【か行】
【か】
学校帰り。真夏日の午後。陽が傾き始めているが蒸し暑く汗が頬を流れる。
「黄昏送りって知ってる?」一緒に下校していたAちゃんがそんな話を切り出した。Aちゃんはいつも唐突に不思議なことを言うからクラスでも浮いている存在。流行りのものに興味はなく、自分の殻にこもって、と言うよりは独り遊びが昔から好きみたいだ。異性のことや将来のことでみんなソワソワしているのに全然興味ないって感じで、行きたい学校もやりたい仕事も特にないらしく楽しく毎日を過ごせればいいって言うような子。
流行を追ったり話についていけるようにたいした興味のないドラマや映画を見ている私にとってはこの何も興味がなさそうだけど人より物事をいっぱい知っているであろうAちゃんといるのはとても居心地がいい。みんなには内緒だけど。
Aちゃんと私は帰宅部で帰る方向が一緒なのもあり、約束していなくてもなんとなくお互い下駄箱の前で待ち合わせをして帰宅する。帰り道だけではいつも話足りなくて家の分かれ道の途中にある公園のベンチに座り暗くなるまで話すのが日課。そんな何気ない毎日。
「黄昏送り?聞いたことないな、なにそれ?」またAちゃんの不思議話が聞けると思うと少しワクワクしている自分がいる。興味をもった私の声色に気づいたのだろう、Aちゃんは少し嬉しそうに答える。
「黄昏時っていうのは知ってる?」
「うーん、なんとなく?」
「夕方になると人の顔ってあまりよく見えなくなるでしょ?昔の人はそれを誰そ彼と言ってそれが黄昏時になったんだって」
Aちゃんは自分が知っていて相手が知らないこともバカにしたような口調では絶対に話さない。そういう空気もつくらない。
「自分も聞いた話なんだけど」「図書館で見た本に書いてあったんだけど」とか。だから聞いている方もそれで次は?なにが起こるの?と続きが聞きたくてますます話に引き込まれるのだ。
「黄昏送りって言うのはね、そこから始まるんだけど」Aちゃんは薄い赤橙色になった空を見上げる。
「今日はダメみたい……」そう言ってため息をつく。
「ダメって、なにか条件があるの?」
「うーん……そうだね、こんな明るい空の日は来ないかな」
来ない……誰が?なにが……?
「もっとこう……紫色というか、群青色というか。明るすぎると来ないんだ」そう言ってため息をつくAちゃん。
「そっかぁ……残念」
なにがとか誰がとか聞くのはヤボだなと思い、これから起こるであっただろうことを目にできず残念だった。
「明日なら大丈夫そう。ほら、ずっと向こうが少し青っぽくなってるでしょ?それが赤と混ざればきっと明日は来ると思う」Aちゃんは空を指差す。
「そっかぁ、じゃあ明日なら見れるかな?」
「うん、きっと大丈夫だと思う。明日も一緒に見に来る?」
「もちろん!」私はAちゃんと一緒に今はなんのことだかわからないナニカを見て共有できるのがすごく楽しみで、帰ってからも明日のことばかり考えてドキドキしながら眠りについた。
次の日の朝。いつも通り遅刻ぎりぎりの時間に教室に入ると教室がざわついていた。何人かの女子グループが集まり泣いている。私が教室に入ったのに気付いてその中の一人が駆け寄る。
「残念だったね、かわいそう」そう言って私に抱きつき泣いた。なにを言っているのかわからなかったけど、とりあえず落ち着かせる為に背中をさすりながらどうしたのと聞く。それを聞いたまわりの女子は驚いた顔をした。
「え?知らないの?」
「だって、Aちゃんと一番仲よかったよね……?」なんのことだろう。でもAちゃんに何かあった事だけはわかる。
「Aちゃん、そういえばいつも朝一番に教室に来てるはずだけど今日は来てないのかな?」そう言う私にまわりはお互い顔を見合わせて目配せをしている。一人がまた泣き出す。
「Aちゃんね、昨日の帰りに交通事故で亡くなったんだって」その中のリーダー的な女子が口にした。
「……え?」だって、だって昨日はあんなに笑顔で別れたのに。明日またって薄い赤橙色の空の下で手を振って。
「なんかね、すごい事故だったらしくて、顔がわからないくらいになっちゃったらしいの。運転手の人は気付いたら目の前にAちゃんが立っていて避ける事なんて絶対に無理だったって言ってるみたいで。お酒とかも飲んでなかったみたいだし、よそ見もしてなかったって。こんなこと考えたくないけど……。Aちゃん、車に飛び込んだのかな……。自殺って……。そんな話も出てるみたい……」
「Aちゃんが自殺なんて!」突然大きな声を出した私にみんな驚き、さらに泣き声が広がる。だってそんな、Aちゃんが。自殺なんて。今日だって一緒に黄昏送りを見るって約束したもん。Aちゃんが約束をやぶるわけないもん……。私はこぼれそうになる涙を堪え教室を飛び出した。
その日、全校集会が開かれAちゃんに不幸があったこと、交通事故の恐ろしさ、登下校の際には十分気を付けるようになどの話を校長先生が言っていたが、頭には入ってこなかった。教室に戻ると生徒が葬式について質問していたが、近親者のみで行うとのことだ。その日はそのまま全校生徒帰宅となった。いつもAちゃんと待ち合わせしていた下駄箱。外を見ると親御さんが迎えに来ている子もいる。上履きを脱ぎ、靴箱を開ける。その時違和感があった。白い封筒が一枚入っていたのだ。周りを見ても誰かいる気配はない。
ラブレターなんて洒落たものをもらうような人間じゃないのは自分が一番よくわかっている。表も裏も無記名。なんだか怖いな……。そう思ったが開けなければいけない気がして封を留めていない中身を取り出す。白い便せんが一枚。
「いつもの場所で待ってる」
その文字を見て心臓がドキリとした。Aちゃんの字だ。それにいつもの場所なんて私に言うのはAちゃんしかいない。
私は急いで外履きに履き替え走った。帰りにいつもAちゃんと話していた思い出の公園へ。いや、Aちゃんの亡骸も見ていないのに思い出なんて。Aちゃんは事故になんてあってなくて、今日もあのベンチに座ってるんだから!
