2-2 サンドワーム
「じゃあ自力で旧市街を抜け出してきたのか」
旧市街にいたという話だけした。
おそらく蛇公と同じだろう。
ぼくを旧市街の市民だと思ってるんだ。
「その手、あんまこっちに近づけないようにしてくれ。触れとやばいからな」
「すみません。」
「こうやってくれよ」
ウィケットさんは左手を前にぶらんと出した。
義手がなくなり、右肩から先で服の袖が垂れている。
「手を前にこうやって」
「ゾンビみたいじゃないですか」
「ゾンビ? 何だそれ」
ゾンビという概念はこの世界にはないらしい。
「その手の粘液、自分で止められないのか?」
「これ止められるんですか?」
「おれが知るわけないだろ。だから聞いてるんだ」
「どうなんですかね」
だが止められないと困る。
砂漠を越え、ずっと見えていた町へ到着した。
「ここがベルだ」
ベル──。
という名の町らしい。
「小さい町ですね」
西部劇に出てきそうな雰囲気だった。
「サンドワームの狩猟目的以外で立ち寄る者は少ない。まあ、チヅルの言うとおり、小さいからな」
「サンドワーム?」
「ん、知らないか? さっき話した仕事がまあ、サンドワームなんだが」
「仕事がサンドワーム?」
ウェスタンドア付きの酒場がある町中を通り過ぎていく。
埠頭へやってきた。
一帯は砂の海だ。
何隻か海賊船みたいなのが停泊している。
圧巻だ。
見上げすぎて後ろに倒れそうになる。
「これがおれたちの船──ブラック・ワーム号だ」
黒い船が停泊していた。
「ブラック・ワーム?」
変な名前だ。
もっとマシな名前にすればいいのに。
「で、丁度いま遠くに見えてるのがサンドワーム」
ウィケットさんが指を差す。
それは砂の海の遠くだった。
一隻の船が見える。
「ウィケットさんの船と違いますね」
「……あれじゃ駄目だな」
砂の中から巨大なミミズみたいなのが飛び出した。
ヴァイキングが乗ってそうな外観の船。
その真上から中央へ向けてサンドワームは食らいついた。
船がVの字に割れ、砂煙に呑まれて消えた。
「はい終わり。わかったか? いまのがサンドワームだ。あれを生け捕りにしたい」
「生け捕り……」
あれを生け捕りって……。
無理でしょ、あんなの。
カンカンカン──。
乾いた金属音が鳴った。
「警笛!」
ウィケットさんがどこかを見上げた。
火の
「サンドワームだ、サンドワームがこっちへ来る!」
火の見櫓の上で髭面のおっさんが叫んでる。
ウィケットさんがウッドデッキへ走っていった。
ぼくは後を追う。
ウィケットさんは伸縮式の望遠鏡で砂の海を覗いた。
「チヅルも見るか?」
「え、はい。いいなら……」
単眼の望遠鏡を覗いた。
「あっちだ」
ウィケットさんの言った方角に船が見えた。
その後ろに大きなサンドワームの姿が見える。
「追われてるんですかね、あれ?」
「バカが町へ引き連れて戻って来ようとしてる。きっと新米だ」
町はパニックだ。
酒場からジョッキ片手に男たちが避難してゆく。
通りに砂煙と悲鳴、怒号が舞う。
「チヅルも逃げた方がいい」
「ウィケットさんは?」
「あのサンドワームを沖へ誘導できないかやってみる。逃げるなら町民と逆方向に逃げろ」
「逆方向?」
「その手はまずい。町へ入ってすぐだ、みんな気づいて警戒してる」
ぼくは辺りを確かめた。
「気づかなかったのか? じろじろ見られてたぞ。この騒動で意識がそれたけどな。腐敗はどこへ行っても歓迎されない」
ウィケットさんは走り去って行った。
*
避難誘導が進み町が閑散としてくる。
どこへ行こう。
来た道を戻ろうか。
また砂漠へ。
さっき埠頭から西に森が見えた。
そっちへ行こうか。
──“腐敗はどこへ行っても歓迎されない”
ウィケットさんの言葉が耳の奥で繰り返す。
「また拒絶されるのか……」
どこへ行っても同じなんだろうか。
砂の海に地平線が見える。
あの地平線の先まで行って誰にも受け入れられなかったら?
そしたらぼくは、どうすればいいんだろう。
「ママ……ママ……」
幼い声が聞こえた。
埠頭の傍の路地に幼い女の子が一人でいる。
母親とはぐれたのだろうか。
声を掛けようとして迷う。
ぼくの手は、腐敗してる。
またウィケットさんの声が耳の奥で繰り返す。
そのとき地面がやや揺れた。
すぐに突き上げるような大きな揺れへ変わる。
「きゃっ!」
女の子が転んだ。
助けなきゃ──。
そう思ったときだった。
埠頭の傍の砂の海が吹き上げた。
サンドワームが顔を出した。
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