7-1 蛇公の動き

「またマリゼラースが……」


 ビアンカさんが例に倣いその名を口にする。


「みんな友達なんですね、あいつと」

「友達?」

「マリゼラースです」

「友ではありません。知っているだけです」

「冗談ですよ」


 ぼくは鼻で笑った。


「おかしいですか?」

「別に……」

「腐敗は各地へ範囲を拡大しつづけています。焼却隊がすべて焼き尽くせるなどとは思っていません。ルーメンハイムの特効薬を待っています。ですがそれもいつ完成するかわかりません。我々はしのいでいるに過ぎません」

「何でぼくにそんなこと話すんです?」

「わたしからあなたに要求することは何もありません。放っておけというならそうしましょう。あなたが敵でないなら」


 ぼくは顔を上げた。


「敵?」

「あなたには二つの力が備わっています。一つは腐敗を取り除く力、もう一つは腐敗を生成する力──つまり特効薬であり、同時に病原体にも成り得るわけです。後者なら腐敗の被害が広がるでしょう。あなたが自分を周囲にどう捉えさせるかによって、生かすか、処刑か、という判断が決まるのです」


 処刑……。


「チヅルさん、あなたは人類の敵ですか?」

「ぼくは誰の敵でもありません。黴菌ばいきんが拒絶される理由もわかる。ぼくは、ぼくを拒絶する人たちをおかしいとは思わない。自然な反応だと思います」

「そうですか」

「マリゼラースとどういう関係か知りませんが、ぼくはあいつに追放されたんです……何の関わりもありません。人類の敵になるつもりもない」

「では次に、何故あなたのような子どもが”ミアの剣”を持っているのかについてです」

「そっちだって子どもでしょ。ぼくとあんまり歳が違わなさそうだ。生徒会長みたいな顔してるし」

「質問に答えてください」

「……ミアって誰ですか?」

蛇公じゃこう──ミアのことです」

「ああ、蛇公か。みんなそればかり聞くんですね。ウィケットさんも、あのボルトラって人も……貰ったんですよ、彼女から」

「貰った?」

「もういいでしょ。旧市街で会ったんです。彼女は亡くなりました。別れ際に、この剣と服をぼくにくれました。夜の砂漠は冷えるから、と」


 しばらくして、ビアンカさんの口元が笑った気がした。


「話は以上です」

「ぼくはどうなるんですか。処刑ですか」

「あなたが腐敗を制御できることはこの目で確認済みです。ウィケットにも言質を取りました。彼はルーメンハイムの学徒です、信用できます」

「でもぼくは腐敗を出せますよ」

「焼却隊の敵は、あくまで腐敗と勇者教会です。あなたは腐敗を生成できるかもしれませんが、人類の敵になるつもりはない、と先ほど自分でそう言いましたよね。罹患しておらず、ブッチャーでもありません。業務外です。それと、何か勘違いしているようですが、わたしはあなたが罪人であるかどうかを判断する立場にありません。わたしは裁判官ではないのです」


