バースデー - 3
気を取り直して。
とりあえず、わたしたちは咲良ちゃんの誕生日に繋がりそうなことを考えることにした。
「言っとくけど、俺は何もないからな。咲良のこと何も知らねえし」
言われなくても分かってる。
春馬は置いておいて、わたしは向かいの俊彦を見た。
「俊彦は何かある?」
顎に手を当てて考え込む俊彦。ただ、その難しい顔を見る限り、思い当たることはないみたいだ。
「ごめん。僕も思いつくものはないかも」
「まじかよ、頼むぜ俊彦」
「ごめんてば」
だらしなく背もたれに寄りかかっていた春馬は、今度は気怠そうに机の上に顎をつけた。そのままの姿勢で、目だけをこちらに向ける。
「天夏はどうだ」
まるでやる気を感じられない声にイラっとしたけど、ここは抑えた。
これに関して、わたしはいくつか思い当たることがあったのだ。
「前に星座占いしたことがあってね、そのとき咲良ちゃん、自分のことやぎ座って言ってた」
俊彦は感心したように「おー」と口にする。
対して春馬の方は、あまりピンと来ていないみたいだった。
「星座と誕生日って、なんか関係あんのか」
「もしかして春ちゃん、星座の決め方知らないの」
春馬は顎を机に着けたまま、頷く素振りを見せた。
「星座は誕生日で決まるの。例えば、わたしの誕生日は六月二十一日。そして、五月二十一日から、六月二十一日の間に誕生日がある人が双子座になる。だからわたしはギリギリ双子座ってことになるの」
星座占いの本は、友達と使うたびに何度か読み返していたため、いつからいつまでが何の星座になるのかは覚えていた。
わたしの話を聞くと、春馬もこの情報の大事さに気付いたみたいだった。
「じゃあ、やぎ座っていつからいつまでなんだ」
勢い込んで訊いてくる。さっきまでの脱力感が嘘みたいだ。
「やぎ座だと、十二月二十二日から、一月十九日の間だったと思う」
みるみるうちに、春馬の顔に笑顔が浮かんだ。
「おい、じゃあそのどっちかの月に咲良の誕生日があるってことじゃん」
あからさまな上機嫌。調子のいいやつだ。
「でも、二択にはなったけど、どっちかは分からないよね」
そこに冷や水を浴びせるように、俊彦が言った。
春馬が俊彦を睨みつける。
「お前、空気読めよ」
「でも、ホントのことだよ。少しは選択肢が狭まったけど、誕生日は分かってないんだから」
「そうだよね、他に何か無いかな」
三人揃って考え込む。咲良ちゃんの誕生日に繋がりそうなことは何か無かったか。
教室に掛けられた時計の音が、何だか大きく聞こえる。教室の外では、お昼休みに遊ぶ生徒たちの楽しそうな声がする。
話すことなく、しばらくの間考える。その結果、咲良ちゃんの誕生日に関係しそうなことで、わたしはもう一つ思い出したことがあった。ただ、これはあまり役に立たなそうなので、自然と声が小さくなった。
「そう言えば、咲良ちゃんに好きな食べ物を聞いたことがあったんだけど」
他の二人は、それぞれ相槌を返す。
「咲良ちゃんって小豆のお粥が好きなんだって。誕生日になったら、お餅のお花?を飾って、小豆のお粥を食べるんだって。これ、関係あるかな」
「小豆のお粥ってうまいのか。俺、お粥ってドロドロしてて嫌いだな」
この話を咲良ちゃんから聞いた時のわたしと似たような反応をする春馬。何だか複雑な気分になった。
俊彦に目を向けると、苦笑いを浮かべた。
「ちょっと分かんないかな」
「だよね。ごめん、忘れて」
やっぱり、役に立ちそうにはない。頭の中を切り替えて、また考え出す。
そんな時、ずっと腕を組んでいた春馬が机の上に手を置いた。
「やっぱ変なんだよなあ」
独り言のように呟く。
「変って、何が」
「さっきの星座の話でいけば、咲良の誕生日って冬なんだろ。冬に生まれたのにさくらっておかしくね」
