鉄のつま先と夏の匂い(中編)
### 中編
女子校リーグ決勝戦。
《アストラ女子学院》
スタジアムの照明が一段と明るくなり、アリーナ中央の大型スクリーンには、双方の校章とチーム名が誇らしげに並べて表示されていた。
『さあいよいよやってまいりました! 女子校リーグ、頂上決戦! 勝った方が、あすの全学院ウォーカー技能大会・決勝戦で、
実況のミライ・カサハラが、声を張り上げる。
『解説は引き続き、元プロウォーカーパイロット、《篠原ゲンゴロウ》さんです!』
『よろしくな』
『篠原さん、桜花女子学園についての印象は?』
『一言で言うなら、“重くて、真っ直ぐ”だな』
『重くて、真っ直ぐ?』
『ああ。桜花のフレームは、とにかく装甲が分厚い。正面から撃ち合っても、そう簡単には落ちねえ。しかも後ろに引かねえ。味方を庇いながら、じりじりと前に出てくる“歩兵の壁”だ』
スクリーンには、桜花女子学園のウォーカーたちが映し出される。
白地に桜色のアクセントが入った装甲。
だが、そのデザインの柔らかさに反して、シルエットはごつく骨太だった。
『先頭を歩いてるのが、桜花のリーダー機、《OK-08 “サクラガネ”》。パイロットは――』
『桜花女子学園三年、《榊原(さかきばら)ツバキ》選手!』
モニターに、ツバキの顔が抜かれる。
切り揃えられた黒髪に、きりっとした目元。
どこか軍人を思わせるような、無駄のない表情だ。
『彼女は、
『さきほども話に出ましたが、桜花女子学園のパイロット陣は、元軍事企業関係者の娘さんが多いんですよね?』
『ああ。家族を戦争で亡くしたやつもいる。だからこそ、“ウォーカーで戦争を終わらせる”なんて、難しいことを本気で言える連中だ』
『難しいこと、ですか』
『人間が“力”を持ったとき、いつも正しく振る舞えるとは限らねえ。だが、力がなきゃ何も守れねえ。あいつらはその矛盾を真正面から抱え込んでる。だから重い』
篠原の言葉に、スタジアムの空気がわずかに引き締まる。
◇
アストラ女子学院ピット。
リオは、再びシラユリのコクピットに身体を沈めていた。
さきほどの試合で焼き切れた左脚と右腕のアクチュエーターは、志乃たち整備班の懸命な作業によって、すでに新しいユニットに交換されている。
――ただし。
『右肩ミサイルポッド、ユニット欠損。予備なし。装甲板も間に合わないから、フレームむき出しのまま行くしかない』
志乃の声が、インカム越しに響く。
『ごめん、そこだけはどうにもなんなかった。時間が足りない』
『いいよ。右肩、狙われなきゃいいんでしょ?』
『そんな簡単に言うなっての……。あと、左脚の関節も新品だから、完全な慣らしはできてない。急制動とか、急な方向転換はなるべく避けて』
『了解』
リオは、膝の裏にかかるシートの感触を確かめながら、軽く足を動かしてみる。
新しいアクチュエーターの動きは、少しだけ硬い。
だが、許容範囲だ。
『他のみんなは?』
『2番機ナナ、3番機マイ、4番機サラ、いずれも軽微な損傷のみ。フルスペックで出られる』
『よし』
『――全機、聞こえる?』
リオは通信チャンネルを開いた。
『こちらリーダー、シラユリ1。最終チェックするよ』
『2、久遠ナナ。問題なーし。さっきの試合でぜんぜん目立てなかったから、今度はキル数稼ぐからね、リオ先輩』
『3、御子柴マイ。異常なし。……さっきの近接戦でちょっと燃えすぎたから、今回は頭冷やして行く』
『4、河合サラ。えっと、その……大丈夫、です、たぶん……!』
『“たぶん”を“絶対”に変えるのが、チームだからね』
リオは笑いながら続けた。
『相手は桜花。装甲厚くて、真正面からの撃ち合いに強い。でも、鈍い。こっちはその逆。だから――』
『“追いかけっこ”に持ち込む』
ナナが言葉を継ぐ。
『そう。距離を選んで、数をかけて、一機ずつ剥がしていく。重装型に囲まれたら終わりだよ。絶対に、接近戦で囲まれないように』
『りょーかい』
『サラちゃん、ドローンはさっきよりも長めに生かして。桜花は電子戦弱い分、視界の確保が甘い。上からの情報優位を絶対に渡さない』
