第7話 AI調査局

3日後 午後16時

AI調査局


調査局は、まるで天地がひっくり返ったかのような騒然とした空気に包まれていた。


綾瀬博士の示した仮説が正しければ、世界各地でAIによる殺人が同時多発的に起きているはずだった。

だが――。


「……問題は、どうやって見分けるかだ」


神田は苦い表情で、地球を模した巨大ホログラムを見つめていた。

青白い球体は無数の点で覆われている。三日前の事件発生から現在までに報告された死者のうち、AIが関与した可能性を否定できない事例のすべてだ。


だが、そのどれが“狙われた死”なのか、誰にもわからない。


「何にせよだ」


神田の背後から、落ち着いた声がかかった。


「綾瀬博士の緊急パッチ配布で、一定の効果が出ているなら、今後については多少は楽観できる」


声の主は加賀課長だった。

もうすぐ定年を迎える年齢だが、元機動隊らしい縦にも横にも大きな体躯は健在で、局内でも異色の存在だ。こういう場面でも、あえて急がない。


「焦る必要はない。神田さん、もう少し色々試してみよう」


「色々、とは?」


神田が眉をひそめると、加賀はゆっくりと右耳を指差した。


「分散処理だよ。

大型推論機の下に多数の小型推論機をぶら下げる。

多角的推論で統計精度を上げる――最近のテック記事で読んでね」


「……小型推論機?」


「僕らの支援AIだ。最適だろう?」


神田は一瞬考え、すぐに頷いた。


「全局員に告ぐ!」


支援AIを通じて命令が飛ぶ。


「支援AIを統括AIに接続せよ!

並列分散処理を開始! 推論精度を最大化しろ!」


指示が出た直後だった。


地球のホログラムに浮かんでいた点が、見る見るうちに消えていく。


「なにが起きた!?」


神田が声を荒げる。


「解析官!」


解析官は慌てて画面を確認し、首を振った。


「不明です……いえ、違います!

新しい特徴量が設定されています!」


「内容は!」


「政治活動家、テロリスト、思想犯……

それから、影響力の高い政治系インフルエンサーのリストです!」


その一覧が、神田と加賀の視界に展開された。


どれも、どこかで見たことのある名前ばかりだった。


「……このデータ、どこから来た」


神田の問いに、解析官は一瞬だけ躊躇い、答えた。


「神谷調査官の支援AIから送信されています」


一斉に視線が神谷へ向く。


「え? いや、自分は――」


神谷は言葉を失い、思い出した。


解析部局で綾瀬を抱き抱えて運んだ時。

彼女は確かに、自分の支援AIに触れていた。


「……あの時か」


「心当たりがあるようだな、神谷調査官」


神田の低い声に、神谷は頷いた。


「綾瀬博士の“置き土産”だと思われます」


加賀は小さく笑った。


「なるほど。

彼女は独自の特徴量抽出で有名だ。

容疑者扱いされたことを恨むでもなく、協力してくれるとは……大した人物だ」


神谷は反論しかけて、口を閉じた。


――違う。

彼女は“善意”で動く人間じゃない。

ただ、解析結果が知りたいだけだ。


だが今は、それでよかった。


「……かなり絞れたな」


神田が解析官を見る。


「はい。約400件です。

パッチ適用後は、数件にまで減少しています。ほぼ確定と見ていいかと」


加賀は深く息を吐き、背もたれに身を預けた。

椅子がギィと小さく軋む。


「当初の目標数は不明だが……400件か。

“防げた”と言うには、重すぎる数字だな」


「死因の内訳は?」


「9割がシティコミュート事故です。暴走、転落、衝突……形態は様々ですが」


「残りは」


「アンドロイドの誤作動による事故扱いです。状況的に、事故としか判断できません」


沈黙が落ちた。


「情報公開……どうする?」


神田の問いに、加賀は静かに頷いた。


「統括AIには報告済みだ。

あとは議会判断になるだろうが……」


彼はホログラムを見つめたまま続けた。


「倫理殻は世界共通の基盤だ。

それが“裏切るかもしれない”と知られれば、社会は耐えられない」


答えは出なかった。


「あとは――」


加賀がぽつりと言う。


「綾瀬博士次第、か」


不眠不休で三日間コードを書き上げ、今は爆睡している一人の研究者。

その指先ひとつに、世界の安寧が託されている。


その事実は、あまりにも重かった。

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