きみとごはんを。

豆ははこ

肉じゃがを、食べよう。

 普通に働いて、普通に一人暮らし。

 そんなわたしの、普通ではないこと。

 それは、たまに、家事代行さんを頼むこと。


「ちゃんと働いてて、えらいねえ」

 何回もお願いしている家事代行さんは、にこにこ顔のおばあちゃん。

 とにかく、働く女の味方な女性。大好き。


 動きがてきぱき、お料理はおいしい。

 とくに、肉じゃが。いちばん。


 おばあちゃんとの出会いは、家事代行派遣会社さんの代行者さん紹介用のホームページ。ツイッ……でも、フェイス……でもない。


 わたしの実家は遠方、なんだけど。


『誰かの手料理、食べたい……』

 繁忙期。手料理に餓えていたわたし。

『手料理 食べたい』だけの検索内容で派遣会社さんの連絡先を出してくれたのは、AIさん。


 ホームページには、おばあちゃんのイニシャルと、湯気が見えてきそうなつやつや飴色の肉じゃが。

 わたしは即、紹介さんに照会していた。

 あの肉じゃがの人を派遣してください! って。


 賢いAIさんには、今も感謝をしている。

 そんなおばあちゃんが、体調を崩したらしくて。


 おばあちゃんが所属している派遣会社さんからは、ほかの人ではどうでしょうか、みたいなことも打診されたんだけど。

 ほかの人にお願いするくらいなら。

 わたしも、家事全般、できないわけでもないからね。

 しばらく家事代行の依頼はお休みでもいいかな、なんて思っていたら。



『あたしじゃないならお休み。嬉しいねえ。なら、孫に、けんしう、させてもらえないかなあ。もちろん、無料です』

 おばあちゃんから、いつもやり取りしているメッセージアプリに連絡が入った。

 お孫さん。

 おばあちゃんが個人で仕事を請けるわけじゃないから、セーフだよね。もしかしたら、派遣会社さんがおばあちゃんに、わたしの希望を伝えてくれたのかも知れない。


 それにしても、おばあちゃん。

 研修、がけんしう、なのがかわいいぞ。ぐっときたよ。


『電話していい?』

 メッセージを入れると、返事は『大丈夫』のスタンプだった。

 だから、少し、お話ができた。

 おばあちゃんのスタンプは、推しの演歌歌手、蕪木かぶき君のやつ。


 蕪の煮物を初めて作ってくれたとき。

『蕪木君、蕪の煮物、大好きなんですって』

 おばあちゃん、笑ってた。かわいかったなあ。


 念のため、にしばらくはお休みだけど、おうちのことはできてるんだって。

 感染症でもないらしい。それは、よかった。


 とりあえず了解して、通話はお終い。

 そのあとで、また、メッセージのやり取りをした。


 お孫さんは、あかりちゃんというらしい。

 なんと、小学五年生。

 無料は、おばあちゃん的に譲れないらしい。

 なら、お給金は出せない代わりに、と。


『材料費とか全部こちら持ちで。レシートください。今度おばあちゃんが来てくれたときに、払うから』

『おばあちゃんと同じで、あかりちゃんの親御さんにうちのマンションへの送迎をきちんとしてもらってね』

 メッセージに、わたしからの提案を、二つ。


 すぐに、返事が来た。

『ナイス!』背景がペンライトな、蕪木君のスタンプ。


 そんなわけで、けんしう、決まり。


 おばあちゃんのお孫さんなら、しっかりしている子だろうし。

 もしものときは、レンジだけでできる料理とかでもいいよね。

 なにか頼んだり、食べに行ったりしてもいいかも。


 約束は、来週末。

 楽しみ。

 仕事はもちろん、ちゃんとした。

 たまに、レンチンレシピを探してみたりして。

 楽しかった。


 そんな感じで、すぐに、約束の週末がやって来た。


「こんにちは、祖母からの紹介でうかがいました」

 礼儀正しいなあ。

 少し前に、おばあちゃんから『息子が孫を送るよ。よろしくね』ってメッセも入ってたし。


 はーい、と、玄関のドアを開ける。


「あ、あかりちゃん……?」


 そこには。

 かわいい……男の子が立っていた。

 170はあるわたしよりも、頭一つ小さいくらい……だから、小学生としては大きいんじゃないかな?