公園が近づく頃には足も痛く息も切れ転んでしまった。ひざと手から血が出たがそんなことはどうでもいい。今は少しでも早く公園へ。そしてやっとのおもいで公園にたどり着きベンチを見る。誰も座っている様子はない。Aちゃんは居なかった。
私はベンチに座り込む。手に握りしめた白い封筒にはさっき転んだ時の血がついていた。
「待ってるって言ったのに……」私はAちゃんがここにいると、死んでなんかいないと……。信じたくないという気持ちとAちゃんの死は現実なのではないかという今まで感じたことがない悲しさに押しつぶされそうになった。手もひざも痛い。これは現実なんだ。涙が溢れてくる。泣いたら現実になってしまう。泣いてはいけない。
「来たね」
私は驚き顔をあげた。Aちゃんだ!そう思ったがそこに立っていたのは男の人だった。私よりは年上だろうがそこまで離れてはいないだろう。学ランを着ていたから。Aちゃんが来たと思ったが別人に驚き涙は引っ込んでしまった。だがこの人は誰だ。
「あの……。私ここで待ち合わせしているんですけど」私は鼻をすすりあっちに行けというような態度をとった。ここにこの人がいたらAちゃんは来てくれないかもしれない。群れるのは嫌いな人だから。
「あぁ、そっか。突然のことだったし、そりゃ混乱するか」学ランの男はそう言って帽子をとり頭をかく。馴れ馴れしい喋り方にイライラする。
「私、ここで待ち合わせしてるんです。すみませんが別のベンチへ行ってもらえませんか?待ち合わせしている人、あまり人と関わるの好きじゃないんで。あなたがいたら帰ってしまうかもしれないし」私は早くこの人にどこかへ行ってほしいと言う気持ちを態度で示し、少し失礼かなとも思うような冷たい言い方をした。
「へぇ!あいつそんな仲良くしてくれる友達がいたんだなぁ。そうかそうか、あいつがねぇ……」そう言って学ランの男はクククと笑う。なんだ、この人。どこかへ行くどころかあいつと仲良くなんて。……ん?あいつと?
「あなた、Aちゃんと知り合いなんですか?」私は立ち上がり学ランの男に詰め寄る。いきなりのことで驚いたようだが、両手を前に出しまぁまぁと私をなだめた。
「話してもいいけどまずは血を洗っておいでよ。バイ菌が入ってしまったら大変だ。ハンカチは持っているかい?」私が首を横に振ると学ランの男はポケットから白いハンカチを出した。人のハンカチを血で汚しては申し訳ないと思い断ったが見ているだけで痛いからと言って強引にハンカチを握らされ水場へ
「そのままだと寄ってくるからね……」学ランの男が小さな声でそう言ったが元々よくわからない人だ、気にしないでおこう。
「痛っ!」冷たい水が傷口にしみる。思ったより血が出ていたようで、すねまで垂れた血がなかなかとれない。砂を洗い流し顔も洗う。涼しい風が吹き抜け少し肩の力が抜けた。
「あの、さっきはすみませんでした。嫌な言い方しちゃって。ハンカチ、洗って返します」そう言うと学ランの男はいやいやと手を振った。
「ハンカチはあげる。元々僕の物じゃないし」そう言って笑った。人の物をあげるなんて……。やっぱり常識がない人間なのだろう。
「あの、それでさっきの話なんですが……。あいつって、Aちゃんのこと知ってるんですか?」私はハンカチを握りしめた。
「あぁ。手紙見たかい?あれ僕が頼まれて入れたの」そう言って私のカバンを指差す。
「あなたがこの手紙を?」私は手紙を出し広げる。字は間違いなくAちゃんのものだ。
「彼女、君と合わせる顔がないんだってさ」そう言って手紙を取り上げる。
「あ!ちょっと!」私はAちゃんからの手紙を簡単にとられ驚きふらついた。
「おっと」そう言って学ランの男は私の手を掴んだ。危なくまた転びそうだった。
「合わせる顔がないって……事情を知ってるんですか」私は手を振り払う。
「あぁ、知ってるよ。でも言えない。あいつとの約束だから」腕を伸ばしあくびをする。いったいどういう関係なんだろう。兄弟がいるなんて聞いたことがないし、彼氏ではないだろう。……多分。それにこの人、なんだが浮世離れしているというか、人間味がないというか。
「ねぇ」
私が色々と考えていると学ランの男は私に近付きAちゃんからの封筒を私に差し出す。
「あいつのこと、忘れないでいられる?」突拍子もない質問だ。忘れられるわけないだろう。と言うより今は死んだということさえ受け入れてないのだから忘れるもなにもない。
「忘れるって。忘れられるわけないじゃないですか。そもそも私はまだAちゃんが死……」続けようとしたが学ランの男はそれをさえぎる。