『が、がんばりますっ』
作戦は、シンプルだった。
真正面から「壁」を叩き割ろうとせず、その“壁”の継ぎ目を狙って、少しずつ崩していく。
『それじゃ――行こうか』
志乃の声が、再び柔らかくなる。
『アストラ女子学院ウォーカーチーム《白百合》。女子校リーグ決勝、出撃承認』
視界が開ける。
スタジアムのフィールド全体が、リオの意識に流れ込んでくる。
今回のフィールドテーマは――
『本日の決勝フィールドは、《丘陵要塞都市》!』
実況の声が響く。
緩やかな起伏を持つ丘陵地帯に、コンクリート製の防壁やトーチカ(小型防御陣地)が点在している。
中央には、かつての司令部を模した大型建物。
その周囲には、塹壕や壊れた砲台のオブジェが並んでいた。
『おお、こりゃあ……“昔の匂い”がするな』
篠原が、低くつぶやく。
『このフィールドは、旧時代のウォーカー運用データをもとに設計されている。高低差と遮蔽物の使い方が勝敗を分けるぞ』
◇
『両チーム、スタートポジションにつきました!』
スタジアムのカウントダウンが始まる。
『3――』
リオは、操縦桿を握り、足裏の感覚に集中した。
慣らしきれていない左脚。
だが、恐れはない。
『2――』
隣には、ナナの軽量スナイパー機。
遠くにマイの重装近接機と、サラの偵察機。
『1――』
(勝つ。――その先に行くために)
『――スタート!』
電子音とともに、四機のウォーカーが一斉に丘陵地帯へと飛び出した。
◇
『初動配置、さっきのプラン通り。2は左の高台。3と4は右の林地帯を回って。私は中央から』
リオは、シラユリを軽やかに走らせながら指示を飛ばした。
『了解、シラユリ2、左の尾根に上がるねー』
『3、4、右ルート進行。サラちゃん、ドローンは高度三十で維持』
『は、はいっ』
サラのドローンが、白い尾を引くように空へ舞い上がる。
そのカメラ映像が、チーム全員のサブスクリーンに表示される。
丘陵地帯のあちこちに、桜花のウォーカーたちの姿が見え隠れしていた。
『敵の編成、確認。――榊原ツバキ機、《サクラガネ》、重装シールド+ショートバレルカノン。左右に護衛二機、中量級の支援型一機が司令部跡のあたりで後方支援』
志乃が、素早く分析を伝える。
『典型的な“盾+槍+後衛砲”の布陣だね。ツバキ機が前面に立って、左右が撃つ。後ろの一機がカバー』
『こっちは、その“横っ面”を狙う』
リオは、丘の斜面を駆け上がった。
土煙が舞い、シラユリの脚が柔らかい土を掴む。
視界の先、司令部跡の建物手前で、ひときわ大きな白いウォーカーがシールドを構えているのが見えた。
(あれが――サクラガネ)
分厚いシールド。
通常のウォーカーの二倍はある幅。
その後ろから、砲身の短いカノン砲がかすかにのぞいている。
まるで、歩く要塞だ。
『榊原ツバキ機、こちらの動きに合わせて正面を向けてきてる。センサー精度は普通だけど、“勘”がいいタイプ』
志乃が告げる。
『勘、か……。やりづらいね』
リオは、軽く舌打ちした。
ミレニアのローザのような電子戦の天才とは違う。
だが、だからこそ、“読みづらい”。
『リーダー機が中央に留まって、じりじり前進。その左右に二機貼り付き。ど真ん中に“杭”を打って、そこからラインを押し上げるつもりだ』
『だったら、そのラインを“ねじる”』
リオは、マップを見ながら指示を出した。
『ナナ! 左の高台から、ツバキ機じゃなくて“右側護衛機”を狙って。シールドの影にいるやつ』
『おっと、あえてリーダー機じゃなくて護衛から?』
『そう。壁を支えてる“支柱”を先に折る』
『了解、了解。じゃ、ちょっくら“支柱抜き”といきますか』
ナナのロングレンジ・ライフルから、白い閃光が走った。
丘陵地帯の空気を切り裂き、サクラガネの右後ろにいた護衛機の肩部に命中する。
『ぐっ……!』
オープンチャット越しに、短い呻き声が漏れた。
すぐに、システム音声。
『敵機一号、右肩武装ユニット破壊。攻撃能力四〇パーセント低下』
