第18話 忠告
「あの……ナナレがごめんなさい。……初めまして、私はオルフェ」
傾きかけた日の光で、皆の影が長く伸びた石畳の中庭。
ラーラマリーの正面に立つオルフェが、少し高めの澄んだ声でおずおずと言った。
何故中庭かと問われれば、キースが「これ以上室内にいると、城がめちゃめちゃになります。全員外に出て!」と鬼気迫る表情で皆を追い立てたからだ。
「初めまして、オルフェ。私はラーラマリー。いつも、あなたが食事や服を作ってくれていたのよね? ありがとう」
ラーラマリーは微笑んで友好的に会話をしながらも、困惑気味に眉を下げた。
目の前のオルフェも、全く同じ表情をしている。
理由は明白だ。
ラーラマリーのすぐ隣には、ジークヴァルトが彼女を守るようにその腰を抱きぴったりと寄り添っており、反対にオルフェには、背後からその身を抱きしめ頭の上に顎を乗せたナナレがベッタリと張り付いているのだ。
さらに向かい合う二人はジロリと睨み合い、ラーラマリーとオルフェの頭の上で静かに火花を散らしている。
申し訳なさそうに縮こまるオルフェを背後から覗き込みながら、ナナレが言った。
「オルフェ、まだここにいたいのか? この森は大気中の魔力が少ない。お前が在り続けるには辛いだろう。俺の所で一緒に暮らそう。な?」
「ナナレ……さっきも言ったでしょう? 気持ちは嬉しいけど……ジークヴァルトを置いて行けないよ。彼のおかげで私がいるのに……」
オルフェの言葉に、ラーラマリーはジークヴァルトを見上げた。
「ジークのおかげって?」
「ああ──オルフェは……ただの魔力のモヤとして漂っていたあいつに、俺がリュスタールの花を魔力核にと与えて生まれた精霊なんだ。だが元々力が弱くて、花弁一枚としか融合できなかったから、自分で魔力を集められない。本当はここを離れて、ナナレと共に暮らした方がいいんだが……律儀でなかなか頑固なやつなんだ」
ジークヴァルトの説明に、側で様子を見守っていたキースが溜め息を吐きながら付け加えた。
「ナナレは、義理堅くオルフェがここに留まって、ジークヴァルト様のために働くのが気に食わないんですよ。ナナレは葉というか……遠い国にある世界樹そのものが魔力核で、長くはここにいられず、定期的にオルフェに魔力を補充しに来ているんです。今、目の前にいるナナレは、魔力だけの分身のようなものですね。毎回ジークヴァルト様と喧嘩になって城がめちゃめちゃになるので、今日こそは穏便に帰らせたかったのですが……」
言葉の最後で、キースが隣でしょんぼりしているメルナリッサに視線を向けた。
「……ごめんなさい。ナナレがあんなに怒ると思っていなくて……」
すっかり元気をなくしている彼女に、ナナレが追い打ちを掛けた。
「そうだ、メルナリッサ、てめえのせいだ。俺が人間嫌いなのはよーく知ってんだろうが。てめえのせいで、俺もオルフェもその馬鹿に殺される所だったじゃねえか」
顎で示しながらジークヴァルトを『馬鹿』と形容したナナレに、ジークヴァルトが眼差しをさらに一層冷たくした。
「おい、やめろ。お前こそラーラマリーを殺そうとしただろう。俺はまだ許していないからな」
冷ややかな金の瞳で射抜かれ、ナナレは「うぇ」と舌を出して抗議と嫌悪を表したが、オルフェがそれをやんわり嗜めたため、かなり不服そうにラーラマリーを横目で見た。
「くそ……おい、人間の娘。俺は人間が好きじゃねえ。お前らは魔力の扱い方が最悪でゲロみてえな存在だからな。だがお前は──……まあ、さっきのは確かに、俺が悪かった。許せ」
探るようにじっとラーラマリーを見つめたナナレは、何か含みのある言い方で、不遜ではあるが一応の謝罪を口にした。
(そうよね……精霊はそもそも人の前に姿を現さないものだし、ジーク達は特別のようだけど、そこに突然私みたいな知らない人間がいたら、不審がって攻撃されてもおかしくないわよね)
そう思っていると、ジークヴァルトが纏う空気が再びピリ、と重くなった気がして、ラーラマリーはすぐに言葉を返した。
「いえ、元はと言えば、私が呼ばれてもいないのに盗み見するような失礼をしたせいなので……すみませんでした」
殺されかけたというのに素直に非を認めるラーラマリーを眺め、ナナレは毒気を抜かれたようにうんざりとした表情をすると、今度はジークヴァルトに言った。
「はあ……ジークヴァルト。俺はオルフェをこき使って留めているてめえが大っ嫌いだし、てめえがここでやってる事も気に入らねえ。それに人間も嫌いだ。だが……さっきの詫びとして一つ忠告してやる」
ナナレは、オルフェをぎゅうと強く抱きしめたまま、向かい合う金の瞳をまっすぐに見据えている。
その真っ白の瞳は、それまでとは変わり真剣なものだった。
「その人間の娘は、早いところ森から追い出せ。問題が起こる前にな。いいか、忠告したからな。おい娘、わかったか。早く森から出ていけよ」
一方的にそれだけ言うと、ナナレはオルフェの顎をぐいと上向きにさせ顔を無理やり自分の方へ向けさせた。
「じゃあまたな、オルフェ──愛してるぞ」
熱の籠った甘い眼差しで優しく囁くと、ナナレは噛み付くようにオルフェの唇に自分のそれを重ねた。
「──!!」
驚き目を見開くオルフェを無視し、口付けをしたままナナレは淡く輝く白いモヤにパッと姿を変え、触れている唇からオルフェの中に染み込むように消えてしまった。
目を丸くして成り行きを見守っていたラーラマリーの横で、ジークヴァルトが呟いた。
「……魔力を全て渡して帰ったな」
まるで「いつものことだ」とでも言うようにジークヴァルト達は平然としている。
だが、呆然と空を見上げる形で固まっていたオルフェは、バッとラーラマリー達の方へ顔を向けると、泣きそうな表情でワナワナと震えた。
「ま……また、皆の前で……!!」
全員が見守る中で口付けされ、羞恥心が極限に達したオルフェは、そのまま顔を両手で覆うと、パッと最初と同じ小さな光に姿を変え、物凄い勢いで城の中へと消えてしまった。
「俺達も、中へ戻ろうか。ナナレの言った事は……別に気にしなくていい。あいつは誰に対しても、いつもあんな感じだから」
疲れた様子で肩をすくめたジークヴァルトに促され、ラーラマリーは笑って頷いた。
だが、その心の中には、先ほどのナナレの言葉が棘のように刺さっていた。
──早く森から出ていけ。
ジークヴァルト達と過ごす時間があまりに心地良く、突然浴びせられた拒絶は、ラーラマリーを現実に引き戻し気持ちを暗くした。
(私だって……できるならすぐに帰りたい。でもそれには……生贄を望んでいる花喰い竜を殺さないと……)
出て行けと言われた。
自分だって帰りたい。
家に──大好きな家族のもとに帰りたい。
だが生贄のままでは、帰ることができない。
それなら早く花喰い竜を殺したい。
でも冷静になってみれば、今の弱い自分にそれが出来ないことも嫌という程わかっている。
すぐには叶えられないそれぞれの望みに挟まれ、ラーラマリーはジークヴァルト達に気付かれないよう、ひっそりと苦い息を飲み込んだ。
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