「よかった!じゃあもう少し待っててよ。あいつあんなことになったけどすぐ戻ってくるからさ。その時は一緒に僕に会いに来てよね!」そう言って学ランの男は封筒を私の顔へなげる。顔を覆った封筒を慌てて掴み、周りを見回したが学ランの男はどこにもいなかった。
それから数年が経ち、遠方に嫁いだ私は今日実家に戻ってきた。久しぶりの公園。
ここへ来てベンチに座るとあの時の思い出がよみがえる。Aちゃんの死を受け入れられずに毎日過ごしていたが、卒業後就職が決まって実家を離れることとなり、このままじゃAちゃんのことを一生否定したまま生きていかなければならなくなるんじゃないかとAちゃんの実家に行った。Aちゃんは仏壇の中に置かれた写真の中で笑っていた。私はそこで初めて涙が枯れるほど泣いた。Aちゃんのお母さんは優しく背中を撫でてくれた。私が落ち着くまでずっと。
帰り際、私の誕生日にあげるんだとAちゃんが言っていたと言う白い封筒を渡された。ちゃんと渡せてよかったわとAちゃんのお母さんは滲んだ涙を拭いた。Aちゃんの家を出た帰り道。あの公園のベンチに座りその白い封筒を開ける。中には一枚の写真が入っていた。あの日話していた一緒に見ようと言っていた紫色みたいな、群青色みたいな、その言葉通りの色が広がった写真だった。
それからはいつもこの写真を持ち歩き、辛い時に励まされてきた。もちろん今日も写真を持ってここへ来た。
「疲れたよー、Aちゃん」両手を広げて手を伸ばす。
これから何をしようか。まずは心も体も休ませる時間が必要だ。写真を取り出し空にかざす。そういえば今日はあの約束をした日だ。
―黄昏送り―
その時突然強風が吹き、写真が飛ばされそうになるのをしっかりと掴んだ。
「ビックリした!」私は慌てて体を起こす。
「来てくれたんだね」横から声がして驚いてそちらを見る。小さな女の子だ。
「えっと……。もう暗くなってきたけど、一人?」その女の子はニコニコと私を見て笑っている。来てくれたってどういうことだろう?知ってる子だったかな……。
「その写真、ちゃんと渡せて良かった。ずっと大切に持っていてくれてありがとう。ほら、空を見て」そう女の子が言って指差す先の空を見ると写真と全く一緒の色が広がり遠くの星々が目に飛び込んできた。
こんなことあるのだろうか。こんな美しいもの見たことがない。そしてとても懐かしい気持ちになり、自然と涙がこぼれ止まらなかった。
「黄昏送りの話をしたでしょ?一緒に見るって約束」空を見上げていると横から女の子が声をかける。
「Aちゃん?!」私は女の子に向かい声をあげた。女の子は笑う。
「そう。最後に約束を守れて良かった。とても素敵でしょ?きっとこの先なにがあっても大丈夫だから。幸せになって。私の分まで生きて」そう女の子は言って走り出した。慌てて追いかけようとしたらまたあの時のように転んでしまった。顔をあげた時には女の子はどこにもいなかった。
いい大人になってあの時と同じように転ぶなんて……。もう歳だな。ブツブツと言いながらバッグに入っているハンカチを取りに行く。中身を見るといつも持ち歩いていたAちゃんからの二通の手紙がなくなっていた。あんな大切なものをなくすなんて!私は周りを探し回ったが結局見つからなかった。Aちゃんとの大切な思い出だったのに。空を見ると黄昏送りは終わりをつげようとし、夜の暗闇が迫っていた。
砂を洗ってから帰ろう。水道へ行き蛇口に手を伸ばす。その時どこからか布が飛んできた。手にとるとそれはハンカチで、広げてみると黄昏送りを撮ったであろうAちゃんの写真と同じ色をしたものだった。明日はAちゃんに会いに行こう。ハンカチを夜空に広げながら家路に着いた。
【き】
《キュートアグレッション商品はこちら》手書きのポップに可愛い丸文字と動物の絵が書かれたポスター。
「法が確立された途端にこれ……ね」キュートアグレッション法。この世界では誰しも一度は聞いたことがあるだろう。簡単に言うと可愛いと思うあまりに暴力的な行為を行ったり、殺してしまうこと。「食べちゃいたいほど可愛い」とか「可愛過ぎてギュッと抱きしめたい」みたいな。
そんな不幸な事故をなくす為にできたのがこの法律。そうしてもいいモノが売られる世界。人から動物まで幅広く、勢いあまって殺してしまってもキュートアグレッションタグがついているモノはなにをしても罪には問われない。キュートアグレッションタグがついていないものを傷付けてしまった場合は法的処置を受けることになる。
私が働いている場所は元々ペットショップだった。だがこのご時世、自分の食べるものでさえ確保できないのにペットなどを飼っている余裕のある人は少ない。
