第2話 アキハ、お部屋探しの条件は……。
物件検索タブレットには、引っ越し時期、間取りや家賃、最寄り駅など条件を入れた。しかし思ったような物件にヒットしない。
「うーん、なんか違うな。別のサイトはもっと細かい条件で検索できたんだけど、ネットで見たアパートがいいな……」
「もしかしてチムニーさんでお探しでしたか? 気になった物件がうちでも扱っているか探しましょうか」
「物件がかぶることがあるんですね」
「はい。多く空き部屋があれば、複数の不動産会社が入居者募集の窓口になっていることはよくあります。別部屋でしたらチムニーさんの家賃よりお安くなるよう家主さんに交渉してみますね」
受付の
「
「ここが、いいんです」
受付の小路は怪訝な顔をする。
「おやおや。お客さまのご希望の物件は、複雑な地形で、迷路のような通路、開かずの踏切、細い道幅だと宅配で苦労する。それに引っ越しの際は荷物の搬入も大変だろうね」
「!」
カウンターの奥から男の野太い声がする。まんまるお月様のような丸顔で、ふくよかな体つきの男性が声をかけてきた。
「はじめまして佐藤アキハさま、わたしは物件のスペシャルアドバイザーの
「は、はい。よろしくお願いします」
「うちは学生さんのために安い部屋を扱っています。どうしてこの物件がいいのかなぁ~。明確な理由はありますか?」
間延びしたような、気の抜けた声で話しかけた。
「そんなの……絶対言わなくちゃダメですか? なんとなく気に入ったんですけど……」
アキハは目を逸らす。
「ええ、もちろん! ダメじゃないですよ。でも当社としては不便なところはお勧めできないかな。それに住む街が好きになって、長く住んでほしいし、居心地の良い部屋を紹介したいので、よかったら、聞かせほしいです」
丸顔の路地はにっこり微笑む。愛すべきキャラクターの体型と似ていたので思わず心を許した。
「わたし……は」
「ゆっくりでいいですよ」
お茶を飲み干すと、アキハはせきを切ったように話し始めた。
「わたし、母が怖い――。母から逃れたい。子どもの頃から……今までずっとわたしのことを監視しているの。せっかく大学受かって、離れて暮らせるのに、母が何度もアパートに来そうなんです。ちゃんと生活していないとくどくどお説教しそうだし……。だから、わたしのいない時に勝手に入られないように複雑で迷路のような場所がいいんです」
途中で呼吸が早くなり、声も上ずってしまい身体が震えるので、受付の小路がそっと肩に触れた。
「ほうほう。それは難儀だね」
まんまるお月様顔の路地は眉をハの字にして、困り顔をするが、顔のせいか深刻に聞こえず、かえって和んだ。
「母は、わたしの勉強や日常の細々したことに口を出し、服の趣味も、友達選びにまであれこれ言ってくるの。必死で母の期待に応えているのに、わたしって要領悪いから納得してくれなくて……。これ以上いっしょにいたら、息ができなくて死ぬ。もしもこのまま受け入れたら、あの人がいないと生きていけないような駄目人間になりそうなんです。そんなの嫌。絶対、母を部屋に入れたくない」
「ほうほう。なるほどね」
「ありますか? そんな物件」
「ありますよ」
「えっ。本当ですか?」
拍子抜けする。
「はい。佐藤さまにぴったりの、『人を選ぶ』物件です」
「人を選ぶ……」
「佐藤さまと、お母さまには冷却期間が必要ですね。それで、お母さまを遠ざけることができる物件を紹介します」
にわかに信じがたい話にアキハは困惑した。しかしまんまる顔で自信満々にお勧めする。
「……」
「では小路さん、明日、お客さまをお部屋まで案内してください」
「分かりました」
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