「はい、明里あかりです」


 小学校の名札を、見せてくれた。

 おばあちゃんと同じ名字だった。

 たしかに、明里くん。


 これは。

『あかりちゃん、かわいい名前!』で、性別を確認しなかったわたしが悪い。


 そもそも、今の時代は性別は関係なしということも多いのに。

 社会人として、要反省だな。

 小さな背中には大きい、渋いグリーンの登山用リュックサックには、食材が入っているのだろう。


「ええと、すぐ近くまで送ってくれたのは、お父さんだよね」

「はい、今はお父さんです。入り口のエレベーターまで送ってくれました。いつもおばあちゃんが仕事を終わる時間になったら、お父さんかお母さんが、また迎えに来てくれます。早くなったり遅くなったりするときは、連絡します。おばあちゃん、スマホを貸してくれました」


 パーカーのジャケットから、スマホを出す明里君。祖母、からおばあちゃん、になってる。かわいいな。


 そして、スマホ。おばあちゃんのらくちんホンだ。なるほど、あのメッセのあとに、スマホを預けたんだね。

 スマホカバーも、やっぱり蕪木くん色ならくちんホン。


「ええと、お掃除とお洗濯は自分でやりました。だから、お夕飯用のおかずをお願いできますか? お昼は、何かを取るか、食べに行きましょう。買ってきてもいいですね」


 無給とはいえ、一応、お仕事なので丁寧に伝えた。

 ふだん、おばあちゃんには土曜日の午前中に来てもらって掃除とお料理をお願いする。洗濯は、わたしができていないときには、みたいな感じだ。

 お昼は作ってもらったものを一緒に食べて、お夕飯用におかずを作ってもらって『また今度』。

 お昼ご飯のあとに休憩、解散は夕方になる。

 いつもなら、お夕飯用のおかずにプラスして、何日か分の作り置きもお願いしてるけど。

 さすがに今回は、それは遠慮しないと、だよね。


「お夕飯用の、だけですか?」


 あれ、明里ちゃん……くん、なんだか不満そう?

 なら。


「じゃあ、お昼と、お夕飯を。お夕飯の分だけじゃなくて、明日から何日か、冷蔵庫に入れておけるくらい、多めにお願いします、でもいいですか?」


「いいです!」

 今度は、嬉しそう。


「お昼は、オムライスとコンソメスープ。ブロッコリーも茹でて添えたいです。お夕飯は、肉じゃがのつもりで。肉じゃがなら、明日も大丈夫ですよね。油揚げは冷凍してあるって、おばあちゃんが言ってたから、あとは豆腐とわかめでお味噌汁、副菜は蓮根のきんぴらでいいですか。お出汁はおばあちゃんが保温できる水筒に入れてくれました」


 献立、考えてきてくれてたんだ。

 副菜、って。えらすぎる。水筒のお出汁も嬉しいな。


「じゃあ、その背中のリュックサック、お肉とかかな? ごめんね、気が利かなくて。重いでしょ? 早く下におろして」


「大丈夫です。小学校のランドセルもこれくらい重いし。いつもならランドセルの背中にタブレットも入れて持ち歩いてますから、むしろ軽いです」


 これ、軽いの? 意外と重いよ。ランドセルじたいは軽くなってるとか聞いたことあるけど、中身は重くなってたりするんじゃない?

 そんなことを考えながらリュックサックを受け取り、洗面所とタオルの場所を伝えると、明里くんは靴をきちんと揃えてから奥に入って行く。


 礼儀正しいなあ。さすがはおばあちゃんのお孫さん。


 リュックの中もきちんとしていた。

 保冷剤も、ちゃんといちばん上にある。


 ハム。パックの卵。ブロッコリー。

 牛肉、しらたき、じゃがいも、玉ねぎ。

 木綿のお豆腐。そして、蓮根。そして、お出汁入りの水筒。

 

 あれ? 