だからこの法が確立された時、真っ先にオーナーはこの商法に食いついたのだ。どうやらコネもあるらしいが、面倒事に巻き込まれるのはごめんなので深くは聞かない。私は商品を買いに来た客を笑顔で接客し売り上げに繋げる。ただそれだけ。
「今日入ってくるのは……と」リストをチェックするとキュートアグレッション用ばかりだ。
「可愛いのはわかるけどさ。それで何一つ文句も言わないモノ達を苦しめたりしてもいいってわけ?理解できない」
先程も話したが商品の中には人間もいる。声を出せるモノは例外なく全部舌を切られてから入荷してくる。稀に泣き喚くモノを欲しがる人もいるが、それは裏ルート。オーナーも関わっているようだがそこも深くは触れない。見て見ぬふりをしている私も同罪だと思うが、どうしようもないこともあるのだ。そして私も食べていく為には仕事を辞めるわけにはいかない。
ほどなくしてトラックが裏に止まる。檻に入れられた様々なモノが運ばれてくる。人間も何体か。今日は成人男性一体に、成人女性一体。檻を一つ、一つチェックしていたが成人女性はいない。
「あれ?おかしいな。成人女性、成人女性……」人型のモノを見つけたが成人女性というよりは少女のような。タグを見る。女。年齢不明。舌あり。健康状態などは他のモノと同じように記載されている。少女のように見えるが年齢不明か。こう見えて成人女性なのかもしれない。檻の近くで唸っているとその少女が話しかけてきた。
「ねぇ!私をお家に連れて行ってくれる?」そう言って少女はにこにこと笑っている。
「え?」今まで人間が何人も入荷してきたが話しかけられることなど滅多にない。舌なしが多いから大抵話しかけられると言うよりは、言葉になっていなかったり唸り声ばかりだ。だからこそ感情移入しなくてすむ。話せると可哀想とかこれからどこへ連れていかれるか、すぐに殺されるかもしれないと余計なことを考えてしまうから。
「ねぇってば!」少女は柵を両手で掴みぴょんぴょん跳ねている。私は会話してはいけないと他の檻へ行き仕事を続けた。
入荷日には大きく宣伝するので店の前は長蛇の列になる。今まで私以外にも従業員はいたが、どの従業員も見ていて辛いだの耐えられないだの可愛い動物と触れ合って大切にしてくれる飼い主さんの元へ引き渡せると思っていたのになどと言ってすぐに辞めていくものだから今は私しかいない。入荷日はそれを一人でこなさなければいけないから大忙しだ。キュートアグレッションタグがついているモノがどんどん売れていく。今回は入荷が少なかったのもあってすぐに完売した。……一つだけ残して。
閉店時間。各檻をチェックする。
「ねー!ねー!」声が聞こえて振り返るとあの少女が両手を使って手招きをしている。ご飯はあげたはずだしシーツも汚れていない。
「もう帰れる?」少女はそう言って私を見る。私は仕事に戻る。
「キュートアグレッションタグの子、いる?」次の日もその次の日もキュートアグレッションタグ目当ての客は来たが、あの少女の元へ案内するとみんなそそくさと帰っていく。私と二人ならうるさいくらいに喋るのに店が開くと檻の端に座り動かないのだ。二人の時は元気だから体調が悪いわけではないみたいだが、あんな態度だと売れないわよね。そういったのが好きな人もいるが、舌ありだと書いてあるのに喋らずジッと見続けられるのが不気味と感じるのだろうか。
「ちょっと君ぃ。あのキュートアグレッションタグの奴、まだ売れてないの?」閉店作業をしているとオーナーに声を掛けられる。あの後新しい入荷が二度あったが、少女だけはずっと売れず残っていた。
「人間だからね、場所もとるし食事代も馬鹿にならんのだよ。このまま売れなければ君に引き取ってもらうからね。あぁ、キュートアグレッションタグの奴は高値をつけているがタダで譲るよ。ここに置いとく方が金がかかるからね」そう言ってオーナーは帰っていく。
「なんなのよ、もう。引き取るなんてできないわよ。自分の生活でいっぱいいっぱいなんだから」少女はまた柵に手をかけ私を笑顔で見ている。
「ねぇ!もう一緒に帰れる?」私は目をそらしため息をついた。結局それからも少女の買い手はなく私が引き取ることになった。
少女を連れて帰る日。檻から出し掃除をして手続きをして、帰る頃には日付が変わっていた。店内には各キュートアグレッションタグの生き物の育て方の本が置いてあった。人間なら食べるものも生活必需品も一緒だろうと思ったが、家に連れて帰るのなら読んでおくか。生き物を飼うからには責任をもたなければ。飼うといっても人間だからペット扱いはしないけど。バッグに本を入れて少女に手を伸ばすと小さな両手で手を握られる。
