四象限よ、世界にて。

ぷるこぎ

第1話 ようこそ、世界へ

 「治安維持隊」を名乗る集団が統治する区域へ、今日も仕事で足を踏み入れる。賊に襲われる心配のない、快適な街だ。先の世界魔法大戦で混沌としているこの世界、この街だけは穏やかであった。ありがたい。整備途中の道を歩きながら周りの様子を見ると、平和の象徴だとでも言わんばかりに、お買い得だと叫ぶ商人の喧騒が聞こえてくる。町民はそこら中から湧いて出る鳥様にこのご時世、貴重な御食事なんかを与えている。いいご身分だこと。

 

 今の僕に、現状を楽しむ余裕はない。金に困っているわけでも、心が疲れているわけでもないのに。僕だって彼らのように今を楽しめたらどれだけ幸せか、なんて何度も考えた。そんな彼らを横目に、歩みを進める。大通り沿いにある集会場の扉に手を伸ばしたその時。中から聞きなじみのある、男女の口喧嘩をする声が漏れ出てきた。


「だーかーら、そんな夢だれにも叶えっこないんだってば。」

 室内から、少々苛立ちを含んだ、騒音の中もよく通る低い声が聞こえてくる。


「はあ?!おっさんこそ、『俺が治維隊のリーダーになる』なんか言っちゃって。はいはい、かっこいいでちゅよ~」

 対して、負けじと叫ぶいまだ幼い声。


「可能性がゼロの妄想語る人よりかましだと思うけどね?てか、おれの夢はいま関係ないだろうがよ!」

「10も年下の女の子程度に苦戦する半端物がよく言うわぁ」

 二人から熱意は伝わってくる。とっても。

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 ...そろそろ飽きないのかなぁとは思う。何度も聞いた内容の喧嘩に呆れつつ、木製の家具が多く置かれた大広間に入る。朝っぱらから酒を飲む男。自身の哲学をさも普遍的なものであるかのように語る思想家もどき。人探しに奔走する推定未亡人。さまざまな人々が跋扈する―騒々しくも心地よい空間。件の男女のもとに足早に向かう。

 

 先ほどまでのいやな気持ちが晴れていく。今日もまたカブリトと仕事ができる。一緒にいれる――ほんのそれだけで世界に希望が見えてくるんだ。彼女らのわちゃわちゃが一段落ついてはじめて、ようやく二人が僕に気づいた。


 女の子のほうが、カブリト。彼女と僕は同じ故郷で生まれ育った幼馴染、僕の初恋の相手だ。いつも強がっちゃってるが、繊細で、優しい、頑張り屋さんだ。「いい男なんだからしゃきっとしなさい!」と猫背になっていた僕の背中をパーでたたいた。優しい子だ。さっきの喧嘩でちょっと的外れな返答をしていたところも愛おしい。隣のおっさん26歳、通称O3《オースリー》。まあいいやつ。なんて考えてるとO3が口を開く。


「本題に入るぞ、今日の仕事は魔族の襲撃にあった集落の調査。どうやら人間中心主義を謳う集団、まあカルトみたいなもんだ、そいつらの根城だったようで。10人の調査隊を組んだ。」真面目な表情と裏腹に、砕けた口調で情報を教えてくる。

 暴徒鎮圧と魔族討伐以外に、調査なんぞも請け負うのかと少々驚いた。それにどうやら今度の襲撃は異様だったらしい。生存者が一人もいなかったとか。魔族も多少は頭が働くとはいえ、ここからそう遠くない100人規模の集落。一人残らず殺し切る、というのは、なにか嫌な予感を感じざるを得ないと。そこで僕とカブリトが戦闘員して声がかかったそうだ。

 

 やはり魔族だけは殲滅しなくては。人間中心主義、彼らの思想のすべてに賛同するつもりはない。だが、世界が荒れている昨今、彼らにも心のよりどころが欲しかったのだろう。そうして自信を肯定してくれる思想に持たれかかるのは、仕方のないことなのだと思おう。みんな、僕らも、時の被害者。

 魔族以外で魔法を操れるのは人間だけなんだ。僕らがやらないといけない。


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「O3、今回はトラックは使えないんです?トランプが動いちゃうんだけど。」馬の歩みで席がひどく揺れ、お尻が痛い。開放的な荷台の上で、カブリトと神経衰弱をしながら聞く。

