腐敗属性魔術の使い方~ばい菌扱いされた僕が、腐敗の手【黴菌拳《バイキング》】を手に入れ、英雄になるまで~
酒とゾンビ/蒸留ロメロ
1-1 ぼくの手は、黴菌だ
ぼくの手は、
ぼくが触れた机の角を女子は手で払う。
遠足の二列縦隊で手を繋ぐとき。
体育でオクラホマミキサーやマイムマイムを踊るとき。
女子へプリントを手渡すとき。
ぼくの手は、みんなの黴菌になる。
異世界へ来ようと、それは変わらなかった。
「帰れないってどういうことだよ。あんたらが召喚したんだろ。だったらその逆をやれよ」
勝気な性格。
荒々しい言葉遣い。
クラス一態度がデカい。
チンピラだ。
ぼくらと歳の変わらなそうな美女が彼の追及を受けている。
透き通った白い肌。
ウェーブがかった金髪。
凛とした切れ長の目。
金と白のドレスにも似た装束。
「あの白い光ってそういうことだったの? 異世界召喚的な」
クラス一の美少女。
八雲くんと仲がいい。
クラスの女子のリーダー。
「落ち着かないか、二人とも」
目鼻立ちの整った顔。
高身長。
優等生。
クラスメイトからの信頼も厚い。
八雲くんみたいに荒くない。
八雲くんに怖気づかない。
「いったんこの人の話を聞こう。まだ彼女の名前すら知らないじゃないか」
「わたくしのことはマリゼラースとお呼びください」
金髪の美女──マリゼラースが名乗る。
「ではマリゼラースさん、おれは明智といいます。単刀直入にお伺いします、どうしておれたちを召喚したんですか」
「あれが聞こえますか」
ぼくらは耳を澄ました。
澄ます必要もなかった。
それは女の人が泣き叫ぶような声だた。
どこか遠くで反響している。
「ここフーリュネでは、しばらく前から“嘆き”と呼ばれる騒音公害が続いております。原因は不明。日が沈むころに現れ、市民の睡眠を妨げる。われわれは昼夜逆転しております」
「昼夜逆転……」
明智くんが言葉をなぞる。
「いまは真夜中です。ここフーリュネで暮らす市民は、夜明けに眠り、日暮れと共に活動するという望まぬ生活を強いられております」
「おれらを呼んだことと何か関係があるんすか?」
八雲くんが苛立つ。
「“嘆き”の正体を突き止めていただきたいのです」
「この騒音を止めろってことですか」
明智くんが応対する。
「われわれ『勇者教会』も、ただ昼夜逆転しているわけではなく、日々騒音の出所を探っておりました。そして、
「何です?」
「
「腐敗病?」
「長らくフーリュネの地を弱らせている流行り病です。感染力が強く、人を狂暴化させます」
「そんなところに行けってか?」
八雲くんが悪態をつく。
「ふざけやがって。病気になっちまうじゃねえか」
「ご安心ください。皆様は常人ならざるお体をお持ちです。瘴気の影響を受けないでしょう」
「
「努力いたします。皆様のご帰還方法について現在学舎へ請求を出しております」
「学舎?」
「ルーメンハイムという権威ある研究機関です」
「マリゼラース様、説明はそのくらいに」
そばの付き人みたいな人が彼女へ言った。
「そろそろ、皆々様方の真価について確認いたしましょう」
辺りに立ち並ぶ白いコートの人たち。
彼らが首にかけていたゴーグルをつけ出した。
ぼくらは警戒する。
「怖がらないでください。ラムを視るだけです」
「はい?」
明智くんが訊き返す。
「マリゼラース様、異常な数のラムです!」
「マリゼラース様、こちらもです。普通ではありえない量のラムが自生しております!」
「マリゼラース様、こちら数は数匹ですが、一体一体が大振りです」
何が何だか。