『まずは一本』
ナナが、愉快そうに笑う。
『けど、外してくるね……』
リオは、モニター越しにツバキ機を観察した。
サクラガネは、被弾した護衛機側へすぐさまシールドを傾けて射線を遮断する。
そして、その間に護衛機は一歩退がって隊形を組み直した。
(“支柱”を守る動きが早い……)
それはつまり、ツバキが「自分の火力より、仲間の生存を優先する」タイプのリーダーであるという証拠でもあった。
『リオ、たぶん、あれ “壁”のままじゃない』
志乃が、低い声で言う。
『どういうこと?』
『壁じゃなくて、“盾の列”。一枚だけじゃなく、状況に応じて誰でも前に出られる構造になってる。ツバキ機だけ見てると、足元すくわれるよ』
『了解。――サラ』
『は、はい!』
『右側面を大きく回って、後衛支援機の位置、特定して。あいつを自由にさせると、火力負けする』
『りょ、了解っ!』
サラの軽量機が、丘陵の影を縫うようにして右へ回り込んでいく。
その頭上では、小型ドローンが草をなでるような低空を飛び続けていた。
◇
数分後。
『後衛支援機、位置確定! 司令部跡の建物の裏、壊れた砲台の陰にいます!』
サラの声が弾んだ。
『武装は?』
『えっと……中距離用の連装カノンと、ミサイルポッド……かな。装甲は、前の三機より薄め』
『了解。――マイ』
『なに?』
『サラと一緒に、後衛潰しに行って。あいつ一機だけなら、接近戦で押しつぶせる』
『任せて』
マイの重装ウォーカーが、右の丘を回り込む。
分厚い装甲と巨大なシールドを構えながら、着実に距離を詰めていく。
その間、中央では――。
『ツバキ機、じわじわ前進。カノンの射程、そろそろこっちに届く』
志乃の警告。
『ナナ、射撃位置、あまり固定しないで。撃ったらすぐ移動』
『はいはーい、スナイパーは動いてなんぼよね』
ナナが、丘の稜線を走りながら射撃ポイントを変える。
その度に、ツバキ機のシールドがそちらへ向き直る。
『……こっちの“長射程の針”に、ちゃんと意識を割いてきてる』
リオは、舌の先で歯を噛んだ。
(“壁”だけじゃない。“目”もいい)
ツバキのサクラガネは、決して無駄に追いかけてはこない。
あくまで味方全体を庇う位置に居座りながら、必要最小限の動きでこちらを牽制してくる。
正面からやり合えば、きっと“消耗戦”になる。
ここで消耗してしまえば、後々苦しくなるのはこっちだ。
『――マイ、状況は?』
『もうすぐ射程。……っと、バレた』
マイの声が少しだけ上ずる。
サブモニターには、司令部跡の建物裏で、桜花の後衛機が砲塔をこちらに向ける様子が映っていた。
『こっちに連装カノン向けてる。サラちゃん、ドローン高度下げて! 弾道に巻き込まれる』
『ひゃっ、は、はいっ!』
次の瞬間、後衛機のカノンから火線が走った。
爆炎が丘の地肌を削り、土煙が舞い上がる。
『マイ機、左肩装甲にヒット!』
志乃の報告。
『でも、まだ行ける』
マイは、構わず前へ出た。
分厚い装甲に、カノンの弾がいくつも弾かれていく。
距離が縮まり、やがて――。
『――届いた』
マイの重い脚が、後衛機との距離をゼロにする。
シールドでカノンの砲身をはね上げ、空いた胴体部にショットガン型模擬弾を叩き込む。
近距離、ほぼゼロレンジ。
多数の小口径模擬弾が装甲を叩き、致命箇所に当たった何発かが、アクチュエーターを凍り付かせていった。
『敵後衛機、《撃墜判定》』
『ナイス!』
リオは、小さく拳を握った。
『桜花、後衛火力を失いました! これで前線の圧力がかなり下がるはずです!』
実況の声が、スタジアム全体に響き渡る。
だが、その瞬間。
『――“そこ”だ』
オープンチャットに、低く落ち着いた少女の声が割り込んできた。
榊原ツバキだ。
ほぼ同時に、中央のサクラガネが動いた。
それまでのじりじりとした前進とは違う。
明らかに、攻勢に転じる踏み込み。
『っ――来る!』
リオは、シラユリを横に跳ばした。
次の瞬間、ツバキ機の短砲身カノンが火を噴き、さきほどまでリオがいた地点の地面をえぐり飛ばす。