 ちょっとだけ、おや、って思ったことがあったけど。今はまあ、聞かないでおこう。



「調味料は、おばあちゃんのおすすめのがあるからね」

「はい!」


 ごはんは、炊飯器でタイマーセット済み。

 茹でブロッコリーとオーロラソースくらいはわたしが作ろうかな。

 ブロッコリーは酢水で振り洗い。おばあちゃんが教えてくれた。ケチャップとマヨネーズを合わせて作るオーロラソースも。


「わたしもお手伝いしていい? おばあちゃんともたまにそうしてるの」

「そうなんですね、お願いします!」


 並んでお昼ごはんの準備、と思ったら、明里くんには、うちのキッチンが少し高いみたい。

 おばあちゃんも160近くあるから、気づかなかった。


「ちょっと待っててね」

 天袋とか用の、小さめの踏み台を出してあげたら、明里くんは嬉しそうだった。


 お昼の準備は、てきぱきと進んで、あっという間に出来上がり。


 おばあちゃんお気に入りの顆粒コンソメのスープ。

 とろとろ卵、ハム入りのケチャップライスでオムライス。

 一緒に作ったお昼ごはん。とても楽しくて、おいしかった。

 わたしのブロッコリーの茹で加減とオーロラソースも、なかなかだったと思う。


 おいしいものは、一緒に食べると、作ると。

 さらに、おいしい。


 次は、夕ごはん。支度だけだから、休憩時間をたくさん取っても間に合うくらいに余裕がある。

 だけど、お昼ごはんを食べて、片付けも一緒にやって、お茶を飲んだら、支度を開始することになった。

 明里くんいわく、『肉じゃがは味を染み込ませる時間も大切ですから』だって。

『すぐに食べてもおいしいですけど、できたら、お夕飯にはしみしみのをたべてほしくて』

 こう言われたら、「分かった!」以外はないよね。

 そういうわけで、クッキーと紅茶で軽くお茶をしてからの、準備開始。


「では、始めます」 

「うん、洗うのとかは任せてね」

「はい」

 野菜を洗う、しらたきをお湯で湯がく、蓮根のあく抜き用のお酢入りの水の準備、そういうのはわたしがお手伝い。


「じゃがいも、どうぞ」

「ありがとうございます」

 明里くん、じゃがいもの面取りも、きちんとしてる。

 ピーラーよりも包丁派なのも、おばあちゃん譲りだね。


 牛肉と野菜を炒めて、調味料とおばあちゃんのお出汁と、お水。落とし蓋は、アルミホイル。


 しゅー、っという音がしたら、弱火にして、蓮根のきんぴらに取りかかる明里くん。ささっと蓮根を洗って、皮むき。手際がいいなあ。すごい。

 わたしも、お味噌汁のお手伝いをする。

 油抜きしてある油揚げを冷凍庫から出したり、豆腐をキッチンペーパーにくるんでレンジで水切りしたり。



「完成だね!」

「はい」


 そうして、無事に完成した肉じゃがは、じゃがいもがほこほこ。おばあちゃんのお出汁も入れてもらった。牛肉もきれいなお醤油色だ。しらたきも、玉ねぎも、いい感じ。

 さすがに、おばあちゃんの肉じゃがみたいな飴色ではないけれど。つやあり、くらいかな?

 おいしそう!


