十字架の底で眠るモノ

軽原 海

そこにいるのは

私たちは、ピラミッドみたいな形の遺跡へ来ていた。

「これ、十字架?」

入り口の前に、十字架が7本倒れていた。

その周りには数えきれないほどの十字架が立ち並んでいる。もとは白かったのだろう十字架は、あるものは黒ずんで時間がかなり経っているものだろうと推測できる。

またあるものは欠けている。

入り口は塞がれていなかったから普通に入れてしまって、中は当然真っ暗。

持ってきた懐中電灯はなぜかつかなくて、その辺にあった木の棒で有り合わせの松明を作る。

「どう?何かある?」

「ないねぇ。でもさ、壁に何か書いてない?読めないけど、文字みたいな…」

松明を近づけると、確かに文字みたいなものが書いてある。

まるで、古代エジプトのヒエログリフ…のような絵にも文字にも見える。


こんなにも仰々しい遺跡のくせに何もないのか、と思い始めてきた頃、ヒロが叫んだ。

「おい、地下があるぞ!」

ヒロが照らした先には、地下へと続く階段があった。

皆んなで入ってみる。

地下1階も、1階とさして変わらず壁に何かが書いてあるだけ。お宝のようなものも特にはない。

私は階段の裏へと回ってみた。もしかしたら、まださらに地下があるかもしれないと思ったから。

やはり、階段はさらに下へと続いていた。

他にはなにかないだろうか、と松明で辺りを照らすと、階段裏だけは暗かった。それはよく見れば、壁も床も黒ずんでいたからだと顔を近づけてみると分かった。

「…なんか、鉄臭くない?」

顔を近づけてみるとふんわりと鉄のような匂いが漂ってくる。

「…ヒロ?」

後ろにはヒロがいるのに、返事がない。振り返ると、ヒロは呆然と立っていた。

「ヒロ?何して…」

その肩を叩こうと手を伸ばした瞬間、ヒロの手から松明が滑り落ちる。

そのまま、ヒロはまるで錆びついた人形のようにギギ、ギギギ、と音が聞こえそうなくらいにぎこちなくこちらを振り返る。

ヒロは、血まみれだった。喉が食いちぎられて気道が直に見えた。

後ずさって、ねちゃ、と足から粘着質の感触を感じる。

足を上げてみると、糸を引いて黒ずみが靴についていた。

これは、これは血だ。かなり古く錆びて黒くなった血。

「きゃぁぁぁぁぁ!きゃぁぁぁぁ……!」

喉から、絞り上げるように悲鳴が漏れる。

必死で喉を震わせているのに、出るのは次第にヒュ、ヒューという息の音だけになる。

ヒロが、襲われた。何かに襲われて殺された。

私の悲鳴を皮切りに皆それぞれに叫んでは出口へと走り出した。

どれだけ頑張っても皆んなに追いつけない。間違いなくジワジワと距離が離れていくのを見て体力の無さを痛感した。

走っている間中ずっと叫んでいたはずなのに、突然声が出なくなった。どれだけ叫んでも音にならない。

だけど、そんなことも気にしていられないことは分かる。

背後にいる。ヒロを殺した何かが。

ちら、と伺い見て後悔した。もう悲鳴もあげられないのに、無意味に喉から悲鳴になり損ねた息が漏れ出す。

ヒロの姿がそこにはあった。間違いなく私の目の前で死んだヒロが走っていた。

それも無言で。

私のスピードにぴったりとついてきていた。

無表情なのがさらに不気味で、でもこれ以上速くは走れなくて。

転がるように遺跡を出て、借りていたコテージへ滑り込む。

「アンナ!早く!」

ドアの隙間に体を捩じ込んで閉めようとした。なのに私の手は空を切ってドアは半開きのまま。

ヒロの姿をした何かが、その隙間からこちらを覗いていた。薄ら笑いを浮かべてじっと覗いていた。

どうして入ってこないのか、なんて考える余裕もなく私はみんなの元へ倒れ込んで震えていた。

それから、意識を失ったようで気付いたら朝になっていた。

皆んなもいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

ドアは閉まっていて、窓から覗いても外にはもう何もいなかった。

「ねぇ、もう帰ろうよ。ここにはいちゃいけないんだよ。あの遺跡はきっと暴いちゃいけないの」

私は必死に訴えた。皆んなだって、ヒロが死んだところも、ヒロの姿をした何かが追いかけてきたのも見ているはず。

だから同意してくれると思っていた。

でも、次の日も皆んなは遺跡へ入っていった。

「あんな化け物がいるくらいだ!絶対に何かある!」

そう興奮して早口で捲し立てて、遺跡へ向かってしまった。

そして、帰ってこなかった。

1人遺跡に入らず待っていた私は、きっと幻覚を見たんだろう。

遺跡の入り口には、倒れていた十字架が6本、立っていた。

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