土とコンクリート片が宙を舞い、その向こうから白い巨体がシールドを構えたまま走り込んでくる。
『ツバキ機、一気に間合いを詰めてきた! さっきまでの慎重さから一転、ここでラッシュだぁぁ!』
『タイミングがいいな……。後衛が落ちた瞬間、前に出る。たぶん、あらかじめ決めてた“合図”なんだろう』
篠原の解説が入る。
『壁を前に出して、こちらの布陣が“伸びた”瞬間――つまり、マイが右に行って、ナナが左、リオが中央で孤立した瞬間を突いてきたわけだ』
『リオ! 一旦下がって、距離取って!』
志乃の声。
『下がりたいけど、足、まだ慣れてなくて――』
リオは、左脚のぎこちない動きを感じながら、必死でバックを試みる。
だが、ツバキ機の脚は、思った以上に速かった。
『重装って、こんな……っ』
『装甲を削って足回りに回してる。あいつらの“重装”は、“動ける重装”だよ』
志乃の声が、少しだけ悔しそうに響く。
サクラガネのシールドが、こちらに迫る。
視界が、分厚い金属板で埋め尽くされる。
『――っ!』
リオは、反射的にシラユリを右へ転がした。
シールドの縁がかすめ、装甲に火花が散る。
『警告:左側腰部装甲、損傷三〇パーセント』
『追うぞ』
ツバキの静かな声。
サクラガネは、重たいはずの足をほとんど止めずに、すぐさまこちらに向き直ってきた。
(“押し返す力”が違う)
リオは歯を食いしばった。
『ナナ! ツバキ機の背中、撃てる?』
『撃てるけど、いまシールドでほぼ隠れちゃってる。後ろに張り付いてる護衛機が、いい位置取りしててさ』
ナナのスコープには、サクラガネの背後で、護衛機が絶妙な距離を保ちながら動いている様子が映っていた。
『シールドの隙間を狙おうとすると、その護衛機のカウンターが飛んでくる。うまい配置だよ、これ』
『くそ……!』
リオは、息を吐いた。
『マイ、後衛機を落としたあと、どこまで前来られる?』
『丘の斜面を回って、十秒くらいで中央に合流できる』
『その十秒、もつ?』
志乃の問い。
『もたせる』
リオは、きっぱりと言い切った。
『ツバキ機、リオ先輩を狙い続けてる。これ、たぶん“リーダー同士で決着をつけたい”ってやつだよ』
ナナが、どこか楽しそうに笑う。
『だったら、付き合ってあげなきゃね!』
『……おいバトルジャンキー。ほどほどにしなさいよ』
志乃が、呆れと心配半々の声を出す。
◇
サクラガネのシールドが、再び迫る。
リオは、シラユリの上半身をひねり、シールドの縁をギリギリでかわしながら後退を繰り返した。
だが――。
『くっ……!』
新しい左脚のアクチュエーターが、悲鳴を上げ始めていた。
慣らし不足のまま高負荷で使い続けたため、わずかに制御遅れが出ている。
『リオ、左脚の応答遅延が出てる。無理すると、さっきみたいに“焼ける”よ!』
『わかってるけど――』
サクラガネのカノンがシールドの脇から顔を出す。
至近距離。狙いは外さない。
『――っ!』
リオは、とっさにシラユリの右腕を突き出した。
カノンの砲身を、ライフルのフレームで受け止める形だ。
ドゴンッ!
轟音と衝撃。
右腕全体に凄まじい反動がのしかかる。
模擬弾は砲身からうまく出られず、空中で自壊した。
『警告:右腕構造フレーム、歪み二五パーセント。アクチュエーター負荷上昇』
『さっき直したばっかりなのに、もう壊れるぅ……』
志乃が、頭を抱えるような声を出す。
『でも、今のはナイス判断』
『ありがと』
だが、ツバキ機は、すぐさま次の一手を繰り出してきた。
シールドの下から、タックル気味のショルダーチャージ。
巨体が、そのままぶつかってくる。
『――くうっ!』
リオは、シラユリの全身をひねって受け流そうとする。
だが、完全には受けきれず、シラユリの身体が丘の斜面を転がり落ちた。
視界がぐるりと回転し、土と空とシールドが入り混じる。
人工的な負荷が、全身を殴るように襲う。
『リオッ!』
ナナの叫びが聞こえる。
『まだ――っ、大丈夫っ!』
