寒いだけの夜はもういやだ アドベントカレンダー2025
霜月かつろう
1日目 寒すぎる夜
秋はどこに行った。そんなことを考える日まもなく。もう十二月。ウソみたいだ。
つい先日まで暑さに対して文句を言っていた気すらするのに、今は寒さに文句を言っている。そう口にするたび、上司にそんなものに文句を言っても仕方ないだろう。と、ぼやくように諭される。
そんなことはわかってるよ。わかってるけど口に出さずにはいられない。
入社して半年が過ぎた。研修か3カ月。現場に出て4カ月。早くも今年を終えようとしている。
ここから実家までは市営地下鉄を使って横浜駅へ。そこから東急東横線とJR線を乗り継いで2時間近くかかる。通えない距離じゃないけど、身体的にも精神的にも辛くなる。多少の援助はしてあげるから。
親の優しさに背中を押されて初めての一人暮らし。職場がある関内駅から歩いて帰ることもできる場所にした。いや、それだと語弊がある。結果的にそうなった。
最初の研修は横浜からさらに、西にある本社で行ったし。研修先の店舗も関内ではなかった。このあたりに住む場所を決めたのは地元と雰囲気が似ていたから。昔ながらの商店街があって、人情味を感じ、週末は毎週お祭り気分になれる場所。
自然とそんな場所を引っ越し先に選んでいた。そのことに春は驚きはしたものの意外とは思わなかった。心の片隅でやっぱり地元から離れたくない気持ちが強かったのだと、気づいて安心した。
木枯らしが吹いて羽織っていたコートのをすぼめるように両手で自身を抱き寄せる。海からやってくる風は山のそれとはどことなく違って冷めているようにも感じる。そんなことはないとは思っていても、どこかしらぬくもりが抜け落ちてしまっていると感じてしまうのだ。
こんな時は誰かに隣にいて欲しくなる。そう思って思い浮かぶ人はひとりしかいないのだけれど。
寒さを我慢して、コートのポケットからスマホを取り出すと顔認証でロックを解除する。画面に映し出されたのは楽しそうに映る自分。そして友人たち。そしてみんなで囲むテーブルの上にはボードゲーム。卒業間近に遊んだ最後のボドゲ会の風景。場所はセカンドダイスと言う名のボードゲームカフェだ。
春が大学生時代の大半を過ごしたと言っても過言じゃない。思い出も一番多いし、いまだに一番思い出すのはセカンドダイスでの日々。そして、画面の端にいるひとりの彼に視線が移る。エプロンをしている彼はボードゲームカフェの店員さん。名前をとしくんと言う。彼との関係を簡単に言うと春の彼氏だ。いや、正確には元彼なのか。
正直そこんところはわからない。
としくんは一個下。大学四年生の就活生。それもうまくいっていないみたい。連絡がだんだん来なくなったのは夏が来る前。春のほうも慣れない環境でいっぱいっぱいで返信もろくにしないこともあった。としくんも余裕がなくなったのかだんだん連絡をくれなくなった。
そうしているうちに自然にお互い連絡をしないのが通常になってしまった。気が付けば半年近い期間連絡を取っていない。
これってもう付き合ってないよね。いわゆる自然消滅ってやつ。春の中ではそう決着がついた。ついているはずだ。でも、こうやって視線はとしくんに行くし。毎日のように通知がポップアップすることを待っている気もする。ほんとなんとなくの感覚なのだけれど。吹っ切れていないのかなと思うと少しだけへこむ。
仕事は楽しい。今のところやりがいもあるし、モチベーションは高い。今は仕事に集中するとき。だからこの結末でもいいのだ。そう頭では思っている。思ってはいるのに。
空を見上げる。終電も近いというのに街はまだ明るい。そこから見える星の光は明らかに少なくて。ものさみしさを感じる。寒い。寒すぎる。人に寄り添いたくなる夜はさっさと家に帰るに限る。そうスマホをポケットに戻そうとした時のことだ。
メッセージアプリから通知が届いた。
ポップアップしたそこに記載されていた名前を見て。春はしばらく呆然としていた。
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