白コートの人たちが興奮し出した。
ゴーグル越しの眼がぎんぎんだ。
「あの、マリゼラースさん」
明智が説明を求めた。
「申し訳ありません、ご説明いたします」
マリゼラースさんは笑みを含ませながら。
「皆様は常人ならざるお体をお持ちです。その理由がラムです」
「ラム?」
「精霊のことです」
「ラムは線虫のような見た目をしており、宿主によって数や大きさが違います。サイズが大きく数が多いほど、起こす奇跡も優秀とされております」
「奇跡?」
「そろそろのはずです」
明智くんや八雲くん、天使さん。
彼らが同時に何かに驚いて、のけ反った。
「ちょ、何よこれ。なんか火がついて」
「マリゼラースさん、この紙は……」
「おそらく『
「“【
八雲くんの声だった。
バチバチっと火花の散るような音がした。
孫悟空のような雲が現れ、八雲くんの足元にまとわりつく。
彼は雲に乗って浮上した。
「お、おい、なんだこれ。おれ飛んでんぞ、ほら!」
「“【
背中から天使のような翼を生やし、彼女は浮き上がった。
室内を飛んだ。
「“【
吹雪が発生した。
明智くんの体が雪に呑まれてゆく。
吹雪の中に、戦国時代の甲冑を身に着けた侍の姿があった。
「明智、これくらえ!」
八雲くんが足元の雲から何か引き抜いた。
稲妻のようだった。
それを明智くんへ投げた。
明智くんは腰の鞘から刀を抜き、稲妻を斬る。
凄い音がした。
空気が振動するような。
刃先から氷が散る。
「あぶないだろ、八雲!」
八雲くんは楽しそうに室内を飛び回った。
柱や天井、壁に稲妻を投げ散らかしながら。
天使さんが宙でくるくる回りながら踊っている。
明智くんは刀に氷を纏わせたり、引っ込めたりしてる。
他の生徒たちも魔法みたいな現象を起こして見せた。
みんな凄い……。
「おや、あなた……」
あるゴーグルがぼくを覗いた。
首を傾げ。
「マリゼラース様」
彼はマリゼラースさんを呼んだ。
「どうしましたか」
「こちらの方、ラムが見当たりません」
マリゼラースさんがゴーグルをしてぼくを見た。
「おかしいですねえ」
「いかがいたしましょう」
「旭川、おまえのは何だった、見せてみろよ」
八雲くんだった。
宙でふわふわと楽しんでいる。
そのうちゴーグルをした人たち数人がぼくを囲んだ。
それに気づいて八雲くんや
何人かの生徒が集まってくる。
「どうかしたんですか?」
天使さんがそう訊ねたときだった。
「離れてください!」
マリゼラースさんが声を荒げた。
ゴーグルをした人がぼくから距離を取る。
従って生徒たちも離れた。
何事かとみんな目を見開いている。
「エルミール、彼の手をご覧なさい」
マリゼラースさんに言われ、ゴーグルのひとりがやや前へ出る。
ぼくへ目を細めた。
「あれは……」
ぼくはふと、自分の手を見下ろす。
赤い粘液みたいなのが見えた。
ぼくの両手を包み込んでいる。
「彼の手は腐敗しています!」
マリゼラースさんが叫んだ。
「動くな!」
エルミールさんがぼくに怒鳴る。
心臓を掴まれた気分だ。
あたふたする、ぼくの足が止まる。
「マリゼラース様、いかがいたしましょう」
「彼を旧市街へ……腐敗を食堂街へ持ち込むわけにはいきません」
ブーン、とどこからか音がした。
何かの電源を入れたみたいな。
「どうかしたんすか」
八雲くんだった。
「申し訳ございません。彼を、ご友人を旧市街へ移動させていただきます」
マリゼラースさんはみんなへ知らせた。
「旭川のことですか?」
「アサヒカワ?」
「はい。
マリゼラースさんが「アサヒカワチヅル……」とぼくの名前を復唱する。