 ビアンカは「以上です」と言い終えた。


「この剣をお返ししておきます。大事に使うように」


 ビアンカは尋問室を出ていった。

 何かちょっと怒ってるみたいだった。

 多分、蛇公関連だろう。

 そんな気がする。



*



 尋問室を出る。

 二階の廊下へ出ると中庭が目に入る。

 ウィケットさんとパイロの姿があった

 二人が気づいてこちらに手を振った。

 ウィケットさんは車椅子に座っている。


「調子はどうだ」


 中庭へ下りるとウィケットさんから声をかけてきた。

 左手のことだろう。


「感覚がないです」

「そのうち痛むぞ」

「ウィケットさんもそうだったんですか」


 彼の右腕のことを聞いた。

 いまも義手はない。

 服の袖が垂れている。


「ああ。まあ、すぐ慣れるさ」


 ウィケットさんは晴れ空へ眩しそうな顔をした。


「ビアンカさんって人にいろいろ聞かれました。二人が口を割らないからって」


 二人が顔を見合わせ、笑った。


「勇者であることは何となくわかった。あとは腐敗を操れることか。これ以外おれは何も知らない。嘘はついてない」


 パイロが堂々といった。


「あの人と知り合いですか」


 ウィケットさんへ訊いた。


「勇者教会にいた頃のな。おれとパイロの先輩だ」

「おれの上司だ。焼却隊の隊長だよ」

「あの人が?」

「おう。ボルトラより強いんだぞ」

「ボルトラのやつ、ビアンカ様を前に逃げたらしいな」

「隊長がそんなこと言ってたなあ」

「ボルトラも知り合い?」

「第二世代だ」


 パイロが答えた。


「第二世代?」

「むかし女王フーリュネが、ある食材の調理をして欲しいと地方から料理人を募集したことがあった」


 ウィケットさんがそこまで説明し、


「それで集まったのが第二世代──おれらだ。“女王の料理人”や、彼らのことを“シェフ”と省略する呼称もこのころ生まれた」


 とパイロが付け足す。


「ふうん。第二世代があるってことは、第一世代もあるの?」

「蛇公がそうだ」


 とウィケットさんが答えた。


「彼女は初めから女王陛下の傍にいた」


 募集以前から傍にいた人のことを“第一世代”と呼ぶらしい。

 ビアンカさんも第一世代だそうだ。


「にしても災難だったな」


 パイロが渋い顔をする。


「悪かったな、守ってやれなくて」

「ボルトラって二人より強いの?」


 二人が困った顔をする。


「あいつは、おれたちとは少し事情が違うんだ」


 ウィケットさんが切り出す。


「ボルトラは第二世代の中で一番強かった。実は女王陛下が集めたシェフだけどな、実際に調理をし、料理を提供したのはあいつだけなんだ」

「何百という数の料理人が地方から集まった」


 パイロが続ける。


「第二世代はよく有象無象だと揶揄される。陛下は第一世代には気さくだった、でもおれたち第二世代には違った。おれたちは直接的な会話を陛下としてない。だがボルトラは違うらしい。料理を出し、陛下とも話をした」