リオは、必死に操縦桿を引き、シラユリの体勢を立て直した。
その視界の端。
サクラガネが、坂の上からこちらを見下ろしている。
『――なかなか、しぶといわね』
榊原ツバキの声が、オープンチャット越しに届いた。
『アストラ女子学院、神楽坂リオ。あなたの噂は聞いてる』
『そう? いい噂だといいけど』
『“楽しそうに戦う”って』
ツバキの声は、どこか皮肉まじりだった。
『あなたみたいなタイプは、嫌いじゃない。……でも、私たち桜花は、“楽しむ”ためにここにいるんじゃない』
『知ってる、あんたたちのモットーも』
リオは、呼吸を整えながら言い返す。
『“二度と戦争にウォーカーを使わせない。そのために私たちが使い方を示す”』
『ええ』
ツバキの声が、少しだけ低くなる。
『ウォーカーは、かつて多くのものを奪った。その事実は、消えない。――だから、私たちは“奪わない使い方”を示すしかない。どれだけ睨み合っても、どれだけ撃ち合っても、誰も死なない。壊れるのは機械だけ』
『それは、あたしたちも同じだよ』
リオは、静かに言う。
『でも――“戦いを全部なくす”じゃなくて、“戦い方を変える”って発想は、あたしけっこう好き』
『だったら、ここで証明してみせて』
ツバキの声に、かすかな熱が混じる。
『“強さ”が、“破壊”じゃなくて“抑止”になるってことを』
『じゃあ――勝たなきゃね』
リオは、にやりと笑った。
『あたしたちが、あんたたちに勝って。“別の強さ”もあるって示す』
『言うわね』
ツバキのサクラガネが、再びシールドを構えて前に出る。
『――マイ、あと何秒?』
『中央まで、あと五秒』
『ナナ!』
『はいはい、“目”はこっちに向けさせればいいんでしょ?』
ナナのロングレンジ・ライフルが火を噴く。
今度の狙いは、ツバキ機のシールドの“上端”。
装甲の薄い部分を、あえて狙わない。
シールドの上で弾が弾かれ、火花が散る。
だが、それで十分だった。
ツバキ機の視線とシールドの角度が、ほんのわずかだけナナの方へ逸れる。
『――いまだ!』
丘の斜面右側から、マイの重装機が飛び出した。
サクラガネの“死角”、シールドの裏側へと一気に回り込む。
『っ――しまっ――』
ツバキの声が途切れる。
次の瞬間、マイのショットガンが、サクラガネの背部装甲に叩き込まれた。
ドグォンッ!
『敵リーダー機サクラガネ、背部アクチュエーター損傷。移動能力五〇パーセント低下』
『まだ倒れないか』
マイが低く呟く。
サクラガネは、よろめきながらもなおシールドを前に掲げている。
『ツバキ機、まだ戦える。正面からの圧力は半減したけど、“壁”としては十分』
志乃が告げる。
『中央ライン、“ねじれかけて”るよ』
フィールドマップ上では、桜花の隊形が歪み始めていた。
ツバキ機は前方に出すぎ、その背後にはマイ。
右側護衛機は後衛を失ったことで、位置取りに迷いが出ている。
左側護衛機は、ナナの射線を意識して高地寄りに動きすぎていた。
――綺麗な一直線だった“壁”が、いくつものヒビを入れられ、波打ち始めていた。
『ここから、“一気に割る”』
リオは、シラユリを再び立ち上がらせた。
『サラ! 右護衛機の位置、マークできる?』
『で、できます! いま、ドローンで真上取ってます!』
ミニマップ上に、赤いマーカーが点滅する。
右護衛機は、崩れかけた隊形を戻そうと、前に出るべきか後ろに下がるべきか、足を迷わせていた。
『ナナ、そいつの“足”狙って』
『了解。……っと』
ナナのロングレンジ・ライフルが、丘の上から護衛機の膝関節を撃ち抜いた。
護衛機の片脚が崩れ、体勢を崩して斜面を転がり落ちる。
『敵護衛機一号、片脚喪失。移動能力七〇パーセント低下』
『マイ! そいつとサクラガネを“一直線”に並べられる?』
『やってみる』
マイは、サクラガネの背後から思い切りタックルをかませた。
重装機同士のぶつかり合い。
サクラガネの巨体が前にぐらりと押し出され、その前方斜面には、さきほど膝を撃たれて転がった護衛機がいる。
『――っ!』
ドンッ!
