パジャマパーティさん




 最初のゲームはバランスゲーム。高く積まれた積み木を一本ずつ順番に抜き取り、上に重ねていく。次第に歯抜けになっていく積み木を、崩した人の負けというアレだ。


 当然ながら経験が浅い僕が不利。デモンストレーションと称された一回目をほんの数手で落として、それをけらけらと三人の女の子が笑う。


「んじゃ、次から罰ゲームありな」

「おっしゃー」

「りょーちゃんがんばれぇ」

「いやいやいや待ってって」


 おかしい。さっきの惨状を彼女たちは見ていたはずだ。


 それをさも、「見ていたからこそ」と言わんばかりの展開に目を丸くする。そんな僕をおかしそうに笑いながら、けれど結局僕の抗議は受け入れられることはなかった。


 これもいわゆるばかみてーに騒ぐ、ということの一環なんだろうか。疑問には思ったけれど、楽しそうな彼女たちに水を差すのもなんだか変な気がして。


 僕はそぉっと積み木を抜き取り、そしてそぉっと上に載せる。なんてことない一巡目からあまりに慎重な僕を、三人はまたおかしそうに笑った。


 順調に手番を重ね、次第に緊張感が高まっていく。


 それにしても、思ったよりガチ・・だ。これも体育会系のノリなんだろうか。順番が回ってきた沙織の表情は真剣そのもの、積み木をつつきながら感触を確かめ、慎重にそれを扱う。


 あやも、意外にもぐるみでさえ。そうなると僕も影響されて、表情から余裕がなくなっていく。


 けれど結果は順当。大丈夫だろうと抜いた僕の積み木は、絶妙なバランスをちょうど崩してしまう一手だった。ゆっくりと崩れていく積み木に、三人は大笑いだ。


「っしゃー。じゃー罰ゲームな」

「不公平だ……」

「最初は軽くハートマークで写真撮るくらいで勘弁しといてやろう」

「あ、いいかもぉ。わたしも撮ろぉ」


 三人がスマホを構える。一人立たされた僕は彼女たちを順に見回すけれど、誰一人助けてくれそうにない。


 こういうノリに慣れていない僕は、心の中で「恥ずかしい」「恥ずかしい」を十回ほど重ねた後、それに耐えながら両手でハートを作って突き出した。


 けらけらと三人の笑い声、リズムをとるようなシャッター音。羞恥を煽る。


「誰が得するのこれ……」

「わたし」

「私」

「ウチ」

「……そっか」


 それなら僕から言うことはないよ。


 百歩譲ってぐるみや沙織はともかく、あやなんてこの後即削除しててもおかしくない、けれど。「ノリ」っていうのはたぶん、そういうことを言うんだろう。わかんないけど。


 続けてもう一ゲーム。ゲーム自体には特筆すべきところはなく、とはいえ罰ゲームありとわかればヒリついていくのが世の常。


 敗者は、あやだった。


「よーし、弟のハート撮ったから次姉のハートだな」

「それ、軽くない?」

「ここに綾人がいなければそうだった。でも、いるというのが大事」

「クッソ、ここぞっていじりやがって」


 ぶつくさ言いながらも立ち上がるあや。やっぱりノリには逆らえない。


 僕と似たようにハートを作りそれを突き出すあや。僕と決定的に違うのは、ノリでめちゃくちゃ可愛い笑顔を作れてしまうところ。惚れ惚れするような「あざとい」笑顔だ。


 僕は構えたスマホで、シャッターボタンを一度だけタップした。


「撮ってんじゃねぇよ……」

「むしろそれがメインでしょ。負けたあーやが悪いよね」

「悪いよねぇ」


 勝者はいつも楽しそうだ。


「後で並べて合成しといてあげるね」

「マジでやめろ」


 一つのゲームの回数は控えめに、ころころとゲームを変えながら夜は更けていく。


 ゲームが色々なら罰ゲームも色々。よくもまぁ即興でそんなに思いつくなぁと、変なところに感心してしまうくらいだ。とはいえ恥ずかしかったりはあるものの、無理難題は決してなくて、その辺の塩梅も「経験」なのかなぁとか思ってみたり。


 例えばカタカナ禁止で特定の単語の説明をするゲーム。これは意外と僕が得意だった。負けたぐるみに、とりあえず腹筋をしてもらった。


 荒く息をしながら上半身を上下させる、スタイルの良い女子。


 軽いからと提案した僕が後悔するような絵面だった。


「さすがだな。むっつりだ」

「綾人も男の子、なんだね」

「誤解」


 大丈夫だよぉと笑うぐるみがかえって心苦しい。「ごめん」とだけ伝えておいた。


 例えばシンプルなトランプ。今回は大富豪。


 最初は沙織がローカルルールで戸惑ったらしい。すっかりこっちに染まった彼女は、地頭の良さも手伝って相当な強さではあった。けれどこのゲーム、ある程度のところで結託・・できてしまうのがミソである。


