21gの行方
緑町坂白
1章
第1話
人は死ぬと体重が少し減る。その減った分は魂として外に出て、成仏を待つらしい。魂ひとつ、21g。その21gは一体どこへ行くのだろうか。
その日は酷い雷雨の日だった。強風が吹きさらし、傘をさしながらでは前へ進むことがやっとの状態だった。酷い雨で傘はもはや役にはたっていない。折れ曲がったりはしていないが、傘では守れない足元は既にぐちゃぐちゃだ。
こんな天気の中に放り出す学校もどうかしている。苛立ちながら少しずつ前へ進んでいくと、不意に風がやんだ。
ほっとしながら、前方へ目を向けると、2mを優に越すような真っ黒な ナニカ と青白い人魂が目に入った。
酷くグッチャリと水を吸ったような真っ黒いナニカはずるり、ずるりとこちらへ近づいてきていた。
これは、現実か?どれだけ頬を引っ張っても痛いばかりで。けれど現実感がとんとない。目を白黒させて呆然としていると、黒いナニカに人魂がしゅるりと吸い込まれるようにして入っていった。
なんなんだ、何が起こっている?
黒いナニカがビクリと震えて、まっすぐにこちらを見据えた。
手を閉じたり開いたり、かと思えば肘を曲げたり腕を曲げたり、肩を回したり……。
一体何をしているのだろう。
いや、そんなことよりも逃げるべきか。
ジリジリと後ろへ後退しながら、黒いナニカを見据える。
「ア、アア、あー」
ゆらゆらと左右にゆれながら、口があるであろう部分はのっぺらぼうのようにつるりとしていて、一体どこから発声しているのか。
恐怖よりも好奇心が勝ってしまった。
「あ、あの。あなたは一体なんなんですか?」
「あー、あお。ああああいああいあうあうえうあ」
「え? ごめんなさい、ちょっと理解が… 」
「あ、あーごめんなさいちょっと理解が」
オウム返しのように私の発言を繰り返した。発声機能はあっても自主的に話すことは出来ないのだろうか?
黒いナニカはおもむろに右手を上げ、こめかみであろう辺りに人差し指を突き刺した。ぐちゃり、ぐちゅり。聞きたくもない音が響く。
指を刺したこめかみ部分から、得体の知れない甘ったるい匂いが香ってくる。吐き気を催すような、まとわりついてくるような甘い匂い。
酷い雨の中でも強烈な匂いがこちらへ香ってくる。思わずえずいていると、ナニカは声を発した。
「あー、うん。これで話せるかなぁ?」
「し、喋れるんですか……」
「うん。ちょっと回路をいじって君に通じるように調節したんだぁ」
「え、あぁ、ありがとう、ございます?」
「うんうん、お礼を言えるのはいい事だねぇ。君はいい子なんだねぇ」
甘ったるい匂いをさせながら、手と思しきナニカで私の頭を撫でくりまわす。
「あの、ここで一体何を……? 」
「僕ねぇ、人間になりたいんだぁ」
「は? 人間に? 」
そうだよぉ〜と間延びした口調のナニカはこちらへ顔を寄せ、
「君のナニカくれる?」
そういった。
「あげられないって言ったらどうなりますか」
情けないほど足が震える。声も上擦っていただろう。そんなことには目もくれず、ナニカは答える。
「えー、うーん。どうもしないよぉ?君は僕に話しかけてくれたしぃ。それに友達って存在が欲しかったんだよねぇ。普通は友達からは何も奪わないでしょ?」
「友達……? 私と貴方が? 」
「いや?」
「いやというか、貴方のこと何も知らないですし……」
「これから知っていけばいいじゃ〜ん!僕も人間のことよくわからないからさ、教えて欲しいなぁ」
「……わ、わかりました。友達になりましょう」
恐怖心はあった。けれどそれを凌駕するほどの好奇心があった。
この黒いナニカは一体何なのか、なぜ人間になりたいのか。知りたくなった。
「友達ってどんな感じなのぉ? 」
ゆらりと左へ傾きそう発する。これは首を傾げてるってことかな。
「友達っていうのは、お互いにリスペクトし合うものです。嬉しいことも悲しいことも半分持ってくれるような、優しい関係だと思います」
「ふーん、そっかぁ。じゃあ君の恐怖も半分持ってあげるねぇ」
そういった途端、ぐるぐると渦巻いていた恐怖心が軽くなった、気がした。ズキリと心臓に痛みが走る。しかし、先程よりも楽になったような気がする。
……でもなにか、大切な何かがなくなったような。そんな気がしてならない。
「……ありがとう、それどうやったの? 」
「えぇ?うーん、ひょいって持っただけだよぉ?」
持っただけって言うけど、恐怖って目に見えるものじゃないんだけどな。貴方は一体何を持ったの?
「あ、そう……。ねぇ、あなたの名前教えてくれませんか?友達なら名前で呼ぶものですよ。」
「私は花。春野 花。あなたは?」
「僕?僕はなにかな〜。色んな呼び方されてきたからよくわかんないやぁ」
「君がつけてくれない?」
見ず知らずの他人に自分の名前を付けさせるのか……。なかなかのプレッシャーがある。
黒いからくろとか?いや、安直すぎるか。ナニカ、くろ。ロニカ……。いいんじゃないか?
「ロニカはどう? 」
「ロニカ、ロニカ。うん、とってもいい。気に入った!」
顔の部分は真っ黒な炭を塗られているように見え、どこに鼻や口があるのかは判別できない。目元だけはぼんやりと赤く光ってはいるが。けれど、おそらく喜んでいるのであろうということはわかった。
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