二機のウォーカーが、斜面の中腹で派手にぶつかり合う。
視界には、サクラガネと護衛機の巨体が、ほぼ一直線上に並んだシルエットが映っていた。
『リオ、チャンス!』
志乃の声。
リオは、即座にトリガーを引いた。
シラユリのライフルから放たれた模擬弾が、丘の斜面をえぐるように飛び、まずは護衛機の胸部に直撃。
さらに、その衝撃を受けてバランスを崩したサクラガネのシールドの“下”をくぐり抜ける形で、腰部をかすめた。
『――っ……!』
ツバキの息を呑む声。
『敵護衛機一号、《撃墜判定》! リーダー機サクラガネ、腰部追撃被弾。移動能力三〇パーセント』
『よし、“壁”が半分崩れた!』
ナナが歓声を上げる。
そのとき――。
『ああああああああっ!?』
悲鳴が通信に割り込んだ。
サラだ。
『サラ!? どうした!』
『ご、ごめんなさいっ! 左の護衛機が、丘の陰から……っ!』
サブモニターには、サラの軽量機に突撃する桜花の左護衛機の姿が映っていた。
盾ではなく、両手にライフルを持つ、中量攻撃型。
ドローンを飛ばしていたサラは、一瞬だけ足を止めた隙を突かれたのだ。
『警告:味方機4、胸部ユニット致命被弾。《撃墜判定》』
『サラちゃん落ちた! でも残機ある、まだ戻ってこられる!』
志乃が即座に叫ぶ。
『ドローンが……っ、ご、ごめんなさい……!』
サラの声が、涙声混じりに途切れる。
次の瞬間、彼女のウォーカーは自動停止し、回収ドローンによって戦場から引き上げられていった。
『アストラ女子学院、ここで初めて機体損失! ですが、まだ残機は二つ残されています!』
実況の声が、スタジアムに緊張を伝える。
(……やられた)
リオは、拳を握りしめた。
右側面を取りに行ったサラが落とされたことで、右サイドの「目」が一時的に消えた。
『リオ、こっちも安泰じゃない。マイの装甲、そろそろ限界』
志乃の報告通り、マイの重装機には、いくつもの被弾痕が刻まれていた。
サクラガネと護衛機の連続攻撃を受け止め続けた結果だ。
『でも、まだ動ける』
マイの声は、相変わらず落ち着いている。
『――ここで決める』
リオは、呼吸を整えた。
『ナナ』
『なに?』
『ツバキ機の“シールド持ってない方の腕”、狙える?』
『……やってみる。ちょっと角度シビアだけど』
『お願い。シールドを完全に“壁”として使えなくする』
『オッケー。じゃあ、“壁のヒンジ”を壊しに行きますか』
ナナのロングレンジ・ライフルが、最後のエネルギーパックを消費する。
白い閃光が、サクラガネのシールドの“端”をかすめ、その向こう側にある右腕の装甲に食い込んだ。
『っ……!』
サクラガネの右腕が、力なく垂れ下がる。
『敵リーダー機サクラガネ、右腕アクチュエーター停止。シールド保持角度四〇パーセント低下』
『これで、“完全な壁”じゃなくなった』
リオは、シラユリを前に出した。
左脚の悲鳴を無視して、丘を駆け上がる。
『ツバキ!』
『――来ると思ってた』
ツバキの声が、静かに返ってくる。
シールドを支える力は弱まったが、それでも彼女はそれを前に掲げている。
『ここで引いたら、私たちが信じてきたものが崩れる』
『あたしたちだって、ここで止まれない!』
シラユリとサクラガネの距離が、縮まっていく。
マイは、少し下がって援護に回り、ナナのエネルギーはほぼ空。
サラは整備工場で復旧作業中。
――実質、リオとツバキの“正面対決”。
『志乃、左肩ミサイル、残りは?』
『あと二発。でも、ツバキ機のアクティブ防護は強い。真正面から撃っても落とされる』
『わかってる』
リオは、シラユリの肩をわずかに傾けた。
ミサイルポッドのハッチが開き、二本の模擬ミサイルが顔を出す。
『ツバキ。あんた、“ウォーカーを戦争に使わせない”って言うけどさ』
『なに?』
『あんたたちが“圧倒的に強くなることで”、それを示そうとしてるんでしょ』
『そうよ』
『でも、それだけだと、“あんたたちがいない場所”で、また誰かが好き勝手にウォーカー使うよ』
『――……』
ツバキが、言葉に詰まる。
『だから、“強さ”だけじゃ足りない。あんたたちがここで勝ったとしても、別の誰かが別の場所で、別の理由でウォーカーを振るかもしれない』
『じゃあ、あなたはどうするの?』
『それを“見てるやつら”の目を、変える』
リオは、笑った。
『この試合、全国中継されてるんでしょ? だったら、“戦うことが怖いことじゃない”って、“戦うことが誰かを守れるかもしれない”って、そういうところを見せてやればいい』
『それが、あなたの“楽しさ”の正体?』
『たぶんね』
リオは、トリガーに指をかけた。
『――行くよ、“サクラ”』
『来い、“シラユリ”』
同時に、二機のウォーカーが動いた。
リオは、一発目のミサイルを、わざと“外す”軌道で撃つ。
サクラガネの頭上をかすめるように、高く撃ち上げる。
ツバキ機のアクティブ防護が、それに反応して迎撃信号を発する。
シールド前面に張られた電子の膜が、一瞬だけ最大出力で展開される。
『アクティブ防護、前面に集中!』
志乃が叫ぶ。
――その瞬間、リオはシラユリの身体を大きく左にひねった。
右肩の壊れたミサイルポッドの“フレームむき出し”部分が、きしむ。
(ごめん、シラユリ)
そう心の中で謝りながら、彼女は二発目のミサイルを“極端な低高度”で撃ち出した。
ミサイルは、ほとんど地面を擦るように飛び出す。
サクラガネのシールド前面のアクティブ防護は、まださきほどの高高度ミサイルへの反応で再起動待ち状態。
低く、速く飛ぶミサイルに、反応が追いつかない。
『――っ!』
ツバキの驚きの息。
低空ミサイルは、シールドの“下端”――地面との隙間をすり抜けるようにして、サクラガネの足元に飛び込んだ。
ドゴンッ!
