底で光る星々
草森ゆき
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すべてを投げ出してまで追い掛けたくなるものがあなたにはあるの。特別な理由が見当たらないまま無心で縋りたくなるようなものが、あなたにはちゃんとあるの。
いつだったか明星に、そう問い掛けたことを覚えている。あの人はいつも通りに棒付きの飴をガリガリと噛んでいて、私の言葉に対して目だけで笑って、オレは追い掛けられる方が好きだし得意だな、なんて悪びれもせずに言った。実際に、悪いと感じていなかっただろう。常に自信ありげな明星の佇まいにはいつも純朴な光があった。それはとても眩しくて、魅力的だった。
同時にこの人は本当にクズだなと、私は思わざるを得なかった。明星は人の部屋に転がり込む、所謂ヒモ生活が職業だった。気に入った相手の部屋について行って、そのまま居着くことで生きているのだと本人が話していた。
私はそんな男と付き合っていて、自分の部屋に転がり込ませていた。何かに溺れてしまう時なんて一瞬で心構えもできはしなくて、呑まれた途端に前後不覚になってしまうものだっていうことを、明星は骨の髄まで教えてくれた。
「なあ、海さん」
明星は新しい棒付きキャンディーの袋を開けながら私に話しかけてきた。
「無心で何かに縋るって、結構な途絶だと思うぜ、オレは」
ピンク色の飴は多分苺味だった。
「無心ってとこが絶えてるよ、愚直だよなあ……」
明星は話の中身を然程説明しないまま、結論だけ投げる癖があった。中身どころか輪郭さえ掴ませないような態度に思った。私は明星が何を言おうとしているのかわからず、この時はろくに返事ができなかった。
会話自体は何度も思い出して咀嚼した。途絶、愚直、苺味の棒付きキャンディー。
人のことを煙に巻いてばかりのまばゆい暗闇のような男が、見た目も能力も凡庸な私を気に入ってくれたという事実だけが、私の足を止めさせなかったのだとは思う。
明星はある日、姿を消した。
連絡は全て無視されて、私は無法地帯に放り出された気分だった。
本当は諦めるべきなんだろうけど、探し出して連れ戻して、元の生活に戻りたい気持ちの方が明らかに強かった。
見えなくなったあいつの後ろ姿に私はどうしても縋りたくなってしまって探すことしか考えられなくてそれは、あいつに言わせれば途絶で愚直で、絶えている判断だったのかもしれないけども。
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