第6話 出会い

「……あの?」


 ラーラマリーは困惑した。


 目の前に立つ人物が、驚いた表情でじっとラーラマリーを見つめたまま、まるで言葉を忘れてしまったかのように動かないのだ。


 彼女をじっと見つめる男性は、一言で例えるならば、絵画に描かれる美しい軍神のようだった。

 

 腰まで伸びた赤髪は鮮やかで、同じ真紅のまつ毛に縁取られた切れ長の目は僅かに鋭く、金の瞳が輝いている。

 鼻筋が通り、引き結ばれた形の良い薄い唇は、まだ言葉を紡ごうとはしていない。

 整った顔立ちだが、好戦的そうな野生みが感じられ、背も高い。

 

 少し長めの皮のブーツと、狩猟用に似た動きやすそうな服を纏っているが、どこか異国のもののような雰囲気で、馴染みがない意匠だ。


 ゆるく寛げられたシャツの襟元から覗く首筋や、軽く捲られた袖口から覗く太い手首と大きな手からは、鍛えられた体付きが窺える。

 伸びた背筋と堂々とした佇まいも相まって、騎士であるカイザックよりも強そうに見えた。


 お互いがまじまじと相手を見つめ、暫く二人の間に沈黙が流れたが、ようやく赤髪の男が「信じられない」とでも言うように、ラーラマリーから少しも視線を動かすことなく、困惑の表情を浮かべ静かに言った。


「……俺は、ジークヴァルトだ。お前は──」


「私はラーラマリーです。ラーラマリー・コルタヴィア。先程は助けて頂きありがとうございました。でも、竜の森にだなんて、思いもしませんでした。あなたはどうしてここに? いつからいるんですか?」


 これからずっと一人きりだと思っていた森で人に会うことができたラーラマリーは、パッと目を輝かせた。

 ジークヴァルトが返事をしてくれたことが嬉しくて、ずいと彼に近づくと、興奮のまま早口で一気に言った。


 その様子にジークヴァルトはさらに戸惑ったようで、眉根を寄せてじりと僅かに身を引いた。


「ここには…………。俺は……ここののようなものだ」


 答えながらも、その金の瞳には驚きが滲んだままだ。

 ラーラマリーは言葉を重ねた。


「そうなんですね。私は、んです。どこにいるかご存知ですか? ずっと森にいるって事は、見た事があるんですよね? やっぱり……強くて恐ろしいですか?」


 生贄として来たことは、ジークヴァルトには秘密にする事にした。

 会ってすぐの相手に同情されるのは嫌だったし、竜に命を差し出すつもりもないからだ。

 

