽純、どったのこの人? 変態?」
「なあ、ソノ。おまえって前から勘とか鋭かったよな。言ってみろ」
羽純がそう告げると、園田は体を起こして腕組みをしながらしばし沈黙していたが、やがて大きく息を吸い込んではっきりとそう言ったのだった。
「こいつ……まだ生きてる」
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