「やっと一緒に帰れるね!」そう言って少女は私の手を一掃強く握った。
帰りはいつものようにコンビニ自販機による。
「えっと。小さい子が食べられそうなものは……。ハンバーグ味、オムライス味。この辺か。それとプリン味も買っとくか。ついでに私の分も」カードをかざし取り出し口から出てきたパックを手にとる。少女は不思議そうにそれを見ていた。
「ここがおうち?」少女はそう言って家の中に入る。
ご飯の前にお風呂にいれてさっき買ったパックの中身を皿にうつしテーブルに並べる。
「どうぞ」少女は皿の中身をぺろりと平らげた。すごい食欲。私は少しずつスプーンですくいながら食べていたが疲れもありほとんど残してしまった。
「食べないなら食べていい?」少女が言うので皿を前に差し出す。それもすぐに平らげる食欲にまた驚く。ソファで寝るように言うと小さく丸まり、すぐに少女は寝息を立てた。
それからは本当にペットを飼っているような生活。仕事帰りも今日は何を食べさせようか自分のことより真っ先に考えたし、寝床も整えおもちゃも買い与えた。いたずらをすれば怒ったり、一緒にお風呂に入ったりもする。少女がいるから仕事も定時に帰るようになったし、そのおかげか体の調子もいい。食べちゃいたいほど可愛い、とまでは思わないが愛着は確実にわいていた。
今日は入荷日。また新しいキュートアグレッションタグのモノ達が来るのだろう。最近人間が多い気がする。その頃から世間では原因不明の病が少しずつ流行り始めていた。
今日は入荷日で忙しかったが、いつもより客足は少なかったような気がする。多頭飼いをしているいつもの常連客も今日は来なかった。まぁその分早く帰れるからいいんだけど。入荷日にしてはめずらしく定時に帰れたので少し多めにお菓子とデザートを買って帰った。
「ただいま」家に帰ると玄関に少女は座っていた。いつもこうやって迎えてくれる。聴覚が私達より優れているのだろうか。足音がすると玄関で待っているというペットの犬みたいだ。
今日も買ってきた夕食のパックを皿に出しテレビをつける。海外のニュースが流れていた。緊急速報と表示されている。そこに映っていたのは悲惨な光景。普通の公園だが、首輪をしていたり抱かれて歩いていたのだろう、キュートアグレッションタグをつけたモノの横に人間が倒れている。一人や二人ではない。カメラが周辺を映すと散歩コースなのか十人以上は倒れているではないか。口や目から血を流している人もいた。緊急速報の生放送なのでモザイクなどはかかっていなく生々しい。
「なにこれ……原因不明の病ってこのこと?」私はスプーンを持つ手が止まった。
「原因不明じゃないよ」少女が言う。
「え?」
「だってこれ、私達がもってきたんだもん」少女はそう言いにこにこ笑っている。
「もってきたって、なにを?」手が震える。
「このテレビで言ってる病気だよ」そう笑う少女に私は何も言えなかった。テレビでは次の中継先は……と各地で起こっている惨劇が次々と映し出されている。なかには飼い主であろう倒れた人間を蹴り飛ばしているモノもいた。
「なにあれ、酷い……」私は口を覆う。
「酷くなんかないよ。私達がされてきたことに比べれば」そう言って少女はテレビを見ながらいけいけ!もっとやれ!などとヒーロー番組を見ているように手をあげ応援している。
「やめなさい!人が死んでいるのに不謹慎よ!」そう言って腕を掴むと少女はあの檻の中にいた時のような冷たいまなざしで私を見た。
「自分達はよくて外部からきた私達は駄目なの?やってることは同じなのに?」お前も所詮同じかと言いたげな目だ。
確かにそうだ。私はずっと見て見ぬふりをしてきた。キュートアグレッションタグのモノがどんな酷い目にあうか想像はついた。
それを知らぬふりをして売ってその後のことは気にも留めずまた売って……。
キュートアグレッションタグのモノ達からすれば私達は許せない、いや許されてはいけない存在なのだ。
「そうね」私はそう言ってテレビを見た。どんどん増え続ける感染者。キュートアグレッションタグをつけたモノ達の暴動。きっと私もすぐに感染する。それかその前にこの少女に殺されるのだろう。
「ね、手貸して」少女はそう言って手を伸ばす。私はテレビの中の悲惨な光景から目をそらさずそのまま手だけを差し出した。その瞬間、腕にすさまじい痛みが走る。
「痛い!!」手を離そうとするが少女は腕に噛みつき離そうとしない。