 ラーラマリーに矢継ぎ早に質問されたジークヴァルトは、質問には答えず、彼女の言葉をそのまま返した。


「花喰い竜を……殺しにきただと?」


 なおも驚いている彼に、ラーラマリーは頷いた。


「はい、そうです!」


 さらに距離を詰めるラーラマリーの力強く輝く水色の瞳をじっと見つめ、ジークヴァルトは何かを探るように慎重に呟いた。


「お前は…………?」


 ジークヴァルトの金の瞳に、僅かにように見えたが、ラーラマリーは気にせず語気を強めた。


「物凄く怖いですよ! 当たり前じゃないですか! でも絶対に倒したいんです。何か知っている事があれば、何でもいいので教えて下さい!」


 真剣な表情で詰め寄るラーラマリーとじっと見つめ合い、そして突然、ジークヴァルトはクシャリと破顔すると、大きな声で笑い出した。


「は……ははっ! 竜を倒すだって? ふ……ふふふ」


「な……! わ、笑わないで下さい! 私は本気なんです!」


 豪快に笑い声を上げるジークヴァルトに、ラーラマリーは顔を赤くして抗議した。

 目尻に僅かに涙まで滲ませて笑うジークヴァルトは、嬉しそうに片手で口元を押さえながら目を細めて彼女を眺めた。


「ラーラマリー……だったか? お前、そんな剣で竜を倒せると本気で思っているのか? しかもどう見ても、握るのも初めてって感じだろう」


 笑いを噛み殺しながら手に持つ短剣と顔を見比べられ、ラーラマリーはカッと顔が熱くなった。


「初めてじゃないです! 兎や鶏なら捌いたこともありますし、竜だって同じよ!」


「へえ。その辺の肉と竜が同じだって? ふふ……じゃあ、どれ程の腕前か見てやるよ。ちょっと俺に切り掛かってみろ」


 楽しそうに「さあ、どうぞ」と両手を無防備に広げられ、カチンときたラーラマリーは両手でジークヴァルトに向かって剣を構えた。


「け……怪我しても知りませんからね」


 腹を立てたラーラマリーは、挑発にのりジークヴァルトに向かって走り出した。

 両手で握った剣を大きく振り上げ、そのまま彼に向かって振り下ろそうと腕に力を込める。


 だがその瞬間、余裕そうな笑みのジークヴァルトに片手で両手首を掴まれ、まるでダンスのターンでもするように、ラーラマリーはくるりと体の向きを変えられる。


 そして彼はそのまま、後ろから抱きしめるように彼女を捕らえると、くすくすと笑いながら優しく剣を奪い取った。


 ラーラマリーの耳元で、低い穏やかな声が響く。


「ほらな。これじゃ無理だ。無駄な動きが多すぎる」


 あやすように言われ、ラーラマリーは首まで朱に染めて顔だけ振り向かせると、涙の滲む瞳できっとジークヴァルトを睨んだ。


「返して下さい!」


 抗議したが、両手を掴まれたままのラーラマリーはどうすることもできない。


 ジークヴァルトは、まるで幼子から遠ざけるように短剣を彼女から離して掲げ、微笑んだ。


「駄目だ。お前が持っていても危ないだけだからな。これは俺が預かる」


「そんな……! それがないと、私はどうやって……」


 唯一の武器を奪われ不安げな表情をしたラーラマリーをしげしげと眺め、ジークヴァルトが楽しそうに言う。


「これだけ。……面白い。よし、決めた。


 そう言ってニッと歯を見せて笑うと、ジークヴァルトは奪った剥き出しの短剣をしっかりと持ち直し、優しく拘束していた手を離すと、一瞬でラーラマリーの膝の後ろに腕を滑り込ませ、ひょいと片手で彼女を抱き上げた。


「きゃあ!」


 急に抱き上げられ、叫び声と同時にラーラマリーはジークヴァルトの首に抱きついた。


「そのまましっかり掴まっていろ。ああ、舌を噛まないように口を閉じていた方がいいぞ」


 そう言って、ジークヴァルトはラーラマリーを片手で抱えたまま大きく蹲み込んだかと思うと、グッと足に力を込めて目の前の太い木の幹に向かって思いっきり跳躍した。


「なっ……! きゃあ!!」


 驚いて悲鳴を漏らすラーラマリーに構うことなく、口端を上げたままのジークヴァルトは、勢いを利用して幹を駆け上り、途中でグルンと体を捻ると、太い枝の上でもう一度グッと脚に力を込め跳んだ。

 

 木々の間を跳び移りながら、物凄いスピードで森の中を駆け抜けていく。

 時折目の前に急に現れる細い枝は、片手で握るラーラマリーの剣で、立ち止まることなく薙ぎ払うように切り落とした。


「あー、面倒だな」


 何度目かの枝を切り落とした後、ジークヴァルトは呟くと、その途端、今度は上に向かって高く跳躍し、一気に木の上へと駆け上った。

 

 ザザザと葉が揺れる音が静まると同時に、ふわりと体を押し付けていた重力が緩み、視界が開けた。

 ラーラマリーの頬を上空の冷たい風が撫でる。

 

 ギュッと固く閉じていた目を開くと、ラーラマリーは思わず息を漏らした。


「わ……あ……」


 高い高い木の一番上、横に伸びた枝の上に器用に立つジークヴァルトにしがみついたままのラーラマリーの瞳に映ったのは、まるで緑の絨毯のようにどこまでも続く、広大な竜の森だった。


 遥か遠くに、尖った屋根がいくつも並んだ、石造りの建物が見える。


(あれは……お城?)


 目を細めてよく見ようとしたが、それは叶わなかった。


 ジークヴァルトが枝の反動を利用して、そのままさらに遠くの木に向かって一気に跳んだのだ。


「きゃああああーーーー!!」


 内臓を鷲掴みにされたような浮遊感と、まるで空に放り出されたような恐怖がどっとラーラマリーを襲い、可哀想な彼女の意識は、そこで途切れた。


 

 


 

 

 

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