第17話
「うんうん。仲いいのは良いことだ」
木戸が適当な相槌を打つが、楓はむっとしたように眉を釣り上げる。
「ごまかさないで。――で、なんでなの?」
「いやー、飽きちゃって」
「ほんとに? あんなに楽しそうにしてたのに」
「ほんとほんと」
木戸が指先でちょいちょいと教室の方を指す。
その仕草に促され、俺たちは再び歩き出す。
「何気に遠いよな。俺たちの教室」
教室までは距離がある。その間、しばらく沈黙が続いてしまい、耐えられなくなった俺は適当に話題を振った。
「まぁ一番奥だからな。二・三年よりはマシだろ」
「まぁ……たしかに」
学校の構造上、食堂や体育館は一階の一組側。
六組の俺たちは、他クラスの前を横切って廊下の最奥まで行かなくてはならない。
「不便なのは否定できないよね」
楓も同意しつつも、まだ部活の件で完全に納得していないのか、時折不満げな視線を木戸へ向けていた。
三人でぶつぶつ文句を言いながら、クラス最後尾で教室に到着する。
楓の席は教室ちょうど中央辺りらしく、一度は自席へ向かったものの――
まだガヤガヤと騒がしい教室内を見て、照れ臭そうに、また俺たちのところへ戻ってきた。
「なんか……まだ席に着く雰囲気じゃないみたいだし、お話しよ」
丈の余った制服の袖から指先だけを出し、照れ笑いを浮かべる――男子。
「なんだ? 寂しくなっちゃったか?」
「瞬くん! からかわないで!」
「頭ナデナデしてやろうか?」
「やーめーろー!」
……なんだこいつら。イチャイチャしやがって。
……ちょっと羨ましい。
「そういえば、二人が朝一緒にいた時は他の生徒もいたよな? あの人たちは?」
「や、やめてって! ん? あぁ、みんな他のクラスだよ! 瞬くんとぼくが同じクラスって知らなかったらしくて、ぼくのことが心配で様子見に来てくれたんだ~」
楓は頬をわずかに膨らませながら、不満げに続ける。
「不当に子ども扱いされるんだよ! ムカつく!」
すると、そのぷくっとしたほっぺを、木戸が容赦なくムニムニと揉みしだいた。
「こーら。あいつらはお前を心配してくれてるんだから、そんなこと言わないの」
「わ、わきゃってりゅ〜……てをはにゃちぇ〜……」
やわらかく変形していく頬に、思わず視線を奪われる。
……何を見せられてるんだ俺は。なんだこの感情。
けど――まあいい。
ひとりぼっちで一年を過ごさなくて済みそうだと、俺は心の底からホッとした。
***
帰宅すると、玄関には既に二人のローファーが並んでいた。
廊下を抜けてリビングを覗くと、制服姿のままくつろぐ里香と翔子の姿。
クッションに腰を下ろしてスマホを見ている翔子。
クッションを枕に、うつ伏せで寝転がっている里香。
まだ二日目だからか、二人の制服姿には妙な違和感がある。
まあそれは、二人が俺に対して感じているのと同じだろうが。
「おかえりー」「……おかえり」
翔子の声に少し遅れて、里香の声が重なる。
声色にはまだ複雑な感情が混じっているが、それでも“おかえり”と言ってくれるあたり、機嫌は多少マシになったようだ。
「ただいま。二人とも早かったんだな」
「うん。どっかの誰かさんが早く亮平に会いたかったみたいだから」
翔子が意味深げに里香へ視線を向ける。
肩をビクリと跳ねさせた里香が、顔を赤らめながら翔子と俺を交互に見る。
「ちょっ! 余計なこと言わないで!」
「えー? 私は“誰が”とかは言ってないけどー?」
「――――ッ! 翔子ちゃんもう黙ってて!」
にまにまと笑う翔子に、里香は羞恥と怒りを混ぜた表情を向けていた。
傍から見ていると親に反抗する子どもの図の様だ。
昔から似たような構図をよく見るが、普段の仲が良いだけに、こうしたやり取りは見ていて微笑ましい気持ちになる……まぁ、今回はその原因が俺らしいが。
それでも、自然と笑みが漏れてしまった。
「なーに、笑ってんの!?」
「ご、ごめん!」
「こらこら、亮平に嚙みつかないの~」
頬が緩んでいたのがバレてしまい、里香から標的にされてしまった。
これ以上逆なでさせないように、なるべく真顔に戻そうと苦労していると、今日の翔子はどうやら里香をイジメたい日のようで、わざわざ火に油を注ぐように里香を煽る。
「翔子ちゃん、ニマニマするの禁止!」
「えー? でもそもそもの原因は亮平じゃない~?」
吠える里香に、翔子はニヤリと意地悪い笑みを浮かべて、俺の方へと視線を向けた。
翔子の一言と、翔子の視線に釣られるように、里香の視線もこちらに向く。
「里香ちゃん、寂しいんだってさ~」
翔子が含み笑いを浮かべながら言った。
「そりゃ、悪かったな」
「……本当に悪いと思ってる?」
どう返答するのが正解なのか。
取り合えず謝罪をしておくと、それに噛みついてきたのは里香だった。
「思ってるよ」
「なら誠意のひとつでも見せてもらいたいんだけど?」
「……誠意って、何をしろっていうんだよ?」
俺が困惑して問い返すと、里香はうつ伏せの姿勢から上体を起こし、背中にかかっていた髪を手ぐしで前へと流した。
「とりあえず、肩揉んで」
「……は?」
「学校で亮平と会えなくてつらいんだけど! 文句あるの!?」
「い、いや、ないけど」
顔を赤くして抗議する里香に、俺は観念して肩に手を置く。
指を押し込むと、思いのほか固くて驚いた。
「結構凝ってるな」
「ふふん。そうでしょ? 意外と大変なのよ、わたしも」
「へいへい。ゴクロウサマデス」
「……馬鹿にしてない?」
「してないしてない」
首を捻りジト目を向けてきた里香の頭を掴み正面を向かせ、続けて肩から首元へと流すようにマッサージを進める。
制服で隠れている肩。襟から露わになる里香のうなじ。
毛穴一つ見当たらない、白い肌。
そこへ俺は躊躇なく両手の親指を駆使して首筋を揉みほくしていく。
「おー。効くね~」
「気持ちいか?」
「きもちぃ~」
甘く蕩けるような声色。里香から時折漏れ出る息遣いに、少しいやらしい気分を抱きながらも、肩と首筋をマッサージをし続ける。
どれくらいで解放してもらえるだろうか。そんなことを考えながら数分ほど続けていると、俺の背後に翔子が近づいて来る気配があった。
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