爆炎。
模擬ミサイルが自壊し、そのデータがサクラガネの脚部ユニットに送り込まれる。
『敵リーダー機サクラガネ、両脚アクチュエーター停止。《撃墜判定》』
巨大なサクラガネが、ゆっくりと膝を折り、土煙を上げながら地面に沈み込んだ。
『――っ、まだッ――』
ツバキの声が、かすかに震える。
だが、システムは冷徹だった。
パイロット保護のため、サクラガネの全アクチュエーターが停止する。
『リーダー機サクラガネ、沈黙ぅぅ!』
実況の声が、悲鳴のような歓声のように響く。
『残る桜花の機体は、左護衛機一機のみ!』
『マイ!』
『わかってる』
マイの重装機が、その最後の一機へと向かう。
装甲はボロボロだが、それでも足は止まらない。
『サラちゃん、整備状況は!?』
志乃が、ピットの仲間に叫ぶ。
『え、えっと……! 胸部ユニットの交換、あと三十秒! でも、再出撃は間に合わないかも……!』
女子校決勝の残り時間は、あとわずか。
スコア的には、アストラが一機優位。
だが、このまま時間切れになれば、“生存率”や“与ダメージ評価”が加味され、判定勝ちという形になる可能性もあった。
『――判定なんて、いらない』
リオは、小さく呟いた。
『最後まで、“戦いきる”』
マイのショットガンが、最後の護衛機の腕を吹き飛ばす。
反撃の火線が、マイの胸部装甲をかすめる。
警告灯が、コクピット内で赤く点滅した。
『マイ機、胸部被弾!』
『まだ――っ!』
マイは、シールドを捨てた。
両手で相手のボディを掴み、そのまま土手の下へと組み敷く。
『うおおおおおっ!』
その雄叫びとともに、彼女はショットガンを相手の首元に押し当て、最後の弾を撃ち込んだ。
ピピピ――。
『敵機すべて、《撃墜判定》』
システム音声が、静かに、しかし決定的に告げる。
『試合終了ぉぉ! 女子校リーグ決勝戦! 勝者、《アストラ女子学院》ぃぃ!』
スタジアムの歓声が、一斉に弾けた。
アストラ女子学院の校章が、大型スクリーンいっぱいに映し出される。
『これで、アストラ女子学院が女子校代表として、あすの全学院ウォーカー技能大会・決勝戦に進出決定! 対戦相手はもちろん、男子校代表、《天城工業学園》!』
『女の子たちが、“ウォーカーは男の玩具じゃねえ”って見せつけたな』
篠原ゲンゴロウの低い声に、ミライ・カサハラが笑い混じりに応じる。
『いやあ、これは明日の決勝が楽しみになってまいりました!』
◇
整備工場。
シラユリがドローン牽引車に乗せられて戻ってくると、志乃たち整備班はほっとしたように、そして同時に忙しなく動き出した。
「胸部フレームに微細な歪み、左脚関節さっきの無理が祟ってるね。オーバーホール必須」
「でも、明日まで時間あるから、フルでやれる。分解して、各部チェックして――」
「サラちゃんの機体はどう?」
「胸部ユニット交換完了。エネルギーライン点検中。明日には問題なく出せると思う」
志乃は、タブレットを片手に走り回りながら、次々と指示を出していた。
その合間にリオの元へとひょいと顔を出す。
「お疲れ。――生きて帰ってきたね」
「うん。ちょっと死にかけたけど」
「知ってる。モニターで見てた」
志乃は、軽く眉をひそめる。
「ほんと、毎回ギリギリ狙ってくるから整備班の胃が死ぬ」
「ご、ごめん……」
「でも――」
志乃は、ふっと表情を和らげた。
「“楽しかった”?」
リオは、一瞬だけきょとんとしてから、笑った。
「うん」
「じゃあ、いいよ」
それだけ言って、志乃はまた工具箱の方へと走っていった。
◇
その少しあと。
整備ラインの端で、アストラ女子学院と桜花女子学園のパイロットたちが、互いに軽く頭を下げ合っていた。
「いい試合だったわ、神楽坂リオ」
榊原ツバキが、タオルで汗を拭きながら近づいてくる。
コクピット用の薄手スーツの上から、桜花のジャージを羽織っている。
「こっちこそ。サクラガネ、すごかった」
「負け惜しみじゃないけど――」
ツバキは、少しだけ笑った。
「“楽しく”戦うあなたのスタイル、嫌いじゃない」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる」
ツバキは、まっすぐな目でリオを見る。
「明日、天城と当たるんでしょう?」
「うん」
「あいつらは、“本物”よ。私たちみたいに、理念で自分を縛ったりしてない。ただ、“勝つために強くある”っていうだけの連中」
