バースデー - 2

 次の日。給食のあと、わたしたち三人は使われていない空き教室に移動した。理由はもちろん、咲良ちゃんの誕生日サプライズだ。

 本当なら、昨日の放課後から話し合いを始めたかったけど、わたしは柔道部があるし、春馬は野球部があるため、話し合う時はお昼休みの時間を使うことに決めた。

 空き教室で三つの机をくっつける。わたしと俊彦は向かい合うように机をくっつける。そこに春馬が「どーん!」という声とともに、机をぶつけてきた。


「じゃあ早速、プレゼントは何が良いと思う」


 三人が席に着くと、春馬が言った。ちなみに春馬の座っている位置は。お誕生日席だ。


「そんなの、『はむはむ』しかないでしょ」


 わたしは自信を持って答えた。咲良ちゃんの好きなものといえば、『はむはむ』の他にない。

 そんなわたしの答えを予想してたのか、春馬は「まあな」と短く口にした。


「それは分かってるけど、具体的に『はむはむ』のどんな物をプレゼントにするんだ」

「もちろん、この冬に出る期間限定グッズよ」


 そこまで言ってわたしは、ひとつの問題点に気付いた。もしかしたら、春馬はその問題を知っていて質問してきていたのかもしれない。春馬はこれで、意外と色んなところを見ているから。


「二人ともちょっと落ち着いて」


 そこで俊彦が待ったをかけた。この教室に来てから、彼が初めて発した言葉だった。


「俊彦もプレゼント、なんか思いついたか」

「いや、それは思いついてないけど。その前に、もっと大事なこと忘れてる」

「忘れてることって」


 わたしには思い当たらなかった。忘れてるものって何だろう。

 春馬も腕を組んで考える仕草を見せてるけど、何かを思い出しそうな様子は無い。

 そんなわたしたちを見て、俊彦はため息を吐いてから口にした。


「肝心の咲良ちゃんの誕生日が分からないよ」


 声が出なかった。確かに、何よりも大事なことだ。

 春馬はぽかんとしていたが、すぐに余裕を取り戻した。


「いや、だから何のためにお前ら誘ったと思ってんだよ。さすがにお前らのどっちかは分かってるだろ」

「いや、僕は知らないよ」


 即答する俊彦。春馬の顔から少しだけ余裕が消える。

 二人の視線がわたしに向く。天夏は知っててくれという期待、いや、祈るような思いがひしひしと伝わってきた。

 わたしは少しだけ言葉に詰まった。答えにくい。それでも一拍置いて何とか口にする。


「わたしも‥‥‥知らない‥‥‥」


 それを聞いて驚いていた。特に春馬が。

 俊彦は予想してたのだろう、あまり取り乱すことなく一つ息を吐く。

 春馬が次第に焦りを見せ始めた。困ったような笑いを浮かべて言う。


「ちょっと待てよ、お前ら何で知らないんだよ。どっかで聞いてるはずだろ。思い出せって」


 そんなこと、さっきからしてる。でもいくら思い出そうとしても、はっきりと誕生日がいつかを聞いた覚えはない。

 春馬は頭を抱え出した。


「何だよ。最初っからうまくいかねえじゃん」

「春馬だって、何で人頼みなのよ。言い出しっぺなんだから、咲良ちゃんの誕生日くらい調べておくとかすればよかったのに」


 むきになって、つい言い返してしまった。でも、自分から言いだしておいて、何から何まで人に頼り切りなんておかしい。


「‥‥‥そんなもん、お前らが知らないとは思わないだろ」


 不貞腐れたように、春馬はぶつぶつと呟いた。

 さっそく雲行きが怪しくなり始めたところで、俊彦が「まあまあ」となだめる。


「とりあえず、誕生日が分からない事にはどうしようもないよ。もしかしたら、誕生日は来週かもしれないし、明日かもしれない。ひょっとすると、もう過ぎちゃってるかも」


 俊彦の言葉を聞いて、わたしと春馬は「あ!」と声を合わせる。確かに、咲良ちゃんの誕生日がまだ先とは限らない。


「さっき天夏ちゃんが言ってた冬の限定品だって、誕生日次第ではプレゼント出来ないかもしれないよ」


 限定グッズが出た後に誕生日があるならいいけど、もし誕生日の方が先なら限定グッズは買えない。代わりのプレゼントを用意しなきゃいけない。


「マジか!やべえじゃん」


 春馬の焦りはどんどん増していく。自分の予想通りにサプライズを進められないことが、よっぽど堪えているらしい。


「じゃあ、わたしたちで誕生日を調べないといけないってことなの」


 俊彦は真面目な顔で頷いた。

 頭を抱えていた春馬は、ようやく今の状況を受け入れたように、椅子の背もたれに体を預けた。ほとんど天井を見ている春馬は、ため息交じりに言う。


「やるしかないのかあ‥‥‥」


 先が思いやられる気分だった。

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