【神骸戦線】終末世界に転生した自称殺し屋、遊び半分で暗躍していたら秘密結社の首領になっていた

霊山

第一章

プロローグ

最強=ハゲ=ハードボイルド

 幼い頃、父と映画を観た。

 スキンヘッドの元特殊部隊員が殺し屋として暴れるハリウッド映画だ。


 僕は言った。


「あの男には一切無駄がない! 服も、力も、髪さえも!」


 黒スーツに身を包んだスキンヘッドのハリウッドスター。

 彼の姿がなによりも熱く映った。


「つるりと輝く頭頂部! あれこそが、スタイリッシュでハードボイルドな『最強の冠』なんだ!!」

「ははは、まあ確かにハリウッドスターはスキンヘッドが多いよな」


 笑いながら頭を撫でる父に、僕は輝く瞳を向けた。

 そして続けてこうも言った。


「最強になった男は自然と髪が抜けるんだ! だから父さんは最強だ!!」

「はっはっはっ!!……それは俺がハゲだって言いたいのか?」


 そう笑いあった父は、僕の夢を見届けることなく死んでしまった。


 糖尿病だ。


 副葬品である「イチゴジュース2L」を前に、僕は思った。


 ――もし僕が主人公なら、父は死ななかったのだろうか、と。


 僕が憧れる殺し屋は、いつもハッピーエンドを迎える。

 どんな敵も薙ぎ倒すし、どんな困難も筋肉で解決する。


 そして何よりも、絶対に余裕を崩さず、いつだってハードボイルドな魅力を放っているのだ。


 だから鍛えた。


 精神を鍛え、技を鍛え、肉体を鍛えた。


 狂気を超えた修行の果て僕はついに――


 糖尿病の遺伝という大きな壁を粉砕した。


 僕は運命を乗り越えた。

 それは喜ばしいことだ。


 だが、僕の髪は『ふさふさ』なままだった。


 どれほど極限まで心身を鍛え、理不尽に傷つく人々をスタイリッシュに救い、強敵を打ち倒そうとも――鏡に映る強固な毛根は応えてくれなかった。


 そんな僕だが、結局”運命”というものには抗えなかったらしい。


 気づいたらお腹に生えていた包丁が、僕の人生に終焉をもたらしていた。


 なんのことはない。

 僕は幽霊に敗北したのだ。

 死の間際、「あなたが悪いのよ……私以外の――」とか聞こえてきたから間違いない。


 『最強の冠』を求めた僕の人生は、こうしてあっけなく終わりを迎えた。



 ……それでも、僕は誰よりも信仰心が深かった。


 朝も昼も夜も、眠っている時でさえも、僕はスキンヘッドに祈った。


 必ず、最強の殺し屋になると。


 果たして神は――応えてくれた。

 気づいたら赤子の姿になっていたのだ。


 だから誓った。


 生まれ変わったこの世界で、”運命”という墓場を、筋肉で爆砕してやることを。



 ♢    ♢    ♢



 くだらない回想で現実逃避していた思考を引き戻す。


 現在高度およそ”けっこう高い”。地上が霞んで見えるほどの大空である。足元で輝く太陽が非常に眩しい。


「お兄ちゃーーーーんっ!」


 と、マシロがいい笑顔で叫んだ。

 落下に伴う風の音が耳元でゴウゴウと吹きすさぶ中、僕と同じく高速落下中の彼女は、随分と愉快な装いをしていた。

 

 ずばりパジャマである。


「ごめーーーーーーーんっ!!」


 遅くない? と僕は思った。

 十秒。約十秒で、僕たちは”ルイナ”という災害に吞み込まれる。


 頭上に広がるのは”白”に塗りつぶされた廃都。

 腐った神の悪臭と、生物を根源的恐怖に陥れる悍ましい気配がせり上がってくる。

 ひとたび踏み入れば数時間と持たずバケモノに成るという、クソ食らえな死の領域だ。


 そんな絶望の真っ只中に、僕は丸腰で放り出されている。

 こんなにも心の底からパラシュートが恋しいと思ったのは生まれて初めてである。


 それもこれも――


「んく、んく……ぷはーーーっ! 翼を授ける!!」


 ……大空を落下しながらエナジードリンクをキメる、隣の妹のせいだ。


 わずか数分前。

「空間跳躍装置完成したから跳ぼう!!」と満面の笑みで迫ってきた彼女に対し、僕は「天才だね。よし行こう」と返した。


 その結果。

 裸一貫スカイダイビングである。

 しかも落下地点は死の領域。


 泣けてくるね。


「お兄ちゃーーーーーーんっ!」


 ただ、まあ……なんだ。


「楽しみだねーーーーーーっ!!」

「ああ……まったくだ」


 この愉快な世界では、割と平常運転だったりする。



 僕の今世の名前はレン。齢18歳。

 趣味は鍛錬。好みはハードボイルド。特徴は虚弱体質。嫌いなものは運命。

 生まれた都市が五年前に崩壊し、現在進行で人類最後の都市へ向けダイナミック不法侵入真っ只中の一般人だ。


 ――終わってるよ、この世界。



「そうだ。マシロ、鏡」

「はいよーーーー!!」


 頭から真っ逆さまに落下しながら、宙に放り出された手鏡を掴む。

 確認するのは生え際。吹きすさぶ風で髪が張り付いてくるから見づらくて大変結構。


 とはいえ見なくともわかる。


「……やはり、まだ応えてくれないか」


 今日も僕の毛根は死んでいない。

 スタイリッシュ裸一貫スカイダイビングでは、全くダメだったらしい。


 だが構わない。


 僕が憧れた殺し屋は、終末世界であろうと立ち止まらないからだ。

 神に見放され、運命に唾を吐きかけられようと、その身一つでハードボイルドに人々を救うだろう。


 僕は決して諦めない。

 たとえ万人に嗤われようとも、必ず――



 ……神々すらをも、唯一神スキンヘッドに捧げてみせよう。



「あ、やば、なんか落下地点にいるっぽい」

「そのようだね」


 そのためにも、身だしなみに妥協は許されない。

 僕はネクタイを締め、一張羅の黒スーツに皺ひとつないことを確認する。


 眼前にまで迫った地面。

 衝突の直前で体を反転させ、足から着地。

 轟音と何かがショートした機械音。不協和音の一切を無視し、土煙の向こう側――抜き身の刃のような殺気をまき散らす主へ向け、……とりあえず、適当ぶっこいた。


「お前か? 僕を呼んだのは」


 応答は、空間を断つ斬撃だった。


「――死ね」

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2025年12月30日 17:05
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【神骸戦線】終末世界に転生した自称殺し屋、遊び半分で暗躍していたら秘密結社の首領になっていた 霊山 @REIZAN

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