春馬は腕を組んで続ける。
「俺は四月生まれだから名前に春って入ってんだけど、そんな感じで、生まれた時期に合わせるんだったら、ふつう冬っぽい名前にするくね」
「咲良ちゃんの名前って、桜の木とは関係ないんじゃない。漢字も違うし」
わたしのツッコミが聞こえてないように、春馬はうんうんと悩んでいた。
「いや、天夏ちゃん。咲良ちゃんの名前は、漢字は違うけど桜の木からとってたはずだよ」
俊彦が当たり前みたいに言った。
「三年生のときにやった自分の名前を調べる宿題覚えてる?あれ、みんなの前で発表したでしょ。あの時、咲良ちゃんが話してた内容だと、咲良ちゃんのお母さんは桜の咲き始めに合わせて名前を付けたって」
そう言われて思い出すことがあった。確かにあの時の咲良ちゃんの発表では、咲良と言う名前にはこれから咲き始める桜のようになって欲しい、という意味が付けられていると言っていた。こんなことを忘れてたなんて、何だか恥ずかしい気分だ。
ふと春馬を見ると、まるで揶揄うような笑みが浮かんでいた。さっきわたしがした訂正が的外れだったことに、得意げになっているんだろう。
「何か言いたいことがあるなら言えば」
「別に~」
ニヤニヤ。相変わらずイライラさせられる顔だ。
そんなわたしたちを落ち着かせようと、俊彦が「まあまあ」となだめる。わたしと春馬がぶつかり合うのを俊彦が落ち着かせる。何だかわたしたちの間で、それぞれの役割が決まりつつあるように感じた。
春馬はひとしきりニヤニヤしてから、真面目な顔に戻った。
「ところで、桜ってそんな冬に咲くもんか。普通は三月とか四月じゃん」
「確かあの時は、お母さんの実家の方で咲良が咲き始めてた、って言ってたかな」
「うん。そう言ってた」
「実家ねえ。どこにそんな桜が早く咲くとこがあんだよ」
春馬はまたうんうん唸って見せた。
わたしも考える。咲良ちゃんの、お母さんの実家。どこかで聞いた気がするけど、どこだったかな。
考えながら視線を動かす。まず、春馬を見てから、俊彦に移す。すると偶然、俊彦と目が遭った。
その瞬間、一気にひらめいた。それは俊彦も同じようだ。
「そう言えば、咲良ちゃんのお母さんの実家って!」
「うん。確か熱海にあるって言ってた」
あれは、咲良ちゃんが初めて俊彦と話したときのことだ。俊彦の桜の押し花しおりを見て、咲良ちゃんが話してくれたのだ。
「じゃあ、咲良が生まれた頃に咲き始めてた桜って、熱海の桜ってことか。って、さくらばっかでややこしくなってきた」
すると、俊彦が大きく目を広げる。
「そう!熱海の桜だよ!僕もいったことがあるけど、熱海の桜って日本一早咲きって言われてるんだ」
「それって、いつ頃なの」
「桜まつりっていうのがあって、それに行ったのは二月ころだったかな。そのくらいが満開の時期だったから。ただ、記憶が確かなら、まつり自体は桜の咲きはじめに合わせて、もう少し早めに始まってたはず。調べてみたら、もっとはっきり分かると思う」
俊彦は慎重に言った。
ただ、これで少しだけ先が見えた。何故なら、咲良ちゃんの誕生月が分かりそうだからだ。
桜の咲き始めが分かれば、それに合わせて名前がつけられたという咲良ちゃんの誕生月がわかる。
そこで、お昼休みの終わりのチャイムが鳴った。もう少し話していたかったけど、わたしたちは教室に戻った。
*****
翌日、朝の教室で俊彦はわたしたちに言った。
「熱海の桜は、一月が咲き始めだって」
それを聞いて、わたしと春馬は喜んだ。春馬と笑いあうのは、何だか久しぶりな気がした。
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