3 畑を見る仕事

 

 駅にはホームなんて言える代物はなくて、ただのコンクリの乗るための道、それと申し訳程度に駅と他とを分ける白い柵が広がっていた。


「これはいったい何を育ててるんだろうね」

ユキがそう呟く。あたり一面土色で雑草の一つも生えていない。畝があるだけ。そばにいたカマを持つじいさんにオレは尋ねた。


「すみません、これは何の畑ですか?」


首にかけた汚れたタオルで顔を拭いたじいさんは笑顔で答えた。


「なーんも育ててないよ」


オレとユキは顔を見合わせた。何のために畝をつくってそばで見守っているんだ。


「じゃあ、じいさんは何してるんです、そこで」

「監視じゃよ。去年の暮れにな、畑を荒らした不届き者がいたんじゃ」


作物を狙った荒らしなのだから何か植えなければ意味がない、無意味な努力だとあきれるオレとは対照的に、ユキは優しく目を伏せてどこか痛ましげに、


「......おじいさん、頑張ってください。ボクたちもう行かなきゃいけないけど応援してますね」

と小さく口にした。


不思議だった。

やけに印象的な姿だった。





 それからホームの端から端まで歩いて、オレたちは電車の先頭に乗った。先頭車両には運転手とオレらしかいなかった。そしてオレらはまた隣り合わせで座った。


「あのじいさん変な奴だったよな」

同意を得るつもりで吐いた言葉は、思いもかけない奴の登場でふさがれた。



「まるでジュンさんみたいでしたね」



オレたちの”光”、ルイ。染めたての真っ青な髪に色素の薄い目。ただその髪は出会った頃のように肩につくほど長く一つにまとめられていた。


「フフ、意味のない...」

「ルイ君。どうしてここに?」


ルイの言葉をさえぎってユキが尋ねる。

「どうしてってどうしてだろう。あ、きっとユキに呼ばれたんだよ!」


輝く笑顔をまとい長いまつげを羽ばたかせながらルイが答える。




ユキがルイを連れてきた、あの時もそうだった。





 グループを勝手に脱退した後、オレは昔通ってた歌とダンスのレッスンを再開した。そうでもしないと技術を磨ける場所がなかったから。21の誕生日が刻一刻と近づいていて、いわゆる賞味期限がオレには迫っていた。大手のオーディションとかアイドルじゃなくても俳優とかタレント、モデルなんでも手あたり次第履歴書を送った。早くしないと、早く俺の存在を気付かせないと。オーディションに受かってもすぐにデビューできるとは限らないから。



脱退からしばらくして、誰にも教えてなかったオレの新居にユキが尋ねてきた。



やけに切羽詰まった顔で、すがるような声で、映像を見せながら、こう言った。

「ねえジュンちゃん。新しい子、新しい子見つけたよ」


聞けばユキもグループと事務所を抜け、新しい所属先を探していたのだという。


「この子、ルイっていうんだけど、歌と踊りはピカイチ。才能もある。ただ運悪く大きなオーディションで落ちちゃうんだ。この子なら、この子ならどう?」




あまりの気迫にオレは後ずさりしながら言った。


「一度会ってみたい」




 伏目がちの目は、まつげの印象を際立たせた。大きなオーディションに落ちたというルイという少年は明らかにやさぐれ髪も伸び放題だった。しかしその整っていない身なりからもわかる天性のオーラ、顔立ち。アイドルになるために生まれてきたような少年、だった。


歌も、ダンスも申し分ない。しかも地下の活動でも何でもいいからやらせてくれと、アイドルにならせてくれという。これはいい掘り出し物だと、ユキに感謝したくなった。


「よし、オレら3人でもう一度地下から始めよう」



その言葉にユキは目元にしわを寄せて喜んだ。



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