2

それ以来、雨飼さんは仕事中以外はやたらと僕に構ってくるようになった。

入社歴は後輩とはいえ年上かつ社会人としての歴は雨飼さんのほうが先輩であるからなのか割と早い段階で僕に当たり前のようにタメ口をきいてくる。とはいえその方が気が楽ではあるのだけれど。


昼休み、人もまばらな屋上のベンチで僕と雨飼さんは取り留めもない話をしていた。

「なんなんですか、あの万華鏡。本当に体調を崩さなくなったんですけど。」

ホットの缶コーヒーで暖を取りながら僕は訊いた。

「プラシーボ効果、或いは言霊のようなものだと思って貰えたらいい。」

タバコをふかしながら雨飼さんは言った。雨飼さんは喫煙者で、よくわからない銘柄のタバコを吸っている。そもそも非喫煙者の僕はタバコの銘柄なんて詳しくないのだが、雨飼さんの吸うタバコの煙はどういうわけだか嫌な匂いがしないのだった。

「人間は認識の檻の中にいる。そのようにしか世界に触れることが出来ないんだ。催眠術やなんかはその認識をちょっと弄ってやったりするから、苦手なセロリが食べられるようになったり、カラシ入りのシュークリームをおいしく食べられたりする。そう思えばそうなるんだよ。」

「そういうものでしょうか。」

正直半信半疑だった。

「例えば、部屋でリモコンが見つからないとか、鍵やメガネをいくら探しても見つからないとか、そういうときに探したはずの場所から後で普通に出てきたりするだろ。そこにあるものを認識出来ていないというのは日常的にある。僕らのやってる仕事はその逆。『見えすぎる』ことを利用して、敢えて認識をマスキングしてる。」

「なるほど。」

「UFOやおばけがその辺にうじゃうじゃいたら困るからね。『アレ』もそうだ。健全な社会活動が営まれるためには見えなくする必要がある。」

今まで特に自分の仕事について考えたことはなかったが、そういった意義があるのか。給料を貰うことしか考えていなかった。


「そういえば、雨飼さんは僕に万華鏡を渡して大丈夫なんですか。」

「大丈夫じゃないのに人にはあげないよ。僕は自己犠牲というやつが嫌いでね。自分がいちばんかわいい。」

「かわいい、、、」

雨飼さんと『かわいい』という言葉が上手く結びつかなくて、そういう意味でないことは頭では解っていても僕はなんだかおかしくて笑ってしまった。

「何。」

「なんでもないです。」

「変なの。ま、いいや。僕にはこれがあるから。」

雨飼さんは右のポケットから何か出した。

手のひらにすっぽりと収まってしまうサイズの、ガラス玉のように見えたそれはスノードームだった。中身には雪を模した白い砂のようなものが入っていたが、雪だるまの人形や、エッフェル塔や、サンタクロースや、お菓子の家は入っていなかった。

雪だけが降るスノードーム。そんなものは見た事がない。

「変わった、、、スノードームですか、それは。」

雨飼さんは薄くかかった雲越しの白い太陽にそれを翳した。

「あぁ。雪だけが降るんだ。雪に見えれば、これは雪だよ。実はこれは失敗作なんだ。」

「中に、人形を入れ忘れたってことですか。」

「いや、知り合いに、人工的に幽霊を固定する装置を研究している人がいてね。これはその失敗作。この雪に見えるのは、、、まぁ、いいか。雪。雪だよ。」

何か意味深な言い方だったが、僕はそれをわざわざ追求しなかった。

そうしているうちに昼休みの終わりを告げるサイレンが鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る