「離して!!」立ち上がり振りほどこうとするにも力が強く離れない。抵抗するほど深く歯が食い込む。少女がゆっくりと口を離すと深い歯形がついていた。
「なにするのよ!!」私は少女から離れて手をおさえる。
「なにって。あなたは私を助けてくれた。いじめなかったし殺しもしなかった。だから私はあなたを好きになった。わかる?本気を出せば私達はあなた達よりずっと強いの。みんなそれでも愛されたくて、愛してくれる日を夢見ていたの。だけどあなた達はそうではなかった。愛す気など最初からなかった。可愛いから、つい。
そう言って狩猟本能を抑えられず弱いモノを痛めつけたいだけ」
少女は淡々と話す。そしてそれはきっと正しいのだろう。モノとしてきた生き物達はみんな愛されたかっただけなのだ。愛されることだけを夢見てこの星へ来たのだ。テレビには死亡者数の数字がどんどん上がっていくのが表示されている。
「大丈夫だよ。私が抗体を入れたから。これからはずっと一緒。もう私にキュートアグレッションタグなんてつけないでね」
【く】
黒いあなたと白い私が出会ったのは何年前のことだっただろうか。
暑い夏の日。その人は町中でもなかなか見ることがないスラッとした美人で、長い黒髪の前髪を分けた額にほんのり汗をにじませながら歩いていた。私はその時おばあちゃんが昔着ていたというおさがりの白いワンピースを着て、ワンピースと一緒にもらった麦わら帽子をかぶっていた。首にゴムヒモが付いているもので町へ行く時はとてもじゃないけど恥ずかしくてかぶれない。だけどワンピースと合わせて私のお気に入りで、今日のような天気のいい日はこの服装で目的もなく自転車で近所を走っていた。
「素敵な服ね」その人は田んぼ道を前から歩いて来て、自転車を降り風にあたりながら歩いていた私に声をかけてきた。
「え……ありがとう……」
見たこともない人だったし年上かもしれないけどなんだか昔からの知り合いのようで安心感があった。
「おばあ様のワンピース?」
「うん……」やっぱり古臭く見られているのだろうなと私は恥ずかしくなって下を向く。
「私、そのワンピースとても好きなの。ずっと昔から。色白の肌と華奢な体にとてもよく似合ってる。私だとそうはいかないもの」顔を上げると上品な笑顔で笑っているその人の顔は嘘ではない本心だとわかる。おばあちゃんのこと、知ってる人なのかな?ずっと昔から好きだったって。おばあちゃんはいつまでこのワンピースを着ていたのだろう。このワンピースは私に似合うと言って亡くなる少し前にくれたから、それまでは着ていたのだろうか。愛嬌のある可愛いおばあちゃんだったから最近まで着ていてもおかしくはないがその姿は見たことがない。
「じゃあ」そう言ってその人は歩き出す。
「あのっ!」私は思わずその人を引き止めてしまった。なにか言いたいことがあるわけではなかったが、おばあちゃんのことを知っているこの人ともっと話がしたかった。
「なぁに?」笑顔でその人がゆっくりと振り返る。
「私のおばあちゃんのこと、知っているんですか?」
その人は目を細めて優しく頷く。
「とても素敵な人でね。私にはない全てをもっていたけれど嫌味じゃないのよ。どんなことをされても怒れないと言うか、憎めない人なのよね」かなり前からおばあちゃんのことを知っているんだな。本当におばあちゃんはそんな人だった。どんなに腹立たしいことをされても怒る気になれないのだ。
「だから私とは正反対でずっと惹かれていたの。だけど私の結婚が決まってね。ここを離れなければいけなくなった」そう言ってその人は目を伏せる。
「私は遠い街に引っ越すことになったの。最後の日に見送りに来てくれたあなたのおばあ様はその時自分も結婚が決まったからと言ってね。お互い幸せになろうって。手紙を書くと言われたけれど、一度も手紙が届くことはなかったわ。
おばあ様、そういうところがあるでしょう?別れの日はわんわん泣いていたけど、次の日にはけろっと忘れているような。悪気はないんでしょうけどね」そう言ってその人はクスクス笑う。私も頷き笑った。
「ここを出てからはもう二度と帰る気はなかった。結婚生活もすぐに終わってね。あなたのおばあ様には幸せになってほしかったから、そんな辛気臭い理由で友人が出戻ったら心を痛めると思って。そういうところは繊細な人だったから」
おばあちゃんにこんな素敵なお友達がいるなんて知らなかった。おばあちゃんが生きている間に一緒に三人で話がしたかった。結婚がうまくいかなかったのだって縁がなかっただけ。合う合わないは誰にだってあるんだから。年齢を重ねてそれが笑い話になるくらいおばあちゃんも図太くなっていたはずだ。
