第16章 — ひらかれた悪夢

夜は濡れた布のように重く、

リョクの精神に覆いかぶさった。


彼は里親の家の狭い部屋で眠っていた。

だが眠りは休息として訪れない。

“落下”として訪れる。


気づくと、彼は暗いトンネルの中に立っていた。

地面は濡れたアスファルト。

空気は焦げたゴムと肉の匂い。


頭上には遠いライトが瞬いている。

近づいてこない車のヘッドライトのように。


遠くから聞こえるエンジン音――

だが、それはエンジンではなかった。

“呼吸”だった。

重く、飢え、乱れた息。


影が現れる。


今までで一番はっきりとした姿。

人の形。

広い肩、顔のない頭。


一歩進むたび、

その影は“成長”していくようだった。


リョクは動こうとする。

だが体は反応しない。

まるで足が道路に“貼りついた”かのように。


存在は口のないまま語った。


「昨日はよく食わせてくれたな。

 三つの魂が燃えた。

 その代わり、お前のいらぬ記憶をまた一つ取ってやった。」


リョクは叫ぼうとする。

声は出ない。


影は近づく。

鼻先が触れそうな距離。


冷気が骨に入り込み、

記憶を内側から凍らせていく。


「もうすぐだ。

 お前と俺の境界は消える。

 俺の目で走り、俺の手で考え、俺の本能で動く。

 ――人間であることが、お前を遅くしている。」


トンネルの壁が歪み、

割れた鏡に変わる。


ひび割れた破片の一つひとつに、

“別のリョク”が映った。

伸びた瞳孔、

身体に貼りついた影、

本来存在しない歯列。


存在が言う。


「お前は……ほとんど仕上がっている。」


影の指が煙のように伸び、

リョクの胸に触れた。


鋭い痛み。

切り裂かれるような痛み。


そしてまた一つ、記憶が崩れた。


――12歳の誕生日。

タケダから最初の工具セットをもらった日。


掴もうとしても、

その記憶は霧となり、消えた。


存在は満足げに離れていく。


「まもなく……本当に共に走れる。」


トンネルが揺れ、崩れ、

あの夜のサイレンが響き渡る――

両親が死んだ、あの音。


リョクは飛び起きた。

息が乱れ、汗に濡れ、

疲れ切った体。


そして――

傷もないのに、シャツの胸元には“乾いた血”。


足元には、ありえないものが残っていた。


人間ではない“足跡”。

誰かが部屋を出ていったように残された跡。


その瞬間、携帯が震えた。


匿名のメッセージ。


「今夜。新しいレースだ。

 お前は来るしかないだろ。」

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