第2話 変化
床を四角にくり抜いて、囲炉裏を作り、料理を作った。
土鍋に溶かした米に水を入れる。水は氷を溶かしたもの。
米が炊き上がると次はフライパンに野菜と白米、調味料を入れて炒める。
「……根野菜」
姉の遥が半眼で皿のチャーハンもどきを見て呟く。
「仕方ないでしょ。今はこういうのしか出来ないんだから」
数日は冷蔵庫に材料でなんとか食っていけたが、材料がなくなると米と根野菜しか材料がなく、それらで飯を作らないといけなくなった。
「米がなくなるとどうなるの?」
「倉庫にあるじゃない」
妹の胡桃が答える。
「それは精米していない玄米」
「玄米でいいじゃない」
「ええー!」
モリちゃんが近づいてきたので俺はチャーハンもどきを与える。
「……ねえ、それさ、大きくなってない?」
「んー、ちょっと大きいかな?」
人間が食べるものを与えたからか大きくなっている。
色もちょっと赤みを帯びているし。
「もしかしてお姉ちゃん、モリちゃんを食べようとしてる?」
胡桃がとんでもないことを聞く。
「んなわけないでしょ?」
「トカゲなんて食べないわよ」
「ヤモリだよ」
「おんなじよ! 爬虫類なんて食べないわよ。ただ、美味しいものが食べたいだけよ」
遥が悲しげに呟く。
「母さんだって、顔色がますます悪くなってるじゃない」
「そうね。でも、食欲はないわけではないのよ。それに体に不調もないし」
「お婆ちゃんはよく食べるようになったわね」
「そうだね。なんでだろうね」
婆さんは以前に増してよく話すようになり、滑舌も良くなった。
対して爺さんは食欲があまりないようだ。言葉も少ない。
「爺さん、生きてるかい?」
「生きとるよ。婆さん」
はっきりと返事をするということはまだまだ平気なのだろうか?
◯
「なあ? 最近、部屋が広く感じないか?」
父と倉庫で根野菜を取りに行っている時だ。
「そう……かな?」
「なんか広く感じるんだよな。それに段差がなくなったような……」
「段差は爺さん達が転ばないようにバリアフリーしたじゃん」
「それは一階だろ? 二階とかさ……」
「そうか?」
「なんか家が広くなったような」
「気のせいだろ」
◯
米がなくなり、玄米になった頃から遥は全身を毛布でくるまっていた。
「ご飯だよ」
と、言うと毛布の隙間から腕を差し伸べてくる。
さすがにずっとこの生活を続けているためか気力を無くし、鬱になったのだろう。
妹の胡桃はまだ元気で父と俺の本棚から小説を持ってきてはリビングで漬物を食べながらもくもくと読んでいた。
爺さんは遥ほどではないが毛布にくるまっている……というか細くなった?
対して婆さんは若々しくなってるような……髪も白髪がグレーになってるような。
父は相変わらず普通で、母は顔色が悪いだけで体調に問題はない。
そして──。
「モリちゃん、どうしたの? 食べたいの?」
胡桃が漬物のたくあんをモリちゃんに与えている。
ヤモリのモリちゃんが小型犬のようにでかくなっている。
しかも赤い鱗まであるし。
◯
「やはりおかしい」
父が壁を触りながら言う。
「何が?」
「健太、触ってみろ」
言われて俺も壁を触る。ざらざらとした壁。冷たいのは気温のせいだろう。
「な?」
「ん? いつもの壁だろ?」
「何を言っている。土壁じゃない。これは石だ?」
父が壁を叩いてみるとコツンとした甲高い音が鳴る。
「な?」
「と、言われても分かんない。土壁もそんなもんじゃない?」
「いやいや、土壁じゃない。色も違う」
「電気がないから暗く見えるだけだろ?」
「それに……こっちに来い」
俺は父に促されて廊下に出る。
廊下の真ん中に父が立つ。そして両手を広げた。
「ほら、広いだろ」
「本当だ!」
父が両手を広げても廊下の壁に手が着かない。
「だろ。こっちだ」
次に部屋へと入る。
「見ろ。この部屋を」
そこは二階の父と母の寝室。部屋の半分を占めるダブルベッドと化粧台とクローゼットだけの部屋だったが、今ではダブルベッドが小さく感じるくらい部屋が広かった。
「なんだよこれ」
「広いだろ?」
俺は何度も頷いた。
部屋が、いや、家が広くなっている?
