時代を越えて逆さまに発展してゆく知識と理解

自分自身を証明することは、今この時代にきてもできない、ということを感じとられました。

深い孤独の中には、真実の欠片を提示する存在のようなものがあって、それが赤いリンゴなのかもしれないです。

何か能力を身につけなければ生きてはいけませんが、そこに奢りが生まれると、途端に「偽善」にもなるのかな、と思いました。

この世の人への理解はどれほどなのかは、私にはわかりませんが、昔の人の知識と知恵の証明である書物の表紙を眺めているような状態で終わってしまうことも多いのかもしれません。

これからの時代で、「人への理解」が深まる世の中になってゆくといいと感じられました。