第20話 特別S級探索者

「バート様には特別とくべつS級探索者の資格を授与する事が、先ほどの会議で決定いたしました。特例での即日発行そくじつはっこうです」


 バートは会議から戻ってきたジェロームにそんな事を告げられた。

 よく分からないが、特別なS級にしていただいたらしい。


「特別S級探索者? お祖父じいさま、そんなのあるの?」

「カメリア共和国のダンジョン探索法に規定はあるけれども、過去一度も発行された事はなかった資格だよ」

「そうなの。初めて聞いたわ……」


 ジュリーも知らなかったようだ。

 バートがエステルに目を向けると、エステルも首を横に振った。

 特別なんて付いているが、本当に特殊な資格であるらしい。


「S級とは何が違うの?」

「カメリア国内限定のS級探索者と思ってくれれば良いよ」


 ジュリーの質問に答えてから、ジェロームがこちらを向いて申し訳なさげに目を伏せた。


「本当は、バート様にはS級が相応ふさわしいと思っているのですが……」


 ジェロームが心底しんそこ恐縮きょうしゅくした様子で言う。


「申し訳ありません。S級探索者だけは、世界ダンジョン協会の認定試験を突破しなければ資格を得られないのです」

「いえ、こちらこそすみません。何だかすごく気を遣っていただいたようで」


 普通にエステルと同じD級とかでも良かったのだが。

 バートは内心で恐れ多い気持ちになりつつ、それを隠すために質問を投げかけた。


「S級探索者は、普通の探索者とは何か違うのでしょうか?」


 ジェロームが頷いて、S級探索者の説明をする。


「通常、ダンジョンには正規の手続きを踏まなければ入れません。しかしS級探索者には、国内外全てのダンジョンに自己判断で入れる権限と、必要な場合に全ての他者に武力を行使できる権限が付与されています」


 なかなかに強力な権限だった。

 どうりで、一国の判断でS級探索者を生み出すわけにはいかないはずだ。


「全世界で約五百万人いる探索者の頂点にして、世界秩序の安定のかなめ——それがS級探索者なのです。現在S級は合計四名、我が国にはイライアス・シューゼという探索者ただ一名だけでしたが」


 ジェロームがふっと口元を緩めた。


「カメリア国内に限って言えば、本日からバート様もS級と同格の権限を有する事になります。国内のダンジョンには、好きなだけ潜っていただいて構いません」

「ありがとうございます。ですが、それほどの権利には何らかの義務もともなうのではありませんか?」


 ジェロームはS級探索者の事を、世界秩序の安定の要と言っていた。

 であればこそ、通常の探索者にはない特殊な義務があるように思われた。


「通常のS級であれば、世界ダンジョン協会の要請ようせいに応じて武力の提供を行う義務があります。しかし、特別S級にはそのような義務の規定はありません」

「そうなのですか?」

「ええ。そもそも、特別S級とはあなたのための資格ですから」

「俺のための?」


 ジェロームの言葉の意味が掴めず、バートは説明を求める。


「カメリアのダンジョン探索法を策定さくていしたのは先生です。先生は言っていました。もしも勇者バート・リモナードが帰還したときは、特別S級探索者に認定して……好きにさせてやれ、と」

「! マーシアが……」


 バートは胸が締まるような思いで目を伏せた。


「ですので、カメリア政府からバート様に何かを強制する事はありません。ただし他の探索者たちと同様、カメリア共和国の存続危機の際には、きょうの排除に可能な限りご協力いただく事にはなります」


 それくらいは、武力を持つ事が認められている者たちが果たすべき最低限の義務だろう。

 だが、仮にそのような義務がなかったとしても、バートは平和を守るために協力するつもりだった。

 自分の帰還を願ってくれていた、マーシアの信頼に応えるためにも。


「承知いたしました。本日よりカメリアの特別S級探索者として、ダンジョンの攻略と秩序の安定に努めさせていただきます」


 バートは顔を上げて背筋を伸ばし、胸に右手を当てた。

 ジェロームが目元をほころばせて頷いた。


「バート様がいて下さるならば、これほど心強い事はありません。ですが、あなたは既に十分すぎるほど世界に貢献こうけんなさった。これからはどうか、ご自身のやりたい事を最優先にしていただければと思います」

「俺自身の、やりたい事を……」


 百二十年前は生き残る事に必死で、誰にもそんな事を言う余裕なんてなかった。

 平和な時代になったのだと改めて実感し、バートは安堵を抱いた。


(だったら、遠慮なくやりたい事をやらせてもらおうかな)


 バートはエステルに視線を向ける。


「俺のやりたい事は、今はエステルとのダンジョン配信ですね」

「えっ!?」


 エステルが目を見開いた後、嬉しそうに頬を染めた。


「バート様……!」

「改めて、これからよろしくね。エステル」

「は、はいっ。よろしくお願いします!」






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