黒電話が鳴るたびに

天使猫茶/もぐてぃあす

いつか僕がレンズの向こう側の誰かになるまで

 僕は部屋の窓から望遠レンズを使って静かな夜の街を見ていた。この瞬間が好きだ。

 レンズ越しに見ている限りは汚い言葉を浴びせられることもないし、暴力を振るわれることもない。

 侮蔑の視線を向けられることだってない。

 安全な場所から人の営みを見ていることができる。


 そうして自由気ままに街の様子を見ていると、背後に置いてある黒電話が音を立て始めた。


 リリリン、リリリン。


 黒電話の音は嫌いだ。黒電話そのものも。


 僕はため息を吐くとレンズから目を離して受話器を取る。名乗るよりも先に電話の向こうからぶっきらぼうな男の声で一つの住所が伝えられた。

 そして返事をするよりも前に電話は切られてしまう。


 ガチャン、ツーツー。


 電気の通っていない暗い部屋、街から届く明かりでレンズが反射している中でその音だけがうるさくこだました。

 受話器を置くと、黒電話以外は僕の私物しかない埃だらけの汚い部屋に静寂が戻った。


 僕は深く息を吐くと、この部屋に来る前に渡されていた写真を確認してからまたレンズを覗き込む。今度は先ほど伝えられた住所の方へと向けて。

 大きな窓のある豪邸だ。パーティでもしているのか、ドレスやタキシードを着た人が何人も何人も窓の近くを通る。

 そうして見ている内に、渡された顔写真と同じ顔をした男がレンズ越しに写った。


 僕は短く息を吸うと、人差し指に力を込める。



 レンズの向こう側が騒がしくなる。

 僕はすぐに私物を持つと立ち上がる。そして黒電話を一瞥すると、最後にもう一度ため息を吐いた。

 コイツが鳴らなければ、まだもう少し静かな街を堪能できたのに。

 サイレンが響き始めた中で僕は思う。


 やっぱり黒電話は嫌いだ。

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