「今日ここにいるのは?」
「お別れにきたのよ」その人はそう言って風で顔にかかった髪をおさえる。
「どこかへ行ってしまうの?」
「えぇ。そうね。遠いところへ行くの。だからここへ来るのも今日で最後」
「そう……」
「あなたに会えてよかったわ。ありがとう」
「そんな、私も会えて嬉しかった」自転車のハンドルをギュッと握る。
「これは内緒の話なんだけどね。私、あなたのおばあ様のことを愛していたの。これからもずっとそれは変わらないわ」
そう言ってその人は田んぼ道を歩いて行った。どこか寂しげな背中を見送り私は帰路に着いた。
家に帰ると母が写真の整理をしていた。帰宅した私を見て手招きをする。
「おかえりなさい。今おばあちゃんの写真整理をしていたのよ。ほら見てみなさいよ、この写真。今あなたが着ているワンピースよ。おばあちゃんにとても似合っているわね」写真を手にすると紐付き麦わら帽子に白いワンピース。今日の私と同じ格好で笑うおばあちゃんが写っていた。若い頃のおばあちゃんの写真はどれも笑顔であふれている。友人と写っている写真もたくさんある。
「これ」手にとった写真は女子生徒が何人か写った写真だった。一人、一人の顔を見るとひと際美しいすらりとした細身の女の人が写っていた。その人を見て見覚えがあると思ったが、ついさっき会った人にそっくりだ。母が写真を覗き込む。
「あぁ、そのお嬢さんね。お母さんととても仲がよかったみたいなんだけど、お母さんの結婚が決まった後にすぐここを出て行ってしまったみたいなのよ。ずっと音信不通だったみたいで」そう言って母は黙り込んだ。
「どうしたの?」母はため息をつき続ける。
「亡くなったんですって。借りていたお部屋で見つかった時にはもう……。その時のお母さんといったらとても落ち込んでしまって。自分のせいだとずっと言っていたわ。まだ若かったのに」
「お母さん、あのね」
私はさっきその人に会ったと口にしそうになったがグッとこらえた。これはあの人とおばあちゃんの思い出。きっと二人はお互いに……。
「なんでもない」
母は不思議そうな顔をしていたが、私はその写真をずっと見つめていた。
あの人が行くと言っていた場所におばあちゃんはいるのだろうか。きっとあの人はおばあちゃんを探すだろう。会えた時には少女の頃のように抱き合って喜ぶのだろうか。そして今度こそ二人ずっと一緒にいられればいいと願った。
【け】
「げ……か……」「……ん……か……」二段ベッドの上で寝ている兄の方から声がする。
「なぁに、お兄ちゃん」僕は目をこすりながら声をかける。
「……か……」カーテンから薄ぼんやりと月の光が差しているが、上を見上げても兄の寝ている木の
「お兄ちゃん、どうしたの」兄は目をつぶったままだ。揺すっても起きない。
「げん……か……」「げ……きか……」兄は言う。
「げんき?元気?元気かってこと?」そう聞き返しても返事はない。
「誰もケガしてないし病気もしていないから元気だと思うよ」
「……」
「お兄ちゃん、なにもないなら僕寝るよ。明日も学校なんだから静かにしてよね」夢でも見て寝ぼけていたのだろう。僕はあくびをして目をこすり布団をかぶった。
次の日、朝ご飯ができたと階段の下から僕達を呼ぶ母の声で目が覚めた。
「朝ご飯よ、起きなさい!」いつも通りの朝。変わらない母の声。僕は両腕を上げて伸びをし、ベッドの下から兄に声をかける。
「お兄ちゃん、ご飯だって」
返事はない。
「お兄ちゃん?ねぇ、まだ寝てるの?はやくしないとお母さんに怒られちゃうよ」いつもは僕の方が起こされる早起きの兄がまだ寝ているなんてめずらしいな。ヘリから兄の顔を覗き込む。
「うわぁああ!」僕は驚いて叫んだ。危うくヘリから手を離してベッドから落ちそうになったが必死でこらえた。兄の顔は青白く髪は真っ白で目を見開いて天井を見上げていた。体は人形のように真っ直ぐ布団が動く気配もない。恐る恐る手を伸ばし布団の上から体を揺する。直接体に触れたわけではないがひんやりとした冷たさを感じ、人間が寝ていた体温の暖かさは伝わってこなかった。直接兄の体に触れるのは実の兄とはいえとても気味が悪く母親を呼ぼうとドアに顔を向けた。
「おい」突然の呼び掛けに僕は顔をドアからそらせずにいた。
「お兄ちゃん?」兄の方を向く勇気はなかった。僕は震える声をさとられまいと返事を返した。
「どこを見ているんだ」兄は続けて僕に言う。