「あいつは特別なんだ。第二世代の中で孤立し、女王陛下を慕っていた」


 ウィケットさんが付け足す。


「いつかはボルトラも救われなきゃならない」

「おれたち第二世代は仲間で、フーリュネの被害者だ。あの地にさえ行かなければ……」

「まあ、わかるがパイロ、それをチヅルの前で言うなよ」

「あ……」


 パイロがぼくの左手の包帯を見た。


「悪い」


 ぼくは笑みを含み首を振った。


「そういやあいつ、陛下に料理を出してから変……」

「パイロ、その話はいい」

「え?……あ、おお。そだな」


 何だろう。

 ウィケットさんが話を遮った気がした。


「キルヒムも第二世代だぞ」


 パイロが話を変えるように言った。


「え、あの人も?」

「おう。ボルトラの兄にノストラってのがいる。歳はボルトラと二つしか違わねえのに、妙に老けてんだ」

「ああ、モイラ教団の人でしょ。その人なら会ったよ」


 二人が渋い顔をこちらへ向けた。

 モイラ教団とノストラ、モイラやシーファの話をした。

 ぼくは打ち明けた。

 腐敗への理解の話を。



*



 深夜。

 焼却隊の砦。

 みんなが寝静まったころ、ビアンカが書斎から出てきた。

 二階の屋外廊下から夜空を見上げる。

 青い月が出ている。

 ふと、すすり泣く声が聞こえた。

 静かに廊下を歩く。


 医務室だった。

 そこにはいま、千鶴しかいない。

 部屋の前で立ち止まり、耳を澄ます。

 今朝の尋問で声を聞いたから覚えている。

 彼のものだ。

 鼻水をすする音。

 微かな呻きと、泣き声。


 幻肢痛ファントムペインという言葉を思い出した。

 体験したことはない。

 いつかウィケットが腐敗に侵されたときだ。

 右肩から先を切断しなければならなかった。

 話は後に彼から聞いた。


 ビアンカは瞑ったような目を床へ向ける。

 部屋の傍を離れた。





 翌日は晴れ空だった。

 中庭から金属の擦れ合う音がする。


 地下牢から上がってきたビアンカは足を止める。

 パイロと千鶴が剣を構えている。

 車椅子からウィケットが指示を出している。

 剣術のスタイルはフェンシング。

 千鶴は簡単に剣を弾かれてしまう。

 蛇公の記念剣が地面へ落ちる。


 ビアンカの脳裏に、千鶴ではない誰かの姿が過った。

 千鶴によく似た少年だ。

 彼の姿が千鶴と重なる。

 ビアンカは頭を振った。

 映像をかき消すように。

 そして中庭へ出ていった。


「ビアンカ様」


 パイロが反応する。

 周囲にいた他の赤いコートの部下たちも振り返る。

 みな頭を下げた。


「チヅルさん、わたしと一戦いかがですか」


 ビアンカの言葉に周囲は驚く。

 隊員同士が何事かと顔を見合わした。


「騒がないでください。ただの模擬戦です」


 彼女の声に周囲が静まる。


「どうです?」

「チヅル、やってもらえ」


 ウィケットだった。


「滅多にないぞ、こんな機会」

「ああ。ビアンカ様は中庭に顔を出さないんだ」


 パイロが付け足す。

 ビアンカが「余計です」と彼をたしなめた。


「すみません」


 パイロが苦笑する。


「怖いのですか」


 千鶴が迷っているとビアンカが言い放った。

 彼の顔がむっとなる。


「歳は同じでしょう。今度は左手だけでは済まないかもしれませんよ」

「わかりました。やりましょう」


 千鶴の強がりに彼女の口元が笑った。





「これでボルトラと対峙させたのですか」


 ビアンカが不満げな顔をする。

 ウィケットとパイロ、

 二人が誤魔化しの笑みを浮かべる。

 

 ビアンカは模擬戦用のレイピアを使った。

 千鶴は蛇公の記念剣。


「足運びも何もなってません」


 振ったり。

 刺したり。

 チヅルの攻撃はすべていなされる。

 狙ってくるところがバレバレ。

 ビアンカが千鶴の腹へ回し蹴りした。

 千鶴が唾液を吐いて飛んでいく。

 砦の壁に激突した。


 ここまでだろう。

 辺りがそんな雰囲気になる。

 そのときだった。

 千鶴が急に、女王の料理人のような動きをした。

 ビアンカの目の前に、瞬間的に現れた。


 顔が強張る。

 彼女は一瞬だけ本気を出した。

 意識的なものではない。

 反射だ。

 体が勝手に反応した。

 ビアンカはただ避けた。


 千鶴が壁へ激突する。

 砂煙が舞う。


「大丈夫か、坊主」


 よくやった、と隊員たちが励ましながら千鶴を起こしている。

 左手の包帯に土がついている。


「隊長、少しくらい加減してあげませんと」


 ビアンカは動揺していた。


 ウィケットが「いまのは蛇公の……」と呟いた。


「どうした、ウィケット。右肩が痛むのか?」


 気の抜けたようなパイロの声。


 ビアンカはウィケットへ詰め寄った。

 

「答えなさい、どうして彼が“❘蟒蛇うわばみ”を使えるのですか」

「うわばみ?」


 隣でパイロが首を傾げる。

 中庭内の隊員たちが何事かと窺う。


「チヅルのいまの動き──蛇が地面を這うような高速移動──蛇公じゃこう、ミア様の動きにそっくりだった」


 ウィケットがパイロへ説明した。


「あれが蛇公の?」


 パイロは蛇公の動きを知らない様子。


「ウィケット、あなた何を隠しているのですか。答えようによってはただでは済みませんよ」

「何も隠してません」


 ビアンカに剣先を向けられ手を上げる。

 ウィケットは真剣な目をしている。


「おれもいま初めて知りました。チヅルは剣術を知りません。ビアンカ様も、剣を合わせてわかったでしょう」

「ミアの動きは第一世代の中でも最速。のシェフと比べても一線を画します。レベルが違うのです。昨日今日で使いこなせるようなものではありません」

「だから壁に激突したのでは?」


 パイロが考察した。


「どういう意味ですか」

「どういう……? いえ、だから、扱いが難しいから壁に激突したのかと」


 ビアンカがパイロを睨んだ。

 瞑ったような目の奥に黒目が見える。

 パイロは恐れた。


「ミアが“蛇公”と呼ばれる所以となった技ですよ。難しいなどという稚拙な言葉では言い表せません。あれは彼女以外、やり方を知らないのです」

「す、すみません」


 パイロは目を反らす。

 

 ビアンカは不機嫌に、中庭を離れていった。

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