「ずりー! あーやとぐるみ明らか組んでたじゃん!」

「人聞きの悪ぃこと言うなよ」

「そうだよぉ。りょーちゃんもだもん」

「余計悪いわ!」


 昔取った杵柄、とはこのことだろうか。三人の間に伝わる符丁が、今でも伝わったようで何よりである。これまで罰ゲームをほとんど受けてこなかった沙織が悪いんだ。


 三人になれば後は普通に手札と駆け引きの勝負。やっぱりあやは強かった。


「定番どころで言うと、あとは恥ずかしいセリフ系か」

「……ポーズでもいいよ?」

「何言わせたら楽しいだろうねぇ」

「ポーズでも」

「やっぱ男がいるから、そっちに効くのがいーよなー」


 まったく取り合ってもらえない沙織の、その切ない表情が悲哀を誘う。


 とはいえ「下」方面に振り切れるのは、沙織の怪我で懲りているあやである。スマホをぽてぽてと触った後、「定番で」と選んだセリフを沙織に見せた。


「……これ言うの?」

「ちゃんと心込めてな」

「動画の準備おっけぇ」

「そこまですんの?」

「するだろ」


 そしてどうやら僕もスマホを構えていいらしい。むしろ「構えろ」と言われた。


 とはいえそれを言い訳にもしたくない。むしろ僕は積極的に撮りに行くべきだ。きっと度重なる「ノリ」のおかげでテンションがおかしくなった僕は、前のめりになってスマホを構えた。


 沙織は三人にそれぞれにらむような視線を送った後、あやの合図に合わせて居住まいを正す。


 動画撮影開始の音が三つ。恥ずかしそうに身をよじり、フードの右耳をくいくいと引っ張り、後ろ手を組んで。俯き加減の上目遣いで、おずおずと口を開いた。


「さみぃしくれぇし、朝までここいるけど。いいだろ、こら」


 ……なんであやオマージュなんだろう。


 とは思ったけど、これが本当に可愛い。録画を止めた僕は、改めて保存した動画を眺めてみる。


「いやここで見ないでって。そういう時間じゃないって」


 慌てて僕のスマホに手を伸ばす沙織を避けつつ、とりあえずスマホはテーブルに置いた。


 ゲラゲラ笑ってるあやと、なぜか少しむくれているぐるみ。ため息をつきながら元の位置に戻った沙織を見届けて、僕らは改めて次のゲームに取り掛かった。


 たっぷり一時間、僕らはゲームに熱中した。


 盛り上がって、盛り上がって、なんだか終わった今では記憶も定かじゃないけれど。


 今日一日、いやこの一時間で、ほとんど空に近かったスマホのアルバムが、たくさんの写真と動画で埋められた。


 片づけを終えてすっかり元通りになった僕の部屋は、燃え尽きたような気怠い空気感。あやとぐるみがベッドで横になり、沙織はベッドサイドにもたれかかってスマホを触っている。


 僕は勉強机の椅子に座って、たまった写真と動画を無音のままで見直していた。


 あやのハートマーク。猫ポーズ。シャドーボクシング。あざとかったりかっこよかったり、姉のことなのに全然痛々しく思わない。容姿のせいか、はたまた僕と彼女の関係のせいか。


 ぐるみの犬ポーズ。全力笑顔。全力ブリッジ。こう見えて運動能力の高いぐるみは、柔軟性もあって非常になんというか、こう、あれだ。でも、以前よりもずっと明るくて、楽しそう。


 それから沙織。兎ポーズはもちろん、ヤンキー座りをしたり、テニスの素振りをさせられたり。表情豊かで割とテンション任せなところがある彼女は、どれもいちいち堂に入っていて、見ていて気持ちがいい。


 もちろん、ペアだったり三人だったり、四人で映ったものもある。罰ゲームなのに? とは思うけど、そこはもう、ノリでとしか言いようがない。


 口元が緩むのをなんとかこらえながら、スワイプを繰り返す。


 そんな中、あやが突然言い放った。



「……なぁ、お前ら付き合うん?」




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寒い夜、震える君にコーヒーを。淹れただけなんだけど、なんか距離感がおかしい。 楠くすり @k-kusunoki

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