「彼の手は腐敗しています」
「腐敗?」
「先ほど
八雲くんが首を捻る。
明智くんが「はい、覚えてます」と応えた。
「それは腐敗の瘴気のことなのです」
「腐敗の瘴気?」
「われわれは“嘆き”の他に、もう一つ重大な問題を抱えております。それがあの、腐敗なのです。かつて腐敗は旧市街に広がり、その感染速度から、われわれは決断を余儀なくされました」
「決断?」
「旧市街を焼き払うことです」
大聖堂内が静かになった。
「焼き払うとは、つまり……」
「住み慣れた居住区を丸々すべて捨てるということです。焼却隊を組織し、われわれは街を焼き払いました。しかし腐敗の勢いは収まらず……旧市街を封鎖し、新たに生活圏を確保しました。それがこの食堂街です」
沈黙がやや続く。
「話はわかりました」
明智くんが切り出す。
「ですが、どうして旭川くんの手が腐敗しているんですか。彼はこの世界に来たばかりです。おれたちと一緒に」
擦れた笑い声が聞こえた。
八雲くんだった。
「こりゃ傑作だ、腐敗だってよ、
「なになに、どゆこと?」
「知らね、なんか腐敗してんだってよ旭川のやつ。手が」
「あいつの手は……まあ黴菌だよねえ」
「ちげえって、ほら見てみろ。なんか汁が出てんだろ」
「うっわ、やっば何あれ」
「腐敗の粘液です」
マリゼラースさんが険しい目をした。
「あの血のような赤、見間違うはずもありません」
「あの、マリゼラースさん、ぼくは一体……」
「申し訳ありません、アサヒカワ様。速やかに旧市街へ転送させていただきます」
「転送?」
「大聖堂を清潔に保たなければなりません。ここが最後の砦なのです」
「でも旧市街って、いま焼き払われたって……」
みんなの顔が見えた。
八雲くんと天使さんがにやにやしてる。
マリゼラースさん、エルミールさんが目を細めている。
他の人たちがゴーグルを取り、嫌悪感、不快感をぼくに向けてる。
「何だよそれ……」
「いま旧市街は腐敗してるって言ってましたよね!」
ぼくは叫んだ。
駄目だ。
マズイ。
怖い。
何かされる。
転送ってなんだ。
飛ばすってこと?
「そんなところに飛ばされたら、ぼく!……」
「消えろよ──」
八雲くんだった。
喉元でぼくの声がぶつんと消えた。
「みんな迷惑してんだよ。おまえがいると菌が
畳みかける罵声。
ぼくはもう、何も言えなくなってしまった。
ぼくの手は、黴菌だ。
いつもそうだ。
ちょっと机の角に手が当たっただけなのに、まるで箒で掃くみたいに女子が手を払う。
マイムマイムでは手を繋いだフリをされる。
遠足でもぼくの隣になった女子は嫌な顔をする。
先生が見てるときだけ繋いで、いなくなったら離す。
ぼくが触ったプリントをみんな人差し指と親指で摘まむ。
ぼくは黴菌だ。
ぼくの手は……。
「腐敗してる──」
ああ、そうか。
そうなんだ。
異世界とか関係ないんだ。
夢を見てた。
ファンタジーだって。
うぬぼれてた。
違うんだ。
そんなのないんだ。
ぼくはどこへ行こうが……黴菌だ。
下っ腹の奥底から黒いものが溢れ出す。
みんなをぼうっと見た。
最後にこの手の赤い液体、みんなにぶちまけてやろうか。
触ると
ぼくは腕を振り抜こうとした。
八雲くんや天使さん、明智くんの引き攣る顔が見えた。
「マリゼラース様、準備が整いました」
エルミールさんの声がした。
瞬間、ぼくの視界がシャットダウンする。
がくんと照明が落ちた。
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