ドワーフロボティクス 〜転生ロボット研究者、科学と魔法で世界を紐解く〜

波白雲

第1部前編:転生編

第1話:分析

「先生! ロボットが動きました!」

「マジか!」


 僕はドアを勢いよく開け、大声で最高の報せを告げた。

 ここは大学、先生の居室。

 奥の椅子に座っていた先生が、作業を中断してこっちに来る。

 満面の笑みだ。


 時刻は午前9時30分。

 冬の寒さに廊下は冷え切っているが、興奮している僕はちょっと暑い。


 僕は先生と並んで廊下を歩き出し、簡単な報告をしながら実験室へと向かう。

 愛するロボットが待つ、実験室へ。

 つい数時間前までは言う事を聞かない、ただ憎い存在だったのに、今は愛おしくて仕方がない。

 恋は突然に始まるという噂は本当だったようだ。

 ……そうだ、この結果を論文にしたら、結婚しよう。

 今年で僕も29歳。研究員になって僅か数年で偉業を達成したのだ。

 そろそろ身を固めてもいいだろう。


「……なるほど、確かに理論通りの結果のようですね。素晴らしい」


 僕が舞い上がっているうちに、僕の口はちゃんと報告を終えていたようだ。

 先生の口調は社会人らしく戻っていた。

 先生は確か、今年で36歳。

 ロボット分野の准教授としては若い方だ。

 ご結婚はされないのだろうか……?

 そういえば、先生からはご家族の話を聞いたことがない。


「はい。……それでは起動しますので、少々お待ちください」


 ちょうど到着した実験室のドアを開けながらそう言うと、僕は愛するジュリエットの側に寄り、近くの装置に電源を入れる。

 ジュリエットとは、僕と先生が作ったロボットの名だ。今決めた。

 中性的な体型で、腕を六本もつ人型ロボットヒューマノイドである。

 そういった用途ではないので、体の膨らみは表現してない。


「準備ができました。それでは動かします」


 先生が頷くのを確認し、キーボードでコマンドを入力する。

 ジュリエットが目覚めた。


「それでは先生、音声コマンドをどうぞ」

「分かりました。……では、ロボットアルファ、この部屋の片付けをお願いします」


 ……ジュリエットです。

 先生の音声を聞くと、ロボットアルファことジュリエットは、即座に行動を開始した。

 六本の腕を滑らかに素早く、しかし人間とはどこか違う動作で駆使し、あっという間に僕が徹夜で散らかした実験室を片付けた。


「おぉっ……」


 先生の口から感嘆の声が漏れる。


「素晴らしい! いやー、成功おめでとう!! ……これは間違いなく良い論文になりますね。休んだ後で結構ですので、早速取り掛かりましょう」

「すでに大半を書き終えていますので、実験結果を分析したら、すぐに送ります。」

「え? 天才か? ……あ、いえ……分かりました。そういうことでしたら、実験結果への感想もコメントに書きましょう。くれぐれも、無理はしないように」


 そう言うと、先生は笑顔で自室へ戻っていった。

 僕は天才ではない。

 むしろ天才は先生の方である。ネーミングセンスはアレだが。

 しかし先生も、特に意味があって言ったわけではないだろう。

 興奮したときに出る、いつものちょっと古いリアクションだ。


 ……天才かどうかはどうでもいいが、僕は先生を尊敬している。

 口調や振る舞いが似てしまうほどに。

 今回の成果だって、僕が最初にアイデアを話したときは、ここまで洗練された理論になるとは思っていなかった。

 先生と夢中で議論しているうちに今の形になったのだ。

 先生との合作である今回の論文は、きっと僕の一生の宝になるだろう。


「よし、やるぞ!」


 僕は気合で眠気を吹き飛ばし、文書ファイルを開いた。


   ◇


「……ふう」


 論文データを先生に送信し、僕は一息つく。

 ……もう18時か。思っていたよりも時間がかかってしまった。

 先生に確認してもらっているうちに、家で仮眠でもしようかな。


『一度、帰宅して仮眠を取ってきます』


 研究室内の簡単な連絡に使っているチャットで先生に伝えると、すぐに返事がきた。


『分かりました。コメントは日付が変わるまでに返しますが、司曜しようさんは朝までしっかり休息を取るのがいいでしょう。いい論文を書くには体調を整えることが重要です』


「……おっしゃるとぉーりっ!」


 ……突然の大声すまない。

 この部屋には僕しかいないのだから、許してほしい。

 今日の予定が決まった僕は、徹夜明けのおかしなテンションのまま、家路についた。


   ◇


 次の日の朝4時。

 僕は大学の廊下を歩いていた。

 早く目が覚めてしまったのだ。

 すでにコメントが届いていると思うと、ワクワクして歩くペースが上がる。

 自分の論文にコメントされることを嫌う学生もいるようだが、僕はむしろ好きだ。

 特に、先生のコメントはいつも建設的で、『論文を一緒に良くするぞ!』という気迫が伝わってくる。


 実験室に向かう途中には先生の居室がある。

 灯りがついていた。

 もしかして、まだコメント中なのだろうか?