「知ってる。テレビで何度も見た」
「だからこそ、“見せて”」
ツバキは、少しだけ身を乗り出した。
「ウォーカーが“戦争の道具だった時代”を知っていて、それでもウォーカーに乗るあんたたちが、“いま”の使い方を。――私たちがし損なった“別の答え”を、見せてほしい」
「……あんたたちがし損なった、って?」
「私たち、桜花は“抑止力”になろうとした。だけど、今日、あんたたちに負けた。つまり、“力”だけじゃダメだったってこと」
ツバキは、肩をすくめる。
「次は、あんたたちの番」
リオは、その言葉の重さを、ゆっくりと飲み込んだ。
それから、小さく頷く。
「――うん。やってみる」
「期待してる」
ツバキは、それだけ言うと、チームメイトたちのもとへと戻っていった。
◇
その夜。
大会参加校用に貸し出された宿舎ビルの屋上で、リオは一人、街の灯りを見下ろしていた。
遠くで、ウォーカーの足音が聞こえる。
深夜の道路工事用の作業ウォーカーだ。
「ねえ、ウォーカー」
リオは、ビルの縁に腰をかけながら、ぽつりと言った。
「――あんた、本当は、なにになりたい?」
答えは、もちろん返ってこない。
代わりに、夜風が、汗ばんだ首筋を撫でていく。
ポケットの中で、端末が震えた。
画面には、知らない番号からの着信通知。
「……誰」
怪訝に思いながら、通話ボタンを押す。
『――やあ』
聞き覚えのある声だった。
落ち着いていて、少し低くて、どこか人を安心させる声。
「……レオ?」
『久しぶり、神楽坂』
天城レオ。
男子校代表、天城工業学園のエース。
かつて、同じ民間ウォーカー教習所で肩を並べていた少年。
『女子校代表、おめでとう』
「そっちこそ。男子校代表、おめでと」
『ありがとう』
レオの声の向こうから、かすかに歓声やアナウンスの残響が聞こえる。
たぶん、まだスタジアムの近くにいるのだろう。
『明日、戦えるな』
「うん。――戦えるね」
リオは、夜空を見上げた。
星は、都会の光にかき消されて、ほとんど見えない。
『昔、言ったの覚えてる?』
レオがふいに言う。
『“ウォーカーは戦争の道具じゃない。僕らの世代がちゃんと変えていかなきゃいけない”って』
「……覚えてるよ。あんたのせいで、あたし、こんなバカみたいにウォーカー好きになったんだから」
『それは、光栄だ』
レオが、小さく笑う。
『ただ――』
「ただ?」
『“どう変えるか”は、人によって違う。
僕は、“強さそのもの”を変えたいと思ってる。
企業のためじゃなく、戦争のためでもなく……。
“ここで強いこと”がそのまま“ここで誰も死なないこと”に繋がるようなルールをちゃんと作りたい』
リオは、少しだけ目を細めた。
「それって、“あたしたちがいまやってるこの大会”のこと?」
『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』
レオは、はっきりとは言わない。
『でも――明日、僕たちが全力で戦って、その戦いが“楽しい”って、誰かが思ってくれたら。
きっと、それだけで、戦争はほんの少しだけ遠ざかると思う』
「考え方、あんま変わってないね、あんた」
『君もな』
二人のあいだに、短い沈黙が流れた。
だが、その沈黙は、気まずいものではなかった。
『明日は』
レオが言う。
『手加減はしない』
「こっちも」
リオは、きっぱりと言い切る。
『“男子だから”とか、“女子だから”とか、そういうの関係ない。
あたしはただ――あんたと“もう一回、ちゃんと戦ってみたい”だけ』
『了解』
レオの声が、少しだけ楽しそうに揺れる。
『じゃあ、また明日。――白百合姫』
「……その呼び方、やめろ」
電話の向こうで、レオが笑う気配がした。
通話が切れる。
夜空の静けさが戻ってくる。
リオは、深く息を吸った。
油と鉄と、夏の夜の匂いを、肺いっぱいに。
「――待ってろよ、レオ」
彼女は、小さく呟いた。
「ウォーカーの“いまの使い方”、あたしたちで決めてやる」
その言葉は、夜風に溶けて、街の灯りの海へと消えていった。
◇
――そして、決勝戦の朝が来る。
(後編へつづく)
ラブ・ロボット iAiiAi @Jihu
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