第4話 壮大な一環
三人の旅は、日が傾き始める頃に始まった。
花は俊と朔夜の後を、緊張した面持ちで歩いた。瓦礫と化した街を出るため、彼らはほとんど会話を交わさなかった。朔夜は時折周囲の残骸から手のひらサイズの瓦礫を探して持ち上げ振りかぶる動作を見せるが、彼がその能力を安易に使う様子はない。一方、俊は常に冷静で、周囲の気配に絶えず注意を払っているようだった。
花は、二人がなぜ自分に同行を申し出たのか、まだ理解できていなかった。特に朔夜は、強がっているもののまだ少年のような雰囲気があり、戦闘を楽しむかのような軽薄さがある。だが俊は違った。彼の穏やかな声と行動の裏には、何か巨大なものが隠されているように感じられ、花は彼に対して一抹の畏怖を抱いていた。
日が完全に落ちる前、俊は崩壊を免れた古びた工場跡を見つけた。
「今夜はここで休もう。朔夜、周囲を警戒してくれ」俊は静かに言った。
「へいへい」
朔夜は工場跡の屋上へと身軽に登り、周囲の視界を確保した。花は俊に言われた通り、瓦礫が堆積した工場の隅にリュックを下ろした。
「小埜沙菜さん、そろそろ夕食を。異能を使ってもらえるかな」俊が言った。
「…はい」
花は返事をし、足元の土にそっと手を触れた。彼女の異能『栽培』は、土と触れ合うだけで発動する。生命の源である土から、必要な植物を強制的に生み出し、成長させる。
微かに指先が熱を帯び、土の中に小さな緑の芽が覗いた。花は異能の制御を調整し、それは瞬く間に、栄養価の高い根菜へと育っていく。数秒後、彼女の手元には、数日分のカロリーを持つ、形の良いサツマイモのような塊が握られていた。
「すごいな、おい。秒で飯ができる」
屋上から降りてきた朔夜が、その様子を興味深そうに覗き込む。
「これで、煮るか焼くかすれば…」花は言った。
「火は起こせない。煙は敵を呼ぶ」俊がすぐに制した。「生で食べるのが最善だ」
朔夜は苦笑いしながら缶詰を三つ取り出し、一つを花に、一つを俊に渡した。花はサツマイモのような根菜をナイフで手早く三等分し、二人に差し出した。
三人は静かに、夕食を摂った。缶詰は冷たく、根菜は土の匂いが残るが、カロリーを摂取できることが重要だった。朔夜は時折、根菜を齧りながら、先ほどの戦闘や、これから向かうべき西の地域について、一方的に花と俊に話しかけた。俊は静かに根菜を食べ進めるだけで、相槌を打つことも否定することもない。朔夜はそれを気にせず、俊が話に興味があるのかないのかも気にせずに、淡々と話し続けた。花はただ二人の様子を伺いながら、黙って食事を摂った。
夜が更け、冷たい風が工場跡の窓の隙間から吹き込んできた。花は持っていた薄い毛布にくるまり、警戒心からか、なかなか眠りにつけないでいた。朔夜は、工場の柱に寄りかかり、すぐに寝息を立て始めた。
俊は、工場の入り口が見える位置に座り、ただ目を閉じている。その姿勢は、眠っているというよりも、瞑想しているかのようだった。
花は意を決し、俊に話しかけた。
「あの…俊さん」
俊は、音もなく静かに目を開けた。
「君を守る、と言ってくれましたけど…どうして、私を助けてくれるんですか?」花は尋ねた。
俊は一瞬、答えに詰まったように見えたが、すぐに穏やかな表情に戻った。
「理由は、いくつかある。一つは、君の異能だ。この世界で、自給自足ができる異能は稀有だ。君の異能は、僕たちにも恩恵がある」
花は、その正直な答えに少し傷ついたが、納得もした。
「もう一つは…」
俊は言葉を選び、目を伏せた。
「僕は、君が探している『幻の花園』が、世界を終わらせるか、救うかのどちらかになる鍵だと感じている。君を一人にして、その鍵が敵の手に渡るようなことがあってはならない。だから、君と行動を共にする」
花は、俊が自分の願いではなく、世界全体の危機を考えていることを悟った。彼は、まるで世界からその役割を押し付けられた者のように、重い使命感を背負っているように見える。
「…私…」
花が何かを言いかける前に、俊は静かに制した。
「君が自分の家族のために花園を探していることは理解している。僕は、君の願いを否定しない。ただ、この旅は、君が思っているよりもずっと、大きな流れの一部だ」
その言葉は、優しくも、花に自由な選択の余地がないことを突きつけていた。花は、自分の個人的な願いが、彼らが追う大きな流れに組み込まれてしまったのだと、改めて悟った。
花は毛布に顔を埋めた。眠れそうにはない。しかし、朔夜の規則正しい寝息と、俊の持つ絶対的な静寂が、荒廃した夜の闇の中、確かな安心感を与えていた。
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