ポートレートな少女達と無個性な僕

夕暮夕日

第1話 振り返るとやっと理解できる言葉がある

何かを得るためには何かを失わないいけない。

どうやら人生はそういう風にできているらしい。


「ごめんね。私、付き合うとかそういうの無理」

朗らかな雰囲気から一転。

周りの喧噪が遠くに聞こえる。

「え?」

二言を言い終える前に西野さんはエナメル製のスクールバックをを持って立ち上がった。

「じゃ、そういうことだから。あ、お会計だけよろしく」

彼女は早口で言い切ると、白と水色が重なったスカートを翻して早歩きで立ち去っていく。

 西野さんがローファーの音を響かせながら歩いて数歩。

 え、スマホ取り出すの早くない?

まだ10秒もたってないよね?

そんなに僕との時間が退屈だったの?

 頭の中に多くの疑問符が浮かんでは消えていく。

 林田尚登。17歳。青春を謳歌する高校二年生。

 桜が名残惜しそうに散りゆくこの頃。どうやら僕の青春というソメイヨシノはあっけなく散ってしまったらしい。

「は、ははは。。」

思わずうつむき、乾いた笑い声が漏れる。

 僕は空っぽになった頭で西野さんの姿を呆然と見送ると無意識に伝票に目を落とす。

8765円。

食べ過ぎだろ。ここって誰もが知ってる大手チェーン店だよな。

 念のためにもう一度伝票を確認してみる。

 数字は8765円のままだ。

「そうか、、。僕は、、。僕の青春が。。」

 向かいの席に座っている家族ずれに痛々しい目線を向けられるが関係ない。なに、、。ママ、、。あの人フラれたーだと、、?

そうだよ。フラれたよ、、。年端もいかない女の子に人差し指を刺されるくらいに明らかな状況だよ、、。

 「なんでだよ。。どどど。どうしてだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 四月の終わり。

遊園地に一人の男子高校生の雄叫びがとどろいた。

どうやら今日も地球は平和らしい。

 

 桜も散り始める春の終わり。

僕は周りの雰囲気にほだされて一大決心をした。

「ナオト、お前まじで言ってんの?」まさるは両肘を机に突っ伏しながら身を乗り出してきた。

教室を見回してみる。

自習をほっぽり出して雑談花を咲かせる者がぽつぽつ。

スマホを取り出して自分の世界に入り込むクラスメートがちらほらと見受けられる。

もうすぐ春休みを目前に控えた中だるみの雰囲気を表すクラスメイト如く、

僕とまさるも雑談に興じていた。

「まじも、まじ。今日の放課後、南高の西野さんに告白する」

僕は鼻息荒く宣言する。

まさるは木製の簡易的な椅子に深くもたれて、鼻で笑ったような笑みを浮かべる。

「絶対フラれるからやめとけ。いいか?よく聞けよ」

彼は僕の目をのぞき込む。

まさるの垂れ目がちの両目が僕の眼を捉えて放さない。

「ちょっとメッセージのやりとりが続いたからって、あっちがお前に気があるなんてことはない」

まさるは大げさに両手を広げてやれやれといった表情を浮かべる。

 「そんなことねえよ」

 僕はまさるに西野さんとのメッセージのやりとりを見せてやった。

 「どうだ?いい感じだろう西野さんめっちゃ笑ってるし」

 画面に表示されているメッセージに目を通すと誰が見てもわかるように顔をしかめた。

「あのな、本当に笑ってるときは文末に笑なんてつけないから。それ顔でメッセージ打ってるから」

「そんなことねーよ。きっと西野さんはウキウキでフリック入力してるから」

「なんで西野さんがフリック入力でメッセージを打ってることになってんだよ。お前ほんとにZ世代なの?」

 呆れ顔のまさるは放っておいて僕は放課後に意識を飛ばす。

 画面越しのメッセージを通して浮かぶ西野さんの朗らかな笑み。

 まるで桜のつぼみが開花するような美しくも愛らしくもある微笑み。

 「まあいいさ。その可哀想な奴を見るような顔に吠え面をかかせてやるよ」

 まさるはあからさまにため息をはいて。

「まあ、お前自信のことだからこれ以上深掘りはしないけどさ。1つだけ忠告しとくぞ」

 まさるの視線が僕を捉えて離さない。 「な、なんだよ。そんなに改まって」

 時間にしてほんの数秒だろう。

 なのにどうしてだろうか。

 永遠にも似た感覚。

 どこかのアニメやラノベやマンガにありそうな展開。

 「何かを得るためには何かを犠牲にする必要がある。お前にその覚悟はあんの」

 まさるは両目を細めて言い終わると、スマホを後ろポケットから取り出して立ち上がった。

 「おい、どこいくんだよ」

 「購買。昼休みはユカと食べるわ。じゃーあな、ぼっち君」

 彼はにやけながら教室を後にした。

 「なんだよ、まさるのやつ。彼女がいるからっていい気になりやがって」

 キーンコーンカーンコーン。

構内にお日いる休みを告げるチャイムが鳴り響く。 

クラスメイトたちは各々昼食の支度を始める。

 僕は机に頬杖をつく。

緊張しながらも西野さんに告白。

場所は大手ファミレスがいいかも。

脳内に数多くの西野さんが浮かぶ。

両目をくしゃりと崩して僕に笑いかける西野さん。

頬を赤らめてうつむく西野さん。 僕の勇気を振り絞った約束に形のいい頭をコクコクと振る西野さん。

  

 メッセージではいい感じだった。

大丈夫だ。

きっとうまくいくはずだ。

 欠伸を噛み殺しつつ、いつもと変わらない風景を美術館で風景画を眺めるみたいな感覚で捉える。

  

 いつもと変わらない退屈な時間。

 平和で安全な日常。


 「何かを得るためには何かを犠牲にする必要がある。お前にその覚悟があるのか」


 昼休み。

  

 誰もが一度は経験するである何気ないやり取り。

 

 まさるが僕に何気なしに零した言葉。

 あの時、彼の言葉に意識を傾ける僕は居なかった。

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