「最後に、お味、みてください」

「うん」

 小皿に菜箸で出してくれた、じゃがいもと牛肉。

 ちゃんと柔らかい、お箸が入るじゃがいもは、じゅうぶんにいい味だ。もちろん、牛肉も。


「これもお願いします」

「はい」

 蓮根のきんぴらも、いい色。

 シャキシャキしてる。お買い物のときに、よさそうな蓮根を、選んでくれたのかな。


 お味噌汁は、お出汁も具材も完璧。 

 まだ、お汁の色は透明。わたしが夕ごはんを食べるとき、お味噌を自分で溶かすことになっている。


「肉じゃがときんぴら、少し持って帰って? おばあちゃんに、食べてもらうといいよ。明里くんがちゃんとお仕事できた、って、おばあちゃん、喜ぶと思う」

「おばあちゃんに。ありがとうございます!」


 わたしは棚からタッパーを二つ取り出して、肉じゃがときんぴらを詰めていく。

 ほこほこのじゃがいも。茶色い牛肉。しみしみの糸こんにゃく。薄く色づいた玉ねぎ。みんな、おいしそう。蓮根のきんぴらも、タッパーの中で、きれいに並んでいる。


「はい、どうぞ。蓋は閉めてないから気をつけてね」

 使っていない不織布のエコバッグに入れて、明里くんに手渡す。


「はい!」

 嬉しそうな明里くん。

 あ、そうだ。聞きたいこと、あったんだ。


「肉じゃがの材料。人参、なかったよね」

「……はい」

 やっぱり。おばあちゃんの肉じゃがには、ごろんとした人参が入るのだ。


「苦手?」

「……はい」


 わざとだったんだね。かわいいなあ。


「でも、おいしそうだよ。ありがとうね。助かったよ。次におばあちゃんが来てくれたときに、材料費はきちんと渡すからね。あと、もしもおばあちゃんがOKだったら、助手さんとして、いつかまた、うちに来てくれる?」

「はい!」


「あと、これ。おばあちゃんと一緒に食べてね」

「……あ、苺大福」

 そう、苺大福。ちょっとお高めだけど味がとてもいい和菓子屋さんのだ。


 家事代行のとき、チップは受け取ってくれないおばあちゃんのために、わたしは休憩のときのおやつを奮発している。

 今日は、二個。二人分。お茶のときはクッキーとかで済ませたから、お持ち帰りしてもらおう。


「うん。お仕事してくれたから、明里くんの分もだよ。好き?」

「はい!」

 いい笑顔。よかった、苺大福、好きなんだね。


 いそいそとリュックに苺大福をしまう明里くん。かわいいな。     

 ほかには、お出汁を使い切ってきちんと洗った水筒と、保冷剤だけ。あとは、お惣菜のタッパーが入ったエコバッグ。

 明里くんの帰りの背中と荷物は、かなり軽いね。


 そんなふうに、二人で洗い物をしたりして過ごしていたら、時間になった。


「ありがとうね」

「ありがとうございます」


 エレベーターに一緒に乗って、マンションの玄関まで明里くんを送ることにした。

 一階に着いたら、マンションの来客用の駐車場に、いつもおばあちゃんを送迎してくれる車が見えた。赤色のミニバンだ。


「よかった、お迎え、来てるね。今日はほんとうに、ありがとうね」

「はい、うちの車です。あ、あの」

「なに?」


「お姉さん、結婚はお料理の得意な人としたいんですよね」

「うん、おばあちゃんとテレビ観ながら、そんな話したよ」



『もちろんね、結婚。したくなければしなくてもいいんだよ、働いてて、えらい! でも、どんな人がいいかな、くらいは考えてもいいんじゃないかな』

 おばあちゃんにそう言われたのは、職場で『結婚しないの?』とか言う時代錯誤な連中とはぜんぜん違っていて。むしろ、嬉しかったなあ。


 おばあちゃんのお仕事を尊敬してるから、明里くん、お客のそういうのも気になるのかな? 

 そんなことを考えながら、わたしは、ばいばい、と手を振る。


 明里くんも、「ありがとうございました」ときちんと言ってくれた。

 こちらこそ、と言おうとしたら。


「あの、年下は。結婚相手としてたいしょうになりますか?」

「え」


「今度、お返事聞かせてください!」


 駆け出した明里くんは、耳まで真っ赤。

 たぶん、お母さん、な人がこちらに頭を下げてくれたので、わたしもそうした。


 二人を乗せた赤色のミニバンが、走って行ったあとで。


 エレベーターの中、わたしは一人。少しだけ、浮かれていた。


 結婚たいしょうだって!

 かわいい。


 ある意味、プロポーズ?

 生まれて初めて、されちゃったよ。


 おばあちゃんへのメッセージ、どうしようかな。


 とりあえず、『けんしう、無事に終わりました』かな。


 それとも。『かわいい肉じゃが、できました!』かな?


 いろんなフレーズが浮かぶけど。


 部屋に着いたら、とりあえず。

 あの肉じゃがを、もう一口食べよう。蓮根のきんぴらも。

 味見のときも、おいしかったけど。

 今食べたら、もっと、おいしいから。


 そして、それは、きっと。

 明里くんの気持ちの分。


 わたしは、鳴りそうなお腹をさすりながら、エレベーターを降りる。



 始まったばかりだけど、今週末は。


 素敵な、週末。間違いない。

 そしてきっと、この上なく、だね。



 《了》 


 

 








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きみとごはんを。 豆ははこ @mahako

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