「どこって……お母さんがご飯だって呼んでたけどお兄ちゃんがまだ寝ていたから疲れているのかなと思って。お母さんにそのことを伝えようと思っていたところだよ。だから……」自分でも声が震えているのがわかったが、兄の方を向けばなにか別のモノがいるかもしれない。早くここから逃げ出したい。
「そうか……」兄はそう言い少しの沈黙。
「まだ眠いなら僕お母さんに伝えておくね。先にご飯食べてくるよ。呼ばれているのに行かなかったらお母さんに怒られちゃう」そう言ってベッドから下りようとした。兄の方はできるだけ見ないように、というよりも見てはいけない気がした。
「おい!!」僕が体を動かした瞬間に兄は腕を掴む。とても冷たくすごい力だ。
「お兄ちゃん!痛いよ!」僕は驚いて声を上げた。
「なんで俺を見ないんだ!」コレは兄ではない。僕は直感でそう感じ手を振り払おうと腕を振ったが、とてもじゃないが振り払えない力だ。
「お母さん!お母さん!」僕は悲鳴に近い声で母を呼ぶ。母の返事はない。部屋全体が異空間みたいでどこか別の場所のようだ。
「誰か!助けて!」僕は泣き喚き手を振り払おうと必死だが力は強まるばかりだ。
「あんた達、いい加減に下りてきなさい!朝ご飯が冷めちゃうじゃないの!」ドアが開き母が部屋に入ってきた。僕と兄の異様な光景に母は驚き、母は駆け寄って兄から僕を引き離そうとした。
「どうしたのよ!なんなのよ!」母もわけがわからないといった感じだが、コレは自分の息子ではないと僕を引く力を強める。
「お兄ちゃんが!お兄ちゃんが!」僕はなにを言っていいかわからず、ずっと涙を流し叫び続けた。そして手の力がゆるんだ時、母は兄と僕を遠ざけ僕を抱きしめた。僕は兄の方を見れず母の胸にうずくまり震えが止まらない。
「お前がいるから……お前が……」兄はずっとベッドの上でなにかをブツブツと言い続けている。
「お母さん、お母さん」僕は母の胸にうずくまり兄がどうなっているか見ることも聞くこともできない。
「大丈夫、大丈夫よ……」母は僕を強く抱きしめた。
「あれ?母さん、なにしてるの?ご飯の時間でしょ?」
部屋の冷たい空気や異空間にいるような鳥肌が立つ感覚が消えいつもの兄の声が聞こえる。恐る恐る兄の方を見ると野球で日焼けした褐色の肌に黒々とした髪の毛の兄が上半身を起こしてベッドの上にいた。僕は母の方を見た。
「……今見たことはお兄ちゃんに言っちゃ駄目よ」母は小声で厳しい顔をしながら僕に言った。
「でも……」僕はこれからどう兄と接していいかわからない。
「大丈夫、大丈夫だから」そう言って母はいつもの優しい笑顔を僕に向け兄に言う。
「ほら、お兄ちゃんも早く起きて!朝ごはんができてますからね」
「はぁい」兄は腕を伸ばしあくびをした。僕は兄と二人になるのが怖くて母にくっつきキッチンへ行く。
「お母さん……」いつまでも腕にしがみつき離れない僕に母はため息をつく。そしてなにかを決心したように言った。
「お兄ちゃんのことは忘れなさい」
「え?」
忘れられるわけがない。あんなことがあったのに。今まで生きてきた中で一番恐ろしい体験をした。兄は兄ではなかった。あんなに優しくて頼りになっていつも泣き虫の僕を励ましてくれた兄があんな怪物みたいになっちゃったのに。
「お母さん、あんなお兄ちゃん見たら忘れられないよ。もう僕お兄ちゃんと一緒にいるの、怖い……」
「そうね……」母はそう言いテーブルの上に朝ご飯を置いた。スクランブルエッグと食パンに牛乳。それに庭で母が育てているトマトが入ったサラダ。
「ねぇ、お兄ちゃんの分は?」テーブルの上を見てもそこには一人分の朝ご飯だけしか用意されていなかった。
「お兄ちゃんが下りてきたら用意するの?冷めちゃうから?」母はなにも言わず食器を洗っている。
「お母さん?」食器を洗う手が止まり水道の音も止まる。
「あなたにお兄ちゃんはいないのよ」母の突然の意味のわからない言葉に理解ができない。
「お母さんなに言ってるの?お兄ちゃんは二階にいるよ?」母はなにも言わない。それどころか
「ね、だから言ったでしょう。あなたにお兄ちゃんはいないのよ」後ろから母の声が冷たく聞こえた。
【こ】
狛犬仲良しいつも一緒。いたずらする子は許さない。離れ離れは許さない。
夜は神社を一緒に走ろう。君のことが大好きだよ。だからずっとずっとここにいて。ずっとずっと遊んでほしい。帰るおうちはないんでしょう?ここにいれば安心安全。大人になんかならないし、毎日楽しく過ごせるよ。だから帰りたいなんて泣かないで。それに帰れないのは誰のせい?いたずらしちゃった君のせい。
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