第36話

「亮平! どういうつもり!?」


 帰り道。

 俺の右腕に腕を絡めてギュッと抱きつく里香が、口を尖らせて尋ねてくる。

 背丈の関係で上目づかいになっており、怒っているのだろうが、子供が拗ねているようであまり迫力はない。

 ……が、本人に言えば火に油を注ぐのは目に見えているので余計なことは言わないでおく。


「うん。なんでまだ園原先輩と話をしないといけないのか分からないんだけど」


 左腕には翔子が同じように抱きつき、目つきを鋭くして言い募る。

 まるで逃がさないと言わんばかりの力に、里香とは違い、可愛さのない本気の怒りがにじみ出ている。


 二人が穏やかじゃない理由は明白だ。

 今日、園原先輩からオファーされた校内新聞の記事について。

ヒートアップした里香と翔子の仲裁に入ったつもりが、二人から怒りを買ってしまったようだ。


 先輩が席を立ち、いなくなるのを待っていると、すぐに予鈴が鳴ってしまい、まともに話ができないまま昼休みは二人と解散した。

 放課後まで話せなかったせいで、今こうして帰路で左右から圧をかけられている。


 時間が空いた分、少しは冷静になってくれると思ったのだが……どうやら誤解されたままらしい。


「初めに言っておくが、別に先輩に記事を書いて欲しいから時間を取ろうとしたわけじゃないぞ」

「「え? そうなの?」」

「……やっぱり二人ともそう思っていたのか」


 勘違いをされている気はしていたが、案の定だった。

 俺が記事を書いて欲しいと思っていたと誤解していたようで、二人ともきょとんとした顔で目をぱちくりとしている。


「俺がそんな目立ちたがりに見えるか? 人前に出ることすら進んでやったことないんだぞ」

「いや、高校デビュー? っていうのをしたいのかなって」

「女子にモテてハーレムだー! みたいな事を考えてるのかと」

「お前ら、俺を何だと思ってるんだ……」


 十数年以上ほぼ家族同然に過ごしてきたのに、この言われように、涙を禁じ得ない。

 若干ショックを受けていると――。


「……い、嫌だな~。ジョークだよジョーク!」

「亮平はかっこいいから心配しちゃったよー」


 あからさまなフォローが入り、さらにショックが増す。

 笑って誤魔化そうとする二人へ、俺は不機嫌そうな顔を作り、意趣返しをおこないながら、しばらく無言で歩いた。


 そうして、やはりというべきか、空気を変えるように翔子が口を開く。


「でも…………なんで明日また時間を取るようなことにしたの?」


 その問いに、俺は一度考える。

 実際は二人のためを思っての行動だが、それを言えば怒られそうだ。

 余計なお節介だと言われかねない。

 正直に言う必要はない。誤解されない程度の理由を探す。


 時間はない。口ごもれば「やっぱり記事を書いて欲しいんでしょ?」と言われかねない。


 一瞬で最適解を絞り出し、できるだけ本心っぽく感情を乗せて言う。


「いやー。もっと先輩と話をしてみたいなって!」


「「は?」」


 さっきより空気悪くなった。

 低く重い声色に、両腕が引きちぎれそうなほどの力で、俺は引きずられるように帰宅した。


「……ごめんなさい」

 床の上、正座している俺の前に、仁王立ちで睨む里香と、無表情の翔子が正面から見下ろす。

 玄関に入ると、問答無用で俺はリビングへと連れていかれ、着替える間もなくこの態勢である。


「なーにが先輩ともっと話がしたいよっ!」

「亮平、悪い子はダメだよ?」


 家に帰ってからもう十分近く、俺はこの姿勢のまま二人から怒りのお説教を受けていると、どうやら俺の「先輩と話をしたい」発言が、「先輩と仲良くなりたい」と解釈されてしまったらしい。

 まぁ、言ってから誤解されそうだなと気づいたけど、後の祭りだった。


 ただ、反論したいところもある。

 そもそもは、二人が先輩へ強い態度をとってしまったため、その報復行為などをされないように、ご機嫌伺いをすることが目的だ。

 つまるところ、明日先輩と話をする理由が「もっと話したい」なんてものは、実際には嘘であり、俺自身も関わり合いになりたくない、というのが本音なので、これ以上あれこれ言っても誤解を招く可能性の方が高い。

 結局、本当の理由を話すしかこの状況を打開する方法はないのだが。しかし、今さら「二人の評判を下げないため」と言っても、納得してもらえるかどうか……悩ましい。


 悩んでいるうちに脚が痺れ、可及的速やかに解決しようと必死に言葉を重ね、それでもさらに数十分正座をするはめになった。

 二人は簡単には矛を収める様子がない。よほど頭にきているらしい。


 そろそろ正座も限界が近い。俺はなりふり構わずこの状況を打破するために動くしかなかった。

 ご機嫌を取るために許可を得て、晩御飯は二人の好物を作り、食卓に並べる。

 食べ物で釣って、少し機嫌が良くなったところで、俺は素直に彼女たちへ考えを述べた。

 そこまで気にする必要はないと言われながらも、二人が大切だからと気持ちを伝えて、やっと――許してもらえたのだった。

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