第17章 — 血の見出し
朝はサイレンとざわめきで始まった。
リョクが工場に入ると、
タケダが携帯ラジオの前に立ち尽くしていた。
緊張した顔。
油に汚れた手がわずかに震えている。
「これ、聞いたか?」
タケダは顔を向けずに言った。
ラジオはノイズを吐き、
その後、記者の冷たい声が流れる。
「ゾーン・モルタ(死区)で悲劇。
違法レースの衝突事故で二名死亡、四名重傷。
犯人のドライバーは高速で逃走したとの証言も。」
リョクは凍りついた。
空気が、部屋から抜け落ちる。
タケダは深く、重い息を吐いた。
「旧式のセダンだったらしい……お前のにそっくりだ。」
リョクの胸の奥で、
あの存在が煙のように広がり、
満足げに肺を満たす。
「黙れ。沈黙は燃料だ。」
だがタケダは振り返り、
真正面からリョクを見つめた。
「リョク……本当のことを言え。
お前、あそこにいたのか?」
世界が一瞬――暗くなった。
光がちらつき、
戻ったとき、
リョクは自分の目が“影より遅れて動いた”ことに気づいた。
返事をしようとすると、
声は乾きすぎていた。
「……いいや。」
タケダは怒りに満ちた一歩を踏み出す。
「昨日、お前の車のへこみを見たんだぞ!
ハンドルに血までついてた!
俺に嘘つくな!」
存在は氷のように冷たい手で、
リョクの心臓を包むように圧をかける。
「離れろ。断て。こいつは邪魔だ。」
リョクの口から、
自分の意志ではない衝動がこぼれた。
「……俺のことに首突っ込むな、タケダ。」
その低い声に、自分自身が怯えた。
「お前には分からないんだよ。」
タケダは半歩下がったが、諦めない。
「じゃあ説明しろ!
最近のお前は違う。
顔色も、声も、空気も。
それに……お前の“影”が勝手に動いてるんだぞ!」
沈黙が落ちる。
リョクは唾を飲み込んだ。
近くの車のサイドミラーが、
まるで会話を“見ている”かのように
不気味に曇った。
「このままだと」
タケダは言った。
「お前はまた誰かを殺す。
いや……自分を殺すかもしれない。」
罪悪感が胸を刺した。
だがすぐに――
あの存在の声が、熱く、毒のように上書きした。
「そいつは足手まといだ。
お前は走るために生まれた。
誰もいらない。あいつさえも。」
リョクは背を向けた。
「……今夜、レースがある。」
タケダが叫ぶ。
「行くなら……俺はもう助けないぞ!」
リョクは答えない。
工場を出るとき――
自分の“影だけが”一秒遅れて残り、
タケダの方へ向けて
存在しない笑みを浮かべた。
そして、“微細な変化”はラジオの声として届いた。
「当局は、正体不明のドライバーに対し捜査を開始しました。」
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