2日目 恋人ってなんだっけ

『えー。それで返事してないの? さっさと返せばいいのに』

 電話の向こうで元気な声を出しているのは野上千尋のがみちひろ。大学生時代をボードゲームカフェで過ごした友人のひとりであり。春をボードゲームと言う沼に引きずりこんだ本人でもある。

「だって。なんて返せばいいのかわからないし……」

 春は自分でも珍しいと思いながら言葉を濁す。としくんのことになるとてんでだめ。一歩を踏み出すのが怖くなってなすがままになる。

『なによそれ。そもそもなんて連絡が来たのよ。それがわかんなきゃ相談に乗りようもないじゃない』

 千尋の言い分はもっともだ。春自身も自分で電話をかけておいてなにを言っているんだかと思う。けれど自分の中に生まれたもやもやを少しでも吹き飛ばしたくて千尋に電話を掛けていた。

 お互い平日休みということもあって仲良し四人組の中で、千尋との連絡回数は増えた。時たま千尋を横浜に来てもらっては遊んだりもしている。気を許せる数少ない学生時代の友人。会社でももちろん仲が良い人はたくさんいるのだけれど。それとはちょっと違う。不思議な感覚。そんな千尋にも言うのがはばかれる内容。文章自体はたいしたことない。普通の文面。だと思う。けど、半年連絡をくれなかったんだ。それを考えるとどうしても裏の裏まで考えて返事をしすることができなかった。

 その内容って言うのが。

「……クリスマス会えませんかって。みなとみらいに行きます。大事な話があるのでって」

 大事なことはなにも書いてなかった。いったいこの期に及んで何の話があるというのか。シンプルに考えれば就職が決まった報告だとは思う。けれど、それならメッセージで送ってくれてもいい。一刻も早く共有したい情報だろう。でもそうではなくて。直接会って話したい。それもクリスマスの夜なんて言うからにはそれなりの意味を想像してしまう。

『えっ。それってもしかしてプロポーズだったりする?』

 その想像を具現化するように千尋が先走って言葉にしてしまう。

「そ、そんなわけないじゃん。私まだ社会人一年目だし。仕事も落ち着かなければプライベートの確保もできてない。結婚だなんて想像もできないよ」

 春は反射的に断ってしまう。一人暮らしの部屋に響いたその言葉は自分の中のもやもやを増幅させる。ほんとは期待しているのだ。付き合いだして数年。そういうこともあるのかなって思う。考えたことがないなんて言うのはうそだ。でもそれも最近では諦めていた。連絡を互いにしなかったのだ。それも当然と言えた。でもそれが突然。なんで今更。

 幸いなのは春が気持ちをふっきったわけじゃないくらい。むしろ未練はたらたら。でもだからと言って突然目の前にぶら下げられた餌に飛びつくほど楽観もしていない。

『としくんってまじめだしさ。自分の就職が決まるまで春断ちするとか勝手に思い込んでやってたとかありそうじゃん。願掛けの一種みたいなもんでさ。えっ。ありそう。としくんならありそう。きっとそうじゃん。やったね春』

 手放しで喜びだす千尋に素直に受け入れられなくて。もごもごとしてしまう。

『じゃあさ。春はとしくんにどうして欲しいのよ』

 あーでもない。こーでもないと春がぶつぶつと言っていたら千尋がそう切り返してきて。春はしばらく無言になる。

「……隣にいて欲しいな」

 ひとりきりの生活に退屈さを覚え。同時にさみしさも感じ始めている。それが本音だと春は言葉にしてから気がついた。

『じゃあさ。それを伝えればいいんじゃない』

 初めから私は知ってましたと言わんばかりの千尋にきっとドヤ顔をしているんじゃないと容易に想像もできる。それでちょっとはもやもやが晴れた気がした。

「千尋。ありがとね」

『なになに。素直すぎる春は春らしくないぞ。まっ。がんばりたまえ』

 そう冗談に変えてくれる千尋に心の底から感謝するもなんだかマウントを取られているようで腑に落ちない。

「それで。千尋のほうはどうなのさ。ともくんとそろそろなんかあるんじゃないの?」

『えっ。それは……えっと。それがねぇ』

 そうして今度は千尋の恋バナに切り替わっていく。そうしてドキドキした休日は流れていく。としくんに返事ができないまま。

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