3-2 女王の料理人
夜。
ブラック・ワーム号を沖に停泊させ野営することにした。
近くに雑木林のある浜だ。
テントで千鶴が眠っている。
船員たちもぐっすりだ。
焚き木を前に起きていたウィケット。
彼は背後に忍び寄る気配に気づいていた。
「ウィケット・ディケンズ」
影は木の陰から声をかけた。
「昼間のモービルはおまえか」
顔見知りだった。
「腐敗を連れてるだろ、奇妙な少年を。町で見かけたんだ」
「おまえんとこの隊長が思っているような罹患者とは違う」
「どうだかな」
「確かめればいい、驚くぞ。おれの気持ちがわかるはずだ」
「おまえの気持ち? 知らねえよ。勝手に自己完結すんな。議論の分かれる問題だろ。間違えば、今度は街じゃなく国全体が滅ぶ」
「何でも焼けばいいってわけじゃない」
「蟲に夢中で現実見えてないやつに言われたかねえ」
「その蟲にびびって逃げたのは誰だ」
頭にきてウィケットは振り返る。
木陰には誰もいなかった。
*
一夜明け。
ブラック・ワーム号は砂の海を行く。
「サンドワームは見えるか?」
船員たちが望遠鏡で砂漠を監視する。
セレマは甲板を歩きながら彼らへ訊ねる。
「ウィケット、モービルだ。すごい速さで近づいてくる」
船員が知らせた。
セレマはすぐに手すりへ駆け寄る。
あそこだ、と船員が指差す。
望遠鏡を覗くまでもなかった。
「船員臨戦態勢!」
ウィケットが大声を出すと船員は剣を抜いた。
「モービルが消えた」
船員の声にウィケットは砂漠へ目を向ける。
モービルが見当たらない。
音もない。
「上だ!」
船員のひとりが叫んだ。
人影が船の上部を飛んでゆく。
数は一人。
麻色のローブ。
フードで顔が見えない。
甲板へ着地するなり船員が応戦する。
船員が次々に伸されていく。
甲板を転がる。
影の動きが速い。
蛇公ほどじゃないと思った。
でも似てる。
ローブの人は丸腰だ。
なのに誰も相手にならない。
「下がれ、おれがやる」
ウィケットさんが剣を抜く。
フードの者へ駆け寄っていく。
連続突き。
ある一刺しがローブに触れ、脱げる。
赤いコートが現れた。
顔が見えた。
男だ。
「焼却隊か?」
誰か船員が言った。
甲板がざわつく。
「こいつはパイロ、焼却隊だ」
ウィケットさんが説明した。
「ベルの町でチヅルを見かけたらしい。それで追って来たんだ」
「何でぼくを追って……」
「罹患者は漏れなく焼却する。それが平和だ」
パイロが腰の鞘から剣を抜いた。
あれ?
何か剣の見た目が違う。
ウィケットさんや他の船員が使ってるのと違う。
刀身に穴が空いてるように見える。
ウィケットさんとパイロの姿が消えた。
次に見えると二人の剣が交わる。
パイロの剣から火が吹いている。
刀身に空いた穴から漏れてるみたいだ。
蛇公ほどじゃないけど速い。
他の船員と全然違う。
ウィケットさんがが剣で突く。
フェンシングみたいに。
パイロの姿が消え、ウィケットさんの剣は残像を突き刺す。
残像がウィケットさんの背後へまわる。
残像がウィケットさんへ剣を振り下ろす。
瞬間、ウィケットさんの姿が残像に変わる。
残像がパイロの背後へまわる。
応酬。
「速い……」
思わずぼくは声をこぼした。
「凄いだろ」
そばの船員が誇らしげな顔をしていた。
「元女王の料理人にのみ許された足運びだ」
凄い。
目で終えない。
二人の姿が見えない。
ほとんど残像だ。
剣が交差したときにだけ見える。
でもウィケットさんが押されてるような気がした。
「ウィケット、右腕の義手はどうした」
「修理中だ」
「片腕だけでおれに勝てると思ってるのか?」
多分、あのパイロって人の剣から吹く火のせいだ。
熱くて近づけないんだろう。
ウィケットさんの体が反ってる。
途中から逃げ腰になってる。
「動くな」
背後で声がした。
気づくと後ろから、ぼくの喉元に剣が突き付けられていた。
気づいたウィケットさんの動きが止まる。
「ウィケット、おまえもだ。そこから動くな、剣を捨てろ」
ウィケットさんが言われた通りにした。
船員たちが剣を捨てる。
「罹患者を
「パイロ、聞いてくれ。チヅルは罹患者じゃない。腐敗病に感染してない。彼の体をよく見ろ。斑紋がないだろ?」
「“疑わしきは罰せよ”──腐敗と向き合う際の常識を忘れたか」
パイロが船員たちに大声で言った。
「おまえら旧市街を忘れたか! 何度家族を失えば気が済む」
「ウィケット、言う通りにしよう」
船員がぼそっと言った。
「彼の言う通りだ。罹患者を匿うべきじゃない」
「チヅルは罹患してない、何度言えばわかる! ベルの町で見ただろ。彼がサンドワームの腐敗を除去する姿を!」
「腐敗は取り除けない」
パイロの声が頭の後ろで聞こえる。
「焼却するしかないんだ」
船員たちの視線が甲板へ項垂れる。
もう誰も何も言い返さない。
そうか。
ぼくは最初から腐敗に過ぎないんだ。
この人たちもベルの町民と同じだ。
腐敗を吸収できようが関係ない。
「船員の方が物分かりがいいな」
「ウィケット、黙って引き渡そう」
またひとり船員が提案する。
その度に、胸を刺されたような痛みが走る。
「この少年については他言無用だ。後は
緑色の光が顔に当たった。
目の前に
三つ目の呪文が見えた。
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