「無茶言うなよ、次予約できるのは1年後とかだぞ。というかな、こんなでかい戦前の移動手段が残っていることを...――」

 また長い話が始まった。トランプの配置が頭から抜けてしまう。


 ふとカブリトに視線を向けると、どこか寂しげな顔をしている。郷愁、いや哀愁か。6年前のことだ。これから向かう集落と同じように、僕ら二人の生まれ故郷は魔族に襲われ、壊滅した。彼女はその日から、少し変わった様子を見せた。涙を隠し、派手にふるまい、みんなに笑顔を振りまく。僕にしか気づけない、些細な変化。どこか本音をずっと隠している。がんばって優しさを演じている。本当の君はもっと、もっと弱いのに。


 僕の視線に気付いたか、彼女はまた笑顔を作る。最後のカードをとるや否や、「へへん、私の勝ち」と、20組のカードを自慢げに見せてきた。どうやら今日の晩御飯を作るのは僕のようだ。さて、何を作ろうか。


 短くも長い道のりだった。目的地に着いた。

 天頂に達した太陽から、強烈な日差しが降り注ぐ。炭と灰になった家の残骸、いまやただの瓦礫と化した協会、そしてハエと虫が大量に湧く勇敢な戦士の遺体。熾烈な争いの跡が、まばゆい光できれいに映る。僕らは子供、しかれども人並み以上の屍を見てきたし、人の死に目にも立ち会った。これぐらいは慣れてないといけないんだ。

 

 O3ら一行は現場を調査している。その間、僕は先んじて脅威を排除する――という名目のもと、林で魔族を殺さんと一人で行動していた。やつらにも知能はある。集団でいるとなかなか姿を見せてこない。逆に、集団でいても襲われるとき、たいてい大物が率いている。もっとも、民間人を一番多くの殺しているのは、こういう少数で動くやつらだ。そう、今目の前に湧いて出た4つ足の集団のような。


 気が付いたころには、相手はすでに狩りの態勢になっていた。前方に3匹。皮膚がむき出しで灰色の、イヌ科のような体つき。姿は見せていないが、気配からして後ろにも2匹。そして一際魔力の大きい個体がそれぞれ左右に隠れている。逃げ場はない。逃げる必要もない。前方の個体がじりじり距離を詰めてくる。後ろの奴らも姿を現した。

 一瞬の硬直―――左右の奴らが襲いかかってきた。姿勢を低く、噛みつこうとしてくる雌と、大振りに爪で攻撃してくるボスとおぼしき雄の個体。それらを前方に身を翻してかわす。よけた跡、地面がえぐれる。リーダーを殺してしまうと、こいつらは散り散りになって逃げてしまう。まずは'端役'からやらないと。

 実体化した魔力を飛ばす――ただそれだけの、魔法とも言えない攻撃。弓矢を彷彿とさせる軌道で、淡く光る魔力が、正対していた3匹の心臓に突き刺さる。耳をつんざく、死に際の咆哮。

 焦ったか、すぐ飛び掛かってきた後衛の2匹。統率を失った獣なんぞ、僕の脅威になりえない。


 魔族が群がってくることないよう、死体は確実に燃やしきらないと。7匹と、血の匂いに反応してきた追加で1匹。死体を8つも同時に処理するのはさすがに骨が折れた。休憩がてら、集落に戻る。

 

「おかえりー、けがはない?」

 いつもの暖かい声で迎えられる。

「うん、大丈夫だよ。元気。カブリト、そっちなにかあった?」

 目線を合わせてくれないことに、小さな違和感を覚える。

「えーとね、ちょっと困ったことがあって。O3が、魔族経験が一番豊富なレタード君に聞きたいことがあるんだって。とりあえずついてきてくれる?」

 言われるがまま、拠点としていたキャンプへ一緒に向かう。隊員らが何かに群がっていた。

そこにいたのは、2人組の人間...なのか?

 古い羊皮紙が少し灰みがかったような色をする肌。無機質でとてもだが生気を感じられない。

 この空間で、明らかに異質な空気をまとっている。

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