2 夢を追う人


 「ねえ、ユーゲルの小劇場を覚えてる?」

ユキが唐突にそう言った。





 ユーゲルというのはオレらの地元から電車で1時間の狭い安い臭いの、あまりいいとはいえないライブハウスだった。ユキのオヤジの親戚かなんかがそこの経営を片手間でやってて、オレが立たせてくれって言ったらほとんどタダ同然の値段で立たせてくれたところだ。


そこがオレの、オレとユキの始まりの場所。


最初は単なる思い付きだった。文化祭でダンスをやったら周りから羨望のまなざしを受けたから、街角スナップとか結構撮られるタイプだったし、誰よりも、目立ちたかった、から。



 だから一番一緒にやってくれそうだったユキを誘って、あとはネットとかでかき集めた寄せ集めのグループでアイドルとかやってみようって思った。メンバーはオレを含めて7人、どいつもこいつも歌もダンスもダメダメでお金なんて取れないし、ましてやスカウトとかもっと上を目指せる手段なんか取れやしなかった。


最初はみんな向上心っていうかやってやろうっていう気概があったけど、アイドルのやり方なんてわからなかったし、みんなで出し合う金は減っていくばかりで、この時点で2人消えた。


各々ダンスのレッスンとかボイトレとか行って、完全に練習とかは個人に任せっきりだったけど、月に1回くらい金をとったライブをユーゲルで開いていた。ファンもそこそこ、収益はたまにプラスになるくらい。だから正直バイトの金だけじゃレッスン費は賄えなかった。


そのうち高校卒業してずっとフリーターもどきをやっているオレに母さんの当たりがキツクなった。せめて大学に入っておけとかそういう、フツーのこと。勉強は、嫌いだし、アイドルになれるカリスマ性ってのがオレにはあるから。家を飛び出して、でも行くところなんかねーし一人暮らしなんかできやしない。だからユキの家に転がり込んだ。ユキは二つ返事でオレを受け入れた。生活費はほんの少しだけ、でも、結構楽しかった。ユキはオレに好きなライブの映像とか参考にしてるアイドルとかそういうのを教えてくれて、そんときようやくコイツ意外とマジでアイドルに本気なんだなって感じた。



 17から始めて20になったころようやく小さなアイドル事務所からお誘いがあった。ユーゲルでのライブを見てぜひうちに所属してほしいって。悪い事務所ではなかった。ただ事務所の力が弱すぎるというか、仕事を持ってこられないタイプの社長だった。ユーゲル以外でもぽつぽつとライブを開けるようになって毎回来てくれるファンとかもできたころ、1人が家庭の事情で、もう1人が就職の関係でいなくなった。所詮はお遊びだったのだろう。本気のやつだけが最後まで残った。



 そこからは3人組のアイドル。けど花は開かない。



 ただの地下アイドル。それ以上でも以下でもない。収益は雀の涙。





 「覚えてる」

そう返すとユキの顔がほころんだ。


「ジュンちゃんにとってはいい思い出じゃないかもだけど、ボクねまた今度3人で立てたらいいなって。狭いからお客さん全然呼べないけど楽しい思い出に......」


ユキの言葉を聞き終わる前にオレは窓の外に見覚えのある顔を見つけた。驚くユキを横目に、オレは立ち上がって、窓に顔を近づけて、目を凝らした。


でもそれは違った。ただのかかしだった。夜空に急にかかし?とは思ったもののそういうものかと勝手に納得した。これは夢だ。銀河鉄道なんてものは何も関係ない。オレじゃない、そう確信している。



立ち上がったついでにオレはユキの正面に座った。

「ユーゲル、な」

オレは独り言ちた。どんどん人が減って3人組になったあの日々。

オレはやめたかった。こんな先が見えないグループ。どんなにオレがいいパフォーマンスをしても決まったファンにしか見てもらえない環境。


だからユーゲルでのライブの日、オレは勝手に脱退宣言をした。

楽屋に戻って荷物を集めて、止めようとする大人全員振り払って、オレは、辞めた。ユキよりも早く家に帰って、持てるだけの服を抱えて、逃げ出した。



金なんてない、だけどもっといい環境に行かなきゃ、オレが輝ける場所、オレが認められる世界に!




 [ー次はゆめのさき、ゆめのさき]



電車が止まった。スマホには[20分停車]とかかれていた。


「はあ?20分停車って、なんつー電車だよ」


いら立つオレにユキが外の空気を吸いに行くことを提案した。




降りた先には何も育てられていないただの畑が広がっていた。




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