第2話 デッドエンドでお休み
夕日が地平線の向こうに沈みかけている。
僕は西野さんにあっけなくフラれて、とぼとぼと岐路についていた。
普段何気なしに歩いているただの住宅街。戸建ての一軒家が所狭しと立ち並んでいる。
いつもは気にも留めない風景のはずなのに。なのにどうしてだろう。
朦朧とした意識で眺めている風景がどこかほの暗く見えてしまうのは。
肌寒さを抑えるために両ポケットに両手を突っ込んで鉛みたいに重たい両足を前に進める。
どうしてだ。なにがいけなかったんだ。あんなに笑ってくれていたじゃないか。
彼女が僕に微笑みかけた笑顔は作り物だったのか?
あれだけテンポよく続いたメッセージのやり取りも今となってはなんの意味もない。所詮思い出なんて過ぎてしまえばゴミ箱の中でくすぶっている役立たずにすぎないんだ。
曲がり角を曲がったところでポストを見つけた。
どこにでもある赤いやつ。
目の前に現れた赤まみれの人工物は不敵に笑いかけているそんな気がした。
なぜか、今の僕には不思議と真っ赤に身を染めた赤みが鼻についた。
なんなんだよ。真っ赤に染めて。
「ナオト君、楽しいね。今度はクレープが食べたいなー」
頭の中で西野さんのほんのりと赤みがかった頬が頭の中を飽和する。
確かあのときは僕がティラミスに生クリーム、彼女がホイップクリーム増量、プリンアラモードとマカダミアナッツを追加したクレープを食べたけ。
今更だけど、西野は結構な甘党だったのかもな。
僕が西野さんについて知っていることはなんだろう。
ふと、疑問形が頭の中に浮かんだ。 西野恵さん。高校二年生。僕と同い年。隣町の地元では有名なお嬢様女子校に通っている。彼女曰く、授業中によく居眠りをしてしまうことから成績は中の下。
それから、、。それから、、。
目線を上空に向けると複雑に絡まりあった鉄線が目につく。
「あれ。僕西野さんについて何にもしらないかも」
一人ぼっちのヒトリトは虚しくも虚空に溶けて消えていく。
僕は彼女について何かを知ろうとしたのか。彼女の内面に踏み込むような努力をしたのか。
ひょっとしたら僕は彼女の外面だけを見て自分勝手な恋愛像を西野さんに押しつけていただけなんじゃないだろうか。
自分の気持ち悪さに気がついた時、同時に異なる感情がこみ上げてきた。 怒りだ。
「どうしろっていうんだよぉぉぉ」 目の前に設置されてあった郵便ポストを思いっきり蹴り上げる。
同時につま先に針で刺された痛みが走る。かまうものか。
「僕は悪くない。だってどうしようもなかったじゃないか」
何度も。何度も。何度も。
誰が見ても八つ当たりなのは分かってる。でも、腸が煮えくりかえるような、言葉に言い表すことができない感情をこのまま抱えたままではいられない。 何度目かの八つ当たり。両目から水滴がしたたり落ちてきた。
少しばかりの塩分を感じられる液体は次第に遠慮を忘れとめどなくあふれてくる。
僕はその場に膝を抱えてうずくまる。
「どうして、、。どうして、、」
「フラれた腹いせを無抵抗なポストに対して八つ当たりするなんて。ほんとにあなたはどうしようもない人間ですね」
僕はハスキーがかった声につられて思わず顔を上げる。
「ふふ、ひどい顔」
視線が交わる。
視界の先には大きなまぶたを逆三角形に曲げながら、こちらを見下ろす女の子が立っていた。
「どうしようもないあなたに朗報です。て、ちょっと聞いてます?」
彼女の表情が明らかに変わる。
こんなにもわかりやすい憤った顔は初めて見た。
「う、うん。聞いてる。聞いてる」
「ふーん。まあ、いいです。いいですか。人の話はよーく聞くように。こちらの国にはそういった道徳的教えが存在しているんでしょう?」
彼女は両腕を胸の前に組みながらハキハキとした動作だ。
道徳的教え?彼女は外国の人かなにかかな。確かに外見だけ見てみれば日本人離れした見た目をしている。髪は白に近いブロンドヘアーを二つ結びにして、黒縁の眼鏡を掛けている。
特筆すべきなのは女性らしさを感じさせるたわわに実った、、。
「て、どこ見てるんですか」
豊満な膨らみを両手で覆い隠しながらきっと垂れ目がちな両目を引き上げて睨まれた。
「べ、べつに見てない」
「うそだー。目線がいやらしかったもん。私のたわわに実ったEカップに釘付けだったもんー」
思わず生唾を飲みこんでしまう。
E、Eカップ。。
「ほらやっぱり見てるじゃないですか!ほんとにナオト君はエッチなんだから」
彼女はしてやったりといった笑顔だ。「だから、これは男の本能というかなんというか。僕は別に胸をみていた訳ではなくて。その先の極楽をいていた訳で。。て、え?」
ちょっと待て。
「へぇ?どうしましたか?」
「どうして僕の名前知ってるの?」
目の前で表情をコロコロと変えている女の子とはどう考えても初対面のはずだ。
「まあ、そんなことどうでもいいじゃないですか」
「いやいやよくないよ」
「今まであれだけ親しげにお話してたのに?端から見てみれば私たちは仲がいいお友達のように見えたと思いますよ?」
彼女はなにを今更といった口調。
「確かに勢いで話していたけどさ」
ほんのつかの間。
あたりからは夕飯の準備をしているのか漂ってくる鼻孔をくすぐる香辛料の匂いや、子供も笑い声が聞こえる。
彼女は一瞬笑みを作って。
「分かりましたよ。そうですよね。勢いでいけるかもと思ったんですが。そうはいきませんよね。」
言葉を一度くぎり、彼女は僕に改めて向かい合わせな体制を取り、手を差し伸べてきた。白く透き通った触れれば壊れてしまうようなガラス細工のような手だ。
「自己紹介がまだでしたよね。私の名前は周防モモ。みんなからはスモモと呼ばれています。以後お見知りおきをナオト君。いえ、、」
先ほどまでの彼女はどこにもいなかった。
まるで人が変わったかのようなスモモは妖艶な雰囲気を身にまとい、僕の耳元で囁く。
「マスター。あなたには死んでもらいます」
ポートレートな少女達と無個性な僕 夕暮夕日 @yuu1977
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