外の様子はどうだと窓から外を伺うと胡桃が外にいた。
「胡桃だ」
俺と父は階段を下りて、一階へ。そして玄関から外に出る。
「胡桃、外で何してる?」
「モリちゃんの様子を見てたの?」
「モリちゃん? そういえば最近見てないな」
「ちょっと前から大きくなったから倉で面倒を見てたの」
土倉とは物置として使っている倉だ。
その倉を見ると雪に積もった倉の物が山のように見えた。
「あれは?」
「あれは倉の物が邪魔になったからどけたの」
「一人で?」
「ううん。私一人では無理だよ」
だろうな。あの量だし。中には重いものもある。俺は達を伺うと、父は首を横に振る。
「えっとね、モリちゃんに手伝ってもらったの」
「……モリちゃんはどれくらい大きい?」
俺が最後に見た時は中型犬に届くくらいだった。もしかして大型犬? まさかライオンクラス?
「ええと、今はゾウさんくらい」
予想をはるかに越えていた。
「それくらい大きいと食費が……」
「今は冬眠中だから問題ないよ」
俺と父は倉の中を伺う。
「「…………」」
「胡桃」
「なあに?」
「あれはドラゴンだ」
暗い倉の中に赤いドラゴンが眠っている。
「うん。モリちゃん、ドラゴンになったね」
胡桃は明るく無邪気な笑顔を向ける。
「いやいや、おかしいだろ!」
父は両手で顔を覆う。
「おかしいおかしい」
そう呟いて父は玄関へと向かう。
「どうしたの?」
俺は胡桃に家のことを話す。
「あー、やっぱり。なんか広くなったなと思ってたの。倉もね、もともと小さかったんだよ」
俺と胡桃がリビングに戻ると父が母達に説明していた。
「やっぱ、おかしいよ」
「そう言われてもねー」
母が返答に窮していた。
「な、爺さんもそう思うだろ?」
父が爺さんを揺さぶると爺さんが倒れた。
「じ、爺さん、おい!」
ミイラのように細くなった爺さんは返事をしなかった。
「爺さん、爺さん、親父!」
◯
「ほら、ご飯出来たよ。食べて」
母は父の前にご飯を差し出す。
「……ああ」
父は弱々しく受け取る。
「前から食が細かったんだし、気にしてはいけないわよ」
「そうだよ。別にあんたのせいではないよ」
婆さんも父を励ますように言う。
その婆さんはなぜか白髪から黒に髪が変化している。それに皺も少なくなり、声もはきはきしている。
「遥もご飯だよ」
鬱で毛布にくるまっていた遥はここ最近はさらに静まり、差し出されたご飯にも腕ではなく手だけをちょこっと毛布の隙間から出して皿を受け取っていた。けど、時には食べないときもあり、皆は心配していた。
「遥、朝も食べてないんだから」
母は遥を揺する。
しかし、うんとも返事もない。
「遥?」
次はもう少し強く揺する。
すると毛布が外れた。
そしてその中から現れたのは──。
「何? 繭?」
白い繭。
人が入れそうな楕円の繭。
「遥!」
母が半狂乱になり、繭を手で剥ぎ取ろうとする。
「駄目だよ。下手に繭を壊しては」
止めに入ったのは婆さんだった。
「いいかい。何もしてはいけないよ」
「……婆さん、顔が」
父が婆さんの顔を見て、目を見開く。
婆さんは若返っていた。見た目なら母より若いかも。
「家だけではない。人もヤモリも変化しているんだよ」
婆さんは父を指差し、
「あんたもね」
「俺も?」
父は自身の顔や腕を触るが、「何もないが?」
婆さんは父の側頭部を指す。
「あっ!?」
「ツノがあるだろ。それに顔つきも変わってるよ」
「頬がこけたくらいだろ?」
「違うよ。醤油顔が掘が深い顔になるかい?」
「言われてみると確かにお父さん、外人みたい。顎が割れてる!」
胡桃が明るい声で言う。
「そしてお母さんは顔が真っ青で瞳が黄色! お兄ちゃんはウサギちゃん!」
「ウサギちゃんって、なんだよ」
「兎みたいな顔ってことさ」
婆さんが息を吐く。
「そう……えっ!? まじで!?」
頭を触るとケモ耳があった。しかも人として耳がない。
「気づかなかった」
「皆、寒くて毛布にくるまっていたからね」
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