一章
1
もしもし、と低い声が聞こえた瞬間に思わず姿勢を正した。えっと、とやたら緊張した声が出る。
焦りを鎮めようとして、一人きりの自室の中を見回した。いつもと変わりのない、面白みのない部屋がそこにはある。閉めたカーテンの向こうはもう夜だ。梅雨は明けたから晴れているはずだけど、星は出ているだろうか。明るいだろうか。
『もしもし、聞こえますか』
ずれた意識が単調な声に引き戻される。
「あ、すみません、聞こえてます」
『そうですか』
「えっと……、あの、
どうにか聞けば、そうです、と平坦な肯定が返ってきた。どこか事務的で感情に乏しく、話し方に温度がない。留守番電話サービスの機械音声みたいで、あまり話したことのないタイプだ。なんとなく動揺してしまう。
でも、目的の相手に繋がったことには安心した。どうにかなる、どうにかすると、心の中で自分を鼓舞する。
「初めまして、
気を取り直して名乗ると、
『お聞きしてます。
やはり単調な返事が来た。響かなさに黙りかけるけどギリギリ堪える。
「えーと、三木さん。私から電話がいくことは聞いていたと思うんですけど、内容については?」
『それも存じてます。明星陽平のことですよね?』
さらりと聞かれて出遅れた。
私がまごついている間に三木は、
『行方不明になっていると聞きました。僕でどのくらい役に立つかは分かりませんが、多少の手伝いは出来ると思います。探すのであれば、池堀さんに同行します』
台本でもあるかのようにつらつらと話した。私は正直、引いていた。あまりの人間味のなさに、困惑もした。
しかし同時に、ちょっとした納得感もあった。明星は人の気持ちなどお構いなしに自由で、私を含めて他人なんていてもいなくて一緒、という態度の男だった。愛想を尽かす人間の方が多いだろう。それでも付き合うのは私みたいにドはまりした物好きか、明星と同じようなタイプだろうなと思っていた。
だから、もし友人が存在するのであればこんな感じだろうな、と想像した人物像に、機械的な三木は当てはまらなくはない。
お互いじっと黙っていたが、
「ぜひ、よろしくお願いします」
長引かせるものでもないので、こちらから言った。三木はわかりましたと静かに承諾し、どこでどう落ち合うかという話をビジネスのように話し始めた。それらはすぐに決まり、私は電話の切れたスマホを下ろしながら、絶対に見つける、と一人で呟いた。
今の私にとっての最重要事項は明星を何としても見つけ出して、自分の部屋に連れ帰ることだ。
「にしても……」
待機に戻したスマホの画面を見つめつつ、三木の声を思い出す。本当に人間と話したかな、と言ってしまえば言い過ぎだけど、若干の不安はある。
まったく人物像の掴めない会話だった。人に興味がなさそうな印象を受けて、でもそれは明星に似ている部分でもある。関西に住んでいるそうだが、捜索のためにわざわざ関東まで来てくれるみたいだ。そこまでしてくれるとは思っていなかった。明星とはかなり仲が良いのかもしれない。
三木啓示は、明星の唯一の友人らしい。明星を探すと決めてあちこちに連絡を入れた結果、なんとか引っ掛かった光明だ。明星から三木の話を聞いたことはなかったが、彼はそもそも自分の話をあんまりしなかったので必然だろう。隠されていたのかもしれないけど、明星は恋人を友達に紹介するタイプでもないから、考え過ぎか。
スマホをベッドに放り投げ、自分も隣にダイブする。食事も風呂もまだだったが眠かった。明星がいなくなってからあまり眠れておらず、三木と繋がったことで気が緩んだのか、起き上がれずにまぶたが降りた。
半年ほど明星と並んで眠っていたベッドが、最近は広くて虚しい。
明星は出会った瞬間から誰よりもまぶしい男だった。
もしかすると私にとってはって話かもしれないけど、そう見えたんだからおしまいだ。
数合わせに呼ばれた飲み会の席での話だった。遅れて入店した私は、マフラーをほどきながら空いている席に適当に収まった。会話のグループはすでに出来上がっていたが、何人か顔見知りがいたから会話に多少混ざりつつ、参加しているメンツを視線だけ動かしてさっと確認した。
そして、見つけた。妙に存在感のある、見覚えのない男。
それが明星陽平だった。
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