 先生も本気ということだ。

 こりゃあ、真っ赤になった原稿が届くぞ……!

 僕はさらにウキウキして実験室に向かった。ちょっとマゾっけがあるとよく言われる。


   ◇


 ……おかしい。

 時刻は午前10時。先生からのコメントはまだ届かない。

 時間がかかっているとしても、いつもの先生なら一言連絡があるはずだ。

 チャットを送ってみようか……?

 いや、なんだか催促するようで気が引ける。

 そうだ! 部屋には居るようだし、朝の挨拶がてら、状況を訊いてみよう!

 実験室と先生の居室はそう遠くない。

 僕は無意識のうちに走り出し、すぐに目的地に着いた。

 やはり灯りはついている。


 コンコンコンッ……

「先生、おはようございます。入っても良いでしょうか?」


 昨日は興奮していきなりドアを開けてしまったが、ノックするのが普通だ。

 僕はなぜか焦る気持ちを抑え、意識的に落ち着いた声を出した。

 ……返事はない。

 電灯をつけたまま帰宅したのだろうか?

 いや、すでに勤務時間である。

 何の連絡もないのはおかしい。

 ドアノブに手をかけ、開けようと——開かない。

 鍵がかかっている。

 先生は在室中、鍵をかけない。胸騒ぎをはっきりと感じる。


 僕は全力で実験室へ走り出した。

 以前、先生の出張中に資料が必要になり、合鍵をもらっていた。

 実験デスクの鍵付き棚にあるはず……!

 僕は合鍵を取り出し、再び全力で先生の居室に走った。


 手が震えてなかなか合鍵が入らない。

 なんでこんなに慌てるんだ?


 ガチャッ……!


 ……その部屋に、僕が待ち望んだ真っ赤な論文は、なかった。


 しかし、真っ赤なものは床にあった。


 何がなんだか、分からなかった。


「…………土公どこう……先生……?」


 しばらく立ちすくみ、ようやく事態を理解した。

 僕が尊敬する先生は、背中から大量の血を流し、すでにこの世を去っていたのだ。


   ◇◇◇


 目を開けると、ぼやけた視界が広がった。

 眠っていたみたいだ。

 いつの間にか寝ちゃってたか……。

 ……茶色い仮眠室……? どこで寝たんだっけ……?

 ……とりあえず、メガネだな。メガネメガネ……。


「あなた! 起きたわ……っ」

「おおっ! ……なにやら早速、手ェ動かしちょるな! ……どれ……」


 私の手は、とても太い……指?を掴んだ。

 触覚もいまいちはっきりしない。

 ……今の声は誰だ……?

 まだ意識もぼんやりしている。


「ガッハッハ! 力強い! さすがワシの子だな!」

「ええ、とっても元気そう」


 やたらでかい声と、とても落ち着く声が聞こえる。

 声の主を探そうにも、首に上手く力が入らない。

 なんとなく、そのままにぎにぎしていると、目の前にとても大きな顔が近づいてきた。

 ……! 巨人……!?

 やや丸顔で立派なヒゲの強面は、なんとも締まりのない顔で私を覗き込んでいる。

 よく見ると巨人というほどは大きくない。

 そういう類で言えば、ドワーフのイメージがこんな感じだったか……。

 不思議と怖くない。


「よし! 決めたぞ! こやつの名はドコウだ! ドワーフ族の族長ドームの息子、ドコウ! ……ど、どうだ……?」

「あら、やっと思いついたのね。ふふっ……ええ、すごく良い名だと思うわ……! ……よろしくね、ドコウ……」


 頭をそっと撫でられる、優しい感触。

 確かに私の名は土公どこうだが、『決めた』……?

 それに今、本当にドワーフと言ったか……?

 ……落ち着こう。

 考えるためには、まず状況整理だ。


 …

 ……

 ……ぶん! せき! かん! りょう!

 …………ふざけようと思っても気分がノッてこない。

 しかし、ふざけたくもなる。

 この状況は、どう考えても赤子と父の対面、そして名付けのシーンだ。

 そして明らかに私の視点は、その赤子。

 夢か……? それにしてはリアル。

 徐々に意識がはっきりしてくるほど、リアルさは増した。


 ……やはり、何度考え直しても結論は変わらない。

 とても信じられないが……。

 どうやら私は、ドワーフの赤子、ドコウとして生きているらしい……。

 ……自分が導いた